164 狐神戦争 〈レゼイユストーム〉
ようやく戦う気になったらしく、レゼイユ団長は双剣を抜いた。
一対の刃に刻まれた紋様が赤く輝く。
あれに付与されている能力は実にシンプル。使用する戦技の威力が増大するというものだ。
団長は目の前で二つの刃を交差させる。
「雷霊よ、剣に宿っていてください。風霊よ、剣に宿っていてください」
準備が整うと、狐神達に向けておもむろに右の剣を薙いだ。
ギュバリバリバリバリッ!
発生した雷の大波が敵陣に迫る。
これは〈スラッシュ〉の発展技〈ウェーブ〉に属性を加えた〈サンダーウェーブ〉だね。戦技としては中位の範囲攻撃という位置付け。
でも、団長が放つと大変な破壊力だ。
通常サイズの剣にも関わらず、私がさっき十メートルのマナ大剣で撃った〈オーラスラッシュ〉より遥かに強大だよ。
大波の直撃を受け、二十頭近くの【霊狐】が倒れていた。
レゼイユ団長、今度は左手の剣を振るう。
ビュゴォォ――――ッ!
放たれた〈ウインドウェーブ〉が、同様に二十頭近くの狐神を吹き飛ばした。
空を舞う配下達を眺めながらミユヅキさんが。
「……あと、十回ずつ素振りされたら、わらわの軍は全滅してしまう……。……と、とんでもない必殺技じゃ」
教えてあげた方がいいだろうか。たぶんこれはまだ肩ならしだって。
団長は精霊に「宿っていて」と言った。きっと、二種の〈ウェーブ〉を組み合わせたあの得意技を使うつもりだよ。
と団長は私の顔をじーっと。
「さすがにそれは威力過多じゃないでしょうか」
最近、私は何となくレゼイユ団長の考えていることが分かるようになってきたよ。なぜかあまり嬉しくないけど。
「せっかくなので使います。今の私が本気であれを撃てばどれくらいの威力になるのか知りたいです」
「確かに、想定される被害は把握しておきたいわね」
ジル先生が承認すると、団長の体は二度光った。少し間を空けてもう一度。
最初に使用したのは〈アタックゲイン〉と〈スピードゲイン〉で、最後のが〈トレミナゲイン〉だ。これで本当に準備は整った。
レゼイユ団長がやや屈んだ次の瞬間、その姿が目の前から消える。
視線を向けると、彼女はもう狐神軍の上空に。
たった一回の跳躍で高度五百メートル付近まで。……そうだね、この人ならよほどの距離じゃない限り移動に魔法は必要ない。
すぐに団長の体はクルクルと横回転を始めた。
外側へ開いた双剣から雷と風が発生。
見る見る巨大なサンダーストームに成長していく。
私の傍にやって来たジル先生も風霊魔法を発動した。
私達の周囲を〈嵐旋結界〉が覆う。
「あのバカ、よく対象除外を忘れるんですよ」
「……危ないところでした。ありがとうございます」
そういえば、レゼイユ団長が戦い始めたら、皆慌てて避難するって聞いたことがある。
納得だよ、……こんなのに巻きこまれたらただじゃ済まない。
〈サンダーウェーブ〉と〈ウインドウェーブ〉の放出を続けるレゼイユ団長。
ギュゴゴゴゴゴゴゴゴォッッ!
荒れ狂う暴風に、ほとばしる稲妻。
平原の樹木も岩石も、狐神もことごとく空中に舞い上げられ、雷に撃ち抜かれる。
……これが、破壊の限りを尽くすという団長の無差別攻撃技、〈レゼイユストーム〉。
ちなみに、セファリスの〈セファリススピン〉はこれを参考に編み出したらしい。お姉ちゃんは団長にしがみついて中心部で一緒に高速回転したそうな。
『朦朧とする意識の中で、私は世界の終わりを見たわ……』
とか言ってたっけ。
確かに〈セファリススピン〉とは規模が違いすぎるね。もう雷の嵐は平原を越え、周辺の山々にまで達している。
それらがガリガリ削れていく様を見ながら思った。
この人が剣神です、って言っても誰も疑わないんじゃないかな。
「よもや、すでに剣神を誕生させておったとは……。コーネルキア、恐るべき国なのじゃ……」
ミユヅキさんが炎の球体の中からしみじみと。
あれは火属性の結界魔法、〈炎熱結界〉だね。情報によれば彼女は人間の技能も沢山習得してる。
見た目は八歳児でも、最上位神獣の人型だから〈レゼイユストーム〉にも耐えられるみたい。
ところが、炎の結界に雷が直撃し、パンッ! と弾けた。
ミユヅキさんは地面にうずくまるも、その体が宙に浮き上がる。
「……の、の、のじゃ――――!」
なす術なく少女は風にさらわれていった。
神クラスの神獣でも、八歳児の外見だからすごく軽い。
だけど今の、ちょっと不自然な気がする。
飛ばされていくミユヅキさんを目で追った。いや、あれは飛ばされているんじゃない。
風に乗ってるんだ。
ジル先生も彼女を眺めながら。
「〈炎熱結界〉は自分から解除したようですね」
「どこに向かってるんでしょう?」
尋ねると先生は〈水鏡〉を出した。
「アデルネ様が、いえ、アイラ様が【冥獄神兎】になられたようです」
「成功したんですね。コーネルキア初の神クラス、おめでとうございます。じゃあ、昔なじみのアイラさんに助けを求めて?」
「おそらくは。私達に邪魔されないように演技したのでしょう」
ミユヅキさん、やることがいちいち姑息だ……。
思いついた姑息な手を片っ端からねじこんでいます。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。