170 狐神戦争 誰よりもこの国のために
連載一周年です。
収集された情報から、ミユヅキさんの過去の行いが読み取れた。
標的にされた国々も黙って衰退していったわけじゃない。
彼女を排除しようとする動きが起こることもあった。
女帝や王妃に扮して圧政を敷くミユヅキさんに対し、時には名だたる武人達が立ち上がり、時には民衆が蜂起し、「あの女狐を追い出せ!」と。
手におえなくなると彼女は神獣化。禍の象徴、九尾の狐となって国中に瘴気を撒き散らした。死傷者数は数万とも数十万とも。
熊神達との戦いで、私は【災禍怨熊】の瘴気を見ている。
あの時、頭を過ったセドルドの町の恐ろしい光景。ミユヅキさんは何度も現実のものとしていた。
……私は、彼女を許すことができない。
「いくつもの命を無残に奪ったミユヅキさんは許せません。この九尾の狐がコーネルキアの守護神獣になるのは反対です」
私がそう言うも、向かいに座るリズテレス姫はすぐには返事をしなかった。
何か考えるようにしばしうつむく。
どうしたんだろう、いつもと様子が違う。
内容は分からないけど、話すのを躊躇っているみたいだ。
やがて姫様は顔を上げた。
「私もすでに一万人以上の命を奪っているわ」
発せられたのは、あまりにも十二歳の少女に相応しくない言葉。
何と返そうか迷っている内に、続けて姫様が。
「直近では、春に約五千人をこの手で殺めている」
「春に……、それは、ランギュール砦のことですか?」
「トレミナさん、気付いていたの?」
ノサコット村がドラグセンの手先である狼神達から襲撃を受けた、あの日の未明の出来事だった。
コーネルキアとの国境に近いドラグセンの主要拠点、ランギュール砦が突如として消滅した。集結していた五千人の兵士と共に。
私が知っているのは新聞に書かれていたここまで。
だけど、推察はできた。
あの時、コーネルキアとドラグセンは本当に戦争の一歩手前まで来ていたんだ。おそらく回避するために行われたのが砦への攻撃だったんだろう。
向こうの戦力を削ぐと同時に、こちらの隠してきた力を見せつける。
ドラグセンは計画の練り直しを強いられ、より慎重にならざるをえなくなった。
とても効果的な一手で、いかにもリズテレス姫らしい。
実行したのはナンバーズの誰かかと思ったんだけど。
「あれは国を守るためですし、……命を奪ったのもほとんどが、戦闘要員です。九尾の狐とは違いますよ」
「一緒よ、大義名分があっても事実は変わらない。私がやったのは虐殺なのよ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに……。
本当は薄々分かっていた。
リズテレス姫はこういうことを人に頼まないって。
彼女はさっき、一万人以上と言った。
きっとコーネルキアを守るために、ずっと戦ってきたんだ。
姫様の手に目をやると、その意志を表すかのように硬く握られていた。
彼女の手の上に、私はそっと手を重ねる。
「違います。うまく言えませんが、姫様は違います。私は、そう思います」
手の中で、リズテレス姫の拳がほどけていくのを感じた。
彼女は長めの息を吐いたのち、背もたれに体を預ける。
あれ? もしかして、何か緊張していたのかな。
姫様に限って、そんなことあるはずないよね。
けど、どこか安堵したような表情に……、と思ったらもういつもの姫様に戻ってる。
非の打ち所のない微笑みを湛えつつ、リズテレス姫は席から立ち上がった。
「今だから言えることだけど、今年の春まで本当に大変だったのよ。騎士達の育成も、魔導兵器の開発も、間に合うかどうかのギリギリで。守護神獣は相変わらず巨大ハムスターが一頭だけだし。一頭だから索敵のために王都とコーネガルデからほとんど動かせないし。でも、流れは春から変わったわ。しかも日を追うごとに速度を増してる。今日は魔女達が魔法史を塗り変える究極魔法を生み出すかもしれないし、世界屈指の諜報部隊が手に入るかも。さらに神クラスの守護神獣が二頭も誕生するかも!」
姫様、急に饒舌に。心に羽が生えたようだ。
とにかく元に戻ってよかったよ。
「流れが変わったのは、きっと姫様やジル先生が頑張ってきたからですね」
リズテレス姫は私の顔を見つめながら「あなたはもう」と笑った。ん?
それから窓の前へと歩みを進める。
ガラスの反射でもう一度表情を引き締めるのが見えた。
「今後はあまり人間を殺めずに済むと思うわ。けれど、これまで多くの命を奪ってきた罪が消えることはない。償いの機会は未来にしかないと考えているの」
「未来、ですか?」
「ええ。このコーネルキアには世界で異端とされる者達が集まっている。私もその一人と言えるわね。全員をまとめ上げ、これから起こる世界最大の悲劇から一つでも多くの命を救う。それが私の償いよ」
これはリズテレス姫の誓いだ。
自分に運命として課すことで、今まで乗り越えてきたんだと思う。
「……ミユヅキさんも、その力になると?」
「私が必ずそうしてみせるわ」
姫様の言うように、ミユヅキさんを守護神獣にすることで、この先、助かる命もあるのかもしれない。そして、私はコーネルキアの騎士なんだから国のことを第一に考えるべきなんだろう。
分かってはいても、どうしても許せない気持ちが湧いてくる。
それはリズテレス姫にも伝わったらしい。
「いいわ、ミユヅキさんのことはトレミナさんに任せる。おそらく彼女とは戦闘になるでしょうから、どうするかは最後を受け持つあなたが決めて」
「その結果、貴重な戦力を失うことになってもいいんですか?」
リズテレス姫は椅子に座り直し、正面から私に。
「構わない。コーネルキアはあなたの意思を尊重するわ、トレミナ導師」
――現在。
マナの大玉を掲げる私。九尾の狐、ミユヅキさんと目が合った。
互いのマナが共鳴する。
この瞬間、彼女のマナに初めての色が。
狩られる者の、恐怖。
……私の意思、ちゃんと伝わったみたいだね。
じゃあ、いくよ。〈トレミナキャノン〉発射。
ズバァァン! ゴッシュ――――――――ッ!
マナ玉は大狐の腹部に命中。
深々とめりこみ、そのまま貫通、
する直前に突然、パァッ! と霧散した。
『マスター、これでよかったんだね?』
はい。ありがとうございます、トレミナBさん。
私の怒りに満ちた意思のままに投げれば、たぶんミユヅキさんを殺してしまう。
だから、寸前で止めてくれるように、あらかじめトレミナBさんにお願いしておいた。
リズテレス姫、国のために誰よりも心を砕き、自分を犠牲にする人。
私はあなたを信じます。
おかげ様で連載一周年を迎えました。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。
次回は来週の木曜日です。
今週の木曜は代わりに、活動報告の方で『トレミナ達の一周年パーティー@異空間』を書きます。










