165 狐神戦争 ちょっと重い想い
猛威を振るっていた雷嵐が突如として弱まり出す。
上空に目を向けると、中心部からレゼイユ団長の姿がなくなっていた。ミユヅキさんの逃げていった方角へ一筋の流星が。
団長は敵の首領に標的を定めたらしい。
もうここには敵がいないから当然の判断だけど。平原は見渡す限り力尽きた狐神で……、いや、健在な一団がいる。
人型のチカゲさんを先頭に、四、五十頭の狐神達がこちらへ。
【霊狐】は皆、他よりマナが多いし、その進化形も二十頭近く入ってる。きっと狐神軍の精鋭部隊だ。もし彼らが力を合わせ、全力で防御に徹したなら〈レゼイユストーム〉だって凌げるだろう。
近付いてくる敵の精鋭を見て、ジル先生は剣に手を添えた。
「待ってください、先生。あちらに戦う気はないようです」
「相変わらず冷静ですね。しかし相手は【霊狐】種、油断はなりませんよ」
もちろん私だって心得ている。
なので念入りにマナを探っているけど、やっぱり敵意は感じられない。
やがて狐神達は私とジル先生のすぐ目の前まで。
着物姿の男性、チカゲさんがまず地面に膝をついた。
「私とこちらの四十五頭は降伏いたします」
彼がそう言うと、狐神の方は一斉に伏せをした。
これでも先生はまだ警戒を緩めず。
「どういうつもりですか」
「申し上げた通り、降伏するのです。元々、私を始め多くの者が、実態の掴めないコーネルキアに手を出すのは反対でした。あなた方の戦力が私共の想定を遥かに上回っていた時点で、道は降伏か逃走しかございませんでしたし」
「戻る国もないから、いっそ降伏して入りこもうと?」
「そんなところです。私の首は差し上げますので、どうかこの四十五頭はご容赦ください。いずれも優れた者ばかりですので、きっとお役に立つことと思います」
私とジル先生は顔を見合わせた。
分かりますよ、【霊狐】種なのに潔すぎると言いたいんですね。
何か裏があったとしても、悪い企みをしてる感じじゃないけど。
あれ? チカゲさんのマナに訴えてくるものが。
私のマナを触れさせてみた。
『……もう、私にできることはない。何としてもあの子達を安全な場所に……』
あの子達……?
目をやると、彼の背後から二頭の【霊狐】が心配そうな眼差しを。どちらも他より体格が小さく、マナの量も少ない。
そうか、精鋭部隊に自分の子供達を紛れこませたんだ。
姑息といえばそうだけど、こういう姑息さは憎めないよ。
私に心をさらけ出すくらい必死なんだから。
『大丈夫ですよ。あなたの本心は私が伝えます』
『な! なぜ心の中に直接声が! あなたはいったい……』
チカゲさんが驚いている間に、私はジル先生に事情を説明。
先生もようやく警戒を解いた。
「そういうことでしたか。あなたの能力、本当に便利ですね」
どうもありがとうございます。
ジル先生はチカゲさんに立つように促す。
「首は結構です。あなた含め、全員コーネルキアの守護神獣になってもらいますよ」
「国を狙った私共を、守護神獣に、ですか?」
「誓約書によって裏切ることは不可能になりますので。国への攻撃もこちらに被害はなく、国民はその事実さえ知りません。暮らしにくくはないでしょう」
先生がそう言うと、伏せをしていた四十五頭のマナが途端に華やいだ。
あ、皆さん人型になれるから言葉が分かるのか。
喜びを抑えられないらしく、次々に尻尾を振り出す。
狐神の尻尾は結構大きく、その体長に近い長さがある。それが【霊狐】で三本、進化形で五本もあるんだから……。
もっふもっふ。もっふもっふ。
もっふもっふ。もっふもっふ。
わあ、沢山のもふもふがすごくもっふもっふしてる。守護神獣になったら触らせてもらおうかな。
なんてのんきに考えてる場合じゃなかった。今はまだ戦争中だ。
二頭の狐神に顔をすりすりされているチカゲさんに歩み寄る。
「先ほどはいきなり心の中に失礼しました。皆さんの方はよろしいのですか? 私達はあなた方の同胞をこんなにしたんですよ?」
彼は私と共に平原を眺めた。
「恨みがないと言えば嘘になりますが、私共の場合、人間のそれとは少し異なります。上手に立ち回れなかった己への恨み、とでも言いましょうか。群れてはいても私共は各々の決断でこの戦いに臨んでいます。いかなる結果になろうと、己のものと受け入れるのが神獣。それは私共【霊狐】種でも変わりません。この者達の魂は次へと進んだにすぎませんしね」
そういうものだろうか。私達人間は生に執着しすぎってことなのかな。
おっと、この問題は深く考えすぎちゃダメな気が。
今の人生も大事、ということでいいと思う。
私がふわっと命と向き合っている間もチカゲさんの話は続いていた。
「このように言いましても、娘達には現在の姿のまま生きていてほしいのですが。……とても可愛いので」
ん? 最後にボソッと何か言いました?
このチカゲさん、きちっとした身なりでかなり思慮深い。でもなぜだろう。どことなく危険な雰囲気が。
よく見ると積極的にすりすりしてるのはチカゲさんの方で、二頭の狐神は渋々応じてる感じだ。
彼女達から助けを求めるような眼差し。
と同時に、心の中に声が響いた。
『何とかしていただけませんか、どんぐり様』
『父上の想い、ちょっと重いんです』
えー……、他所の家庭事情に踏みこむのは……。今、戦争中だし。
トレミナは狐娘達を救えるのか。
トレミナ
「私の精神通話能力、便利な反面、厄介事も引き寄せるのでは?」
…………。トレミナは狐娘達を救えるのか。
トレミナ
「……努力します」
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