172 [シグフィゼ]竜の国の知将
階段を上りきった私は一つ呼吸を挿んだ。
女性の人型を使ってはいるが、息切れしたわけじゃない。これからする報告に、少し気が重いだけだ。手早く銀色の髪を直すと、私は謁見の間に入った。
玉座には一人の男性が座っている。
大柄で、王冠など必要ないほどに輝く黄金の髪。
私が近付くと、彼は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「ヴィオゼーム様、ミユヅキ達を監視させていた者達からの連絡が途絶えました」
「そうか、やはり無駄になったということだな。で、お前はどう見る? シグフィゼ」
主からの問いかけに、私はしばし間を取った。
現在、このドラグセンは非常に厄介な敵と対峙している。
西の商業国家、コーネルキアだ。いや、もう軍事国家と言っていいかもしれない。
秘密保持力が異様に高く、実態は依然として掴めないが、魔導兵器の開発速度はおそらく世界でもトップ。そしてきっと、人間兵の強さも。
近頃はついに守護神獣まで獲得し始めた。どんなものかは分からないが、あちらは何か神獣を従わせることができる手段を有していると考えるべきだろう。
「ミユヅキとその一派は、コーネルキアに取りこまれたものと見た方がよろしいかと」
私が見解を述べると、今度はヴィオゼーム様が押し黙ってしまった。
それから、玉座の傍らに置かれた机から、酒の入ったグラスを取る。
「……結局、シグフィゼが言った通り、向こうはあの頃からすでに動き出していたということか」
「はい、おそらくは」
私もそうだが、竜神という種はとかく酒が好きだ。人間と関わりを持つのも、酒を得るためと言っても過言ではない。
上質な酒を生み出すコーネルキアとも長らく取引をしてきたが、五竜様方の間で、いっそ攻め落として国ごと手に入れたらどうかという話が持ち上がったことがある。
その直後、突然コーネルキアが酒全般の取引価格を下げると言い出してきた。お得意様の我が国には、より質のよい酒をより安価で納めさせてほしいという。
つまり、ドラグセンに庇護してほしいと尻尾を振ってきたわけだ。
可愛いところがあるではないかと、侵略する話は一旦立ち消えとなった。
それが今から七年前のこと。
実際、コーネルキアから届く酒は、品質で他国のものを遥かに上回っていた。
気付けば輸入量は年々増え、取引の総額は以前の倍ほどに膨れ上がった。
コーネルキアは得た金を注ぎこみ、新たに建設した軍事都市コーネガルデを急速に発展させる。
私があの都市の調査を始めた頃には時すでに遅し。
もう唖然とするしかなかった。
世界中から有能な技師達が集められた研究所では魔導兵器の開発が押し進められ、一方で、騎士の養成機関では毎年千人近くのマナ熟練者を輩出する仕組みが出来上がっていたのだから。
可愛い飼い犬だと思っていたコーネルキアは、いつの間にか獰猛な狼に。
間抜けなことに、私達はその牙を研ぐ手伝いをしていたんだ。
グラスの酒を飲み干したヴィオゼーム様がフーと息を吐いた。
「裏で糸を引いているのは、奴だな?」
「間違いありません、王国に入りこんだ時期とも概ね一致しますので。第二王女、ユラーナの仕業です」
「だが、ユラーナは現在八歳だぞ? 七年前なら一歳だ」
「人間ではないのでしょう。ミユヅキと同じ【霊狐】種、あるいは、私達が未だ知らない未知の神獣なのかもしれません。何にしろ、ミユヅキよりさらに狡猾なのは確かですよ」
「うむ、俺達をこれほど翻弄するのだから、人間であるはずがない」
とヴィオゼーム様は再びグラスに酒を。
……さっきからこの方ばかり飲んで。
香りで分かる。あれはコーネルキア産のウイスキーだ。今はもうあの国との取引はないため、入手しようと思うと時間も金もかかる。
「私もいただいてもよろしいですか?」
「ああ、構わんぞ」
玉座の前まで上がっていった私は、ヴィオゼーム様がついでくれたグラス、ではなく瓶の方を手に取った。
命の酒を喉に流しこむ。……美味しい。
ヴィオゼーム様が何か言いたげだが、気にする必要はない。
私とこの方の付き合いはもう五百年以上。これくらいの無礼は許される。
「今となっては本当に入手困難なのですから、独り占めなさらないでください」
「俺にはお前が独占しているように見えるがな……。勘違いするな、これはエデルリンデが贈ってきたものだ。珍しいことにな」
その言葉を聞いた私は気が遠くなるのを感じ……。とりあえずもう一口ウイスキーを飲んだ。
エデルリンデ様は五竜様方の一角。頭の回転が速く、情勢を読むのも上手い。
あの方がウイスキーを贈ってきた理由は分かりきっている。
これは、私達への義理立てだ。
「……この酒は、『私、コーネルキアの側につきましたわよ、ほほほほほ』という、あの方からのメッセージです」
「何だと! あの女……!」
「そういえば、あちらの将軍達も最近連絡してこなくなっていましたね」
「おのれ! エデルリンデっ!」
ヴィオゼーム様は怒りのままにグラスを床に叩きつけ、そうになってテーブルに置いた。この方のこういうところ、私は嫌いじゃない。
五竜というのは、それぞれが独立した権限を持つ皇帝のようなもの。領土も完全に分かれているので、ドラグセンは五つの国からなる連合国と言ってもいい。
各五竜様方は、お一方につき四人(頭)の将軍を任命する。
私、シグフィゼもその一人(頭)だ。私達は五竜様方に次ぐ力と権限を持ち、二十将と呼ばれたりもしている。
ドラグセンの戦力とは、この二十五頭の最上位竜神の戦闘力に他ならない。下にいる竜達とはそれほどの開きがある。
その五分の一がすでに調略されたとなると、非常にまずい……。
ユラーナは、本当にミユヅキなど比較にならない怪物だ。
いけない、また気が遠くなる。ウイスキーを。
酒瓶を傾けていると、ヴィオゼーム様が玉座から立ち上がった。
「シグフィゼ、魔導兵器に関する技術は諦めるぞ」
……決断なさったのですね。こうなっては仕方ないことですけど。
ヴィオゼーム様の全身が竜化の光に包まれる。
「これよりコーネガルデを壊滅させにいく。
もはや、ユラーナは生かしておけん!」
リズテレスは外交でも無駄がありません。
リズテレス
「こちらを従順な飼い犬と思わせて、敵から搾りとれるだけ搾りとる戦略よ」
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