161 狐神戦争 危険などんぐり
現在、私とジル先生は山中に潜伏している。
山裾に広がる森にはメアリア女王達が、山を挟んで反対側の平原には狐神の本隊が。私達がいるのは両者のちょうど真ん中辺りだね。
感知されないようにマナは抑え目。
眼前には双方の様子を映した水の板が浮かぶ。これは遠くのものを見ることができる、ジル先生の〈水鏡〉という探知魔法。すごく便利だ。
討伐から諜報まで、基本的に先生は全て一人でこなすらしい。近頃は戦力が整ってきたから、内勤の方が多いみたいだけど。その裏方でも騎士団のトップ。私の師匠は万能すぎる。
と思っていると、ジル先生は眼鏡をクイッと上に。
「任務中ですよ、トレミナさん。あまりおっとりしないように。いつものことですが」
「しっかり監視しています。ミユヅキさん達、逃げるようですけど、どうするんです?」
平原の狐神達はずっとメアリアさん達の戦いを窺っていた。
シエナさんの部隊が〈ノヴァ・フェニックス〉を発動させると、首領のミユヅキさんは硬直。
リズテレス姫から、もしかしたら成功するかも、とは聞いていたけど、あの合同魔法は想定以上の威力だった。神だろうが何だろうが灰にできそう。これは姫様、きっと大喜びだよ。
その後、メアリアさんと【穿槍暁虎】の戦いが開始されると、ミユヅキさんは軍をまとめ、帰り支度を始めた。
なんて説明してる間に、もうメアリアさん勝っちゃったね。
あの発動体四つが武器だなんて、反則だと思う。
リズテレス姫に報告していたジル先生が、魔導具での通話を終えた。
やっぱり逃がすことはできないみたいだ。
「トレミナさん、行きますよ」
走り出したジル先生を追って山を下りていく。
今回は絶対にミユヅキさんの軍を叩いておかなきゃならない。彼女の勢力は【霊狐】種の中でも最大規模だから。
【霊狐】の群れはいくつもあって、世界中の国々に入りこんでいる。コーネルキアも何度か狙われたことがあるらしく、その都度排除してきたそうな。経済的に豊かな国は、とりわけ標的にされやすい。
だけど、今回の襲撃はチャンスだ。
もし大勢力のミユヅキさん達が失敗して壊滅すれば、コーネルキアを狙う【霊狐】種は格段に減るはず。
そんな事情があって、これより狐神戦争、開戦となります。
こちらの戦力は、私とジル先生、……とレゼイユ団長の予定だったんだけど。
団長が寝坊していて来ない……。
あの人は(安全な場所では)一度眠りにつくとなかなか起きないんだよ。今は騎士団本部の仮眠室で熟睡中。さっきリズテレス姫が、あとちょっとで起こせそうだと言っていたので、もうすぐ来るかも。
ジル先生がちらりと振り返って私を見た。
「レゼイユが来るまで私が敵の相手をします」
「先生は私と一緒にミユヅキさんの担当なのに、大丈夫ですか?」
「情報通りなら彼女はまず配下を使ってくるでしょう。私はマナを温存しつつ、時間稼ぎに専念します。いい機会なのでトレミナさんは私の戦い方をよく見ていなさい。魔導兵器とはマナの消耗を抑えるためのものでもあるということを教えてあげます」
「分かりました、学ばせてもらいます」
そういえば、ジル先生との任務は初めてだ。私は任務自体が二回目なんだけど。
今日は実戦でしっかり師匠から勉強させてもらおう。
あ、もう山を抜ける。
平原は約五百頭の狐神で埋め尽くされていた。
その中に、人型になっている神獣が二頭(人)。一人は着物を纏った幼い少女で、もう一人は同様に東国の格好をした背の高い男性だ。
少女の方がミユヅキさん、男性はその側近のチカゲさんだね。
ジル先生は姿を現すと同時にマナを〈闘〉に。
「逃げる算段をしているところ悪いけど、そうはいかないわ」
ミユヅキさんは慌てた様子で跳びのいた。
彼女も体を覆うマナを増やすと、注意深く先生を観察。
「レイサリオンの女王以外にもこんな人間が……。……どうなっておるのじゃ、コーネルキアという国は。相手しておれん。……か、かくなる上は」
私の方に視線を移すミユヅキさん。
「そっちのどんぐりを捕まえて人質にするのじゃ!」
体長四メートルの【霊狐】達が、一斉にこちらへ向かってきた。
ジル先生は助ける素振りも見せず、代わりに「またおっとりですか」といった眼差し。
私はマナを抑えたままだった。別におっとりしていたわけじゃなく、敵が動いてからでも充分間に合うからなんだけど。
それにしてもミユヅキさんは、聞いていた通り卑怯の権化みたいな神獣だ。
だったら手加減しないよ。
私もマナを〈闘〉まで引き上げると、彼女は「ひっ!」と短く叫んだ。
鞘から剣を抜いてすぐに〈プラスソード〉を発動。
刃渡り十メートルのマナ大剣に。
〈オーバーアタック〉をかけてから、特大〈オーラスラッシュ〉。
ギュオッ! ザザンッッ!
放たれた力の波動が狐神達を飲みこむ。
大きくえぐれた大地。付近では十頭の【霊狐】が力尽きていた。
結果を確認したジル先生は笑みを浮かべ、ミユヅキさんに目をやる。
「一応言っておくけど、そのどんぐりは私と同等の実力で、攻撃力は私より上よ」
「な、なんて危険などんぐりじゃ……」
一応私も言っておきますけど、私はどんぐりではありません。
久々の登場なので、どんぐり全開です。
皆さん、今年はお世話になりました。
トレミナから感謝を込めて、超SSをどうぞ。
『トレミナのお正月』
世界共通で、新たな年を迎えるとお餅の入った汁物を食べる習慣がある。
お雑煮と呼ばれるものだ。
リズテレス姫によれば異世界から持ちこまれた文化らしいけど、こちらでずいぶん変容しているとか。
国によってシチューにお餅が入っていたり、トマトスープにお餅が入っていたり。
お餅が入っていれば、それはお雑煮である。
なんだけど、私は伝わったのに比較的近いお雑煮にするよ。
というわけで新年、コーネガルデの我が家で私はお雑煮を作っている。
焼いたお餅を入れるのは合わせ味噌のお味噌汁。
具材は、大根、人参、そしてジャガイモだよ。
すると、調理を眺めていたキルテナが苦笑いを。
「おいおい、お雑煮にもジャガイモ入れるのか」
手を止めて彼女の顔を覗きこんだ。
「ジャガイモを入れないなんて選択肢は、ないんだよ」
「そ、そうだな。聞いた私が間違っていた……」
私達のやり取りに、今度はセファリスが苦笑い。
「新年早々、〈トレミナキャノン〉かしら?」
「撃たないし。二人共、お雑煮できたから運ぶの手伝って」
鍋を持ってリビングに移動すると、もうルシェリスさんとモアは席に着いていた。
小さな私、モアはお椀を受け取りながら、
「……お姉ちゃんのお雑煮、美味しそうです」
顔をほころばせる。
その頭をルシェリスさんが優しく撫でた。
「モア、今年はお前もしっかりしなきゃいけないよ」
「ど、どうしてですか、師匠。(ドキドキ)」
「大気中のマナが告げている。今年は(異世界のとある国では)私達の年だと」
よく分からないけど、これで家族五人揃ったね。
じゃあ、まずは私から新年のご挨拶をしようかな。
「皆さん、今年も一年、よろしくお願いします」










