160 [アイラ]邪悪な幼女
『…………、後のことはあなたとジルさんに任せるわ。よろしく頼むわね、アイラ』
丸投げしてリズテレス姫は通話を切った。
よろしく頼むとはすなわち、可能な限り戦力を確保しろってことね。
だったらレゼイユを送ってくるな、と言いたいけど。
あの子のことは学園に入学した頃から知ってる。年々、危険度が増していってるわ。トレミナちゃん(私もちゃん付けで呼ぶわ。その方がしっくりくる)と同じく特殊な精神性と言っても、全くタイプが違う。
レゼイユは心(頭)のネジが何本か飛んでる感じね。
普通の人なら躊躇するところを、あいつは迷いなく踏みこむ。習得技能も、性格を反映したように大雑把で派手なものばかり。そして、ありあまる大量のマナ。
私達神獣から見ても危険な存在よ。破壊するために生まれてきました、って感じの奴だから。
狂ったように吹き荒れる雷の嵐に目をやった。
あれはレゼイユの得意技、〈レゼイユストーム〉。
この分じゃ狐神の本隊は壊滅状態かしら。
今の私ならあそこまで感知できるかも。……できた、ああやっぱりね。すでにかなりの犠牲が。さすがに女王のミユヅキは死なないでしょうけど。
と思っていたら、こっちに来るわ。
空を八歳くらいの少女が泳いでくる。
「た! 助けてくれなのじゃー!」
真っ先にメイティラが「ママ!」と叫んだ。
少女は飛んできた勢いのまま私にしがみつく。
「アデルネ! 助けてくれなのじゃ!」
その首根っこを掴んで体から引きはがした。
「アイラ、と呼びなさい。あなたが付けたそのふざけたあだ名はもうやめたから」
「呼ぶから何とかしてくれアイラ!」
彼女が九尾の狐、【災禍神狐】のミユヅキよ。
五百年もの間、変わらずに幼女の姿で居続けている、世界でも指折りのふざけた存在。人型での戦闘が不利になるにも関わらず、幼女でいるのにはもちろん理由がある。こいつは生粋の【霊狐】種なの。
「誰か、わらわを助けてくれんかのう……」
とミユヅキは周囲を見回し始める。
東国のきらびやかな着物を纏った少女は、黄緑色の髪の奥にある潤んだ瞳で一人一人の顔を。
醸し出される、か弱い小動物のような雰囲気。
まったく、敵と分かっているのに揃って心をくすぐられているわね。
マナの守りまで緩めたら危険だし、こいつの本性を教えてあげましょ。
ミユヅキの襟を掴んでいる手を振った。
彼女の着物からは手裏剣やクナイがジャラジャラと。
「相手が油断したら、毒マナを刷りこんだ暗器で一撃必殺、がこのミユヅキの必勝法よ。ちなみに彼女の信条は、守護神獣は人型の内に殺る、ね」
途端に、幼女を見る皆の目が冷たくなった。
魔女達は刃物や鈍器を手に集まる。
「確実に私達を殺るつもりでしたよね」
「皆殺しにするつもりでしたね」
「こんなに卑怯な神獣は知りません」
「退治しましょう、今すぐに」
私の手を振り払い、ミユヅキは距離を取る。
「裏切ったなアイラ! いや! このアデルネ!」
「仲間になってないし。どうして味方してもらえると思ったの」
「そちは【冥獄神兎】になったんじゃろ! わらわ達が手を組めば、生きとし生ける全てのものを死滅させることも可能じゃ!」
シエナが呆れた様子で「なんて邪悪な幼女なの」と。
彼女に捕まっているメイティラの方は必死の訴え。
「ママ! そんなことより私を助けて! 危うく殺されるところだったのよ私!」
「おおメイティラ、そちが大丈夫なのは分かっておったよ。なんせ、そちはわらわとアイラの子じゃからのう」
「変な言い方しないで。一頭だけあなたが名前を付け忘れたから、私が名付けてあげたんでしょ」
「……ママ」
「そうじゃったかのう、ずいぶん昔の話で忘れたのじゃ」
けらけらと笑うミユヅキ。
相変わらずいい加減な奴だわ。でも、長年女王をやっているだけあって目端は利く。
彼女も世界の異変をひしひしと感じていたんでしょうね。
年を追うごとに殺気立った野良神が増え、それによる被害も多くなってきた。もうすぐ人間も神獣も、全てを巻きこんだ戦いが始まる。
生半可な国じゃ生き残れない。
陽気な笑いから一転、ミユヅキは私に恨みがましい眼差しを向けていた。
「そちは上手くコーネルキアに入りこんだものじゃのう……」
「運がよかったことは否定しないわ。さっきの手を組む話、考えてあげてもいいわよ。ただし、あなたがここを切り抜けられたらね」
ほら、追いかけてきたわよ。
シュ――――――ッ! ドンッ!
空気のこすれる音の直後、私とミユヅキの間の地面が吹き飛んだ。
飛来したものが隕石などではないことは、全員分かっている。隕石よりもっと危険なものだということも。
衝突で生じた土煙の中に、黒い人影。
狐神の女王は思わず後ずさる。
「き、来た……、破壊の、権化じゃ……」
ね、出会ったばかりの神獣でもこの感想。
やっぱりこいつはとんでもない。
レゼイユが双剣を構えて立っていた。
「逃がしませんよ、この幼女! お前を仕留めれば私は剣神です!」
ああ、確かに。
今日は、コーネルキア初の剣神も誕生するかしら。
九尾はベタなキャラになりました。
正真正銘の、のじゃロリ(邪悪)です。
まさかの、のじゃキャラ二人目ですが、ソユネイヤは殿様なのでセーフということで。
次話からトレミナです。
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