158 [アイラ]六百年の旅の果て
シエナは元々、前世の影響を多分に受けていた。
そこに以前の記憶(私から見た彼女だけど)が入ったのだから、もうリエナとシエナが一つになったと言っていい。
八十六年の生涯を全うしたリエナに、二十歳のシエナが上乗せされた。
さぞ達観した人間になるだろうと思いきや。
「やだ、アイラ全然変わってないじゃない。まあ私も若返った気分だし、希望の自分になれてるし、私の魂よくやった、って感じだわ」
元のシエナのままだったわ。
予想はしていたけどね。人も神獣も、割と現在の外見に左右される。
「それにしてもあの晩年のあなたはどこに行ったのかしら」
「あの時はもう死にそうだったし」
「しおらしくなってたって? あなたらしいわ。ほら、大好きなマドレーヌがあるわよ」
「そうだ私、これ大好きだったんだ!」
差し出した焼き菓子に飛びつくシエナ。
私はポットを取ると、彼女のカップにお茶を注いだ。
「まるで昔に戻ったみたい。よくこうやって森の中でお茶したよね」
そう、私達は今、戦場の森でお茶をしている。椅子に腰掛け、テーブルの上には様々なお菓子がズラリ。
その一つ、アップルパイを凝視しているのはもちろん同志メアリアよ。
「同志アデルネ、いえ、同志アイラ……、その能力、とても便利ですね……。ロイガ、同じことできる……?」
「……俺には、まだ無理です。すみません」
これらの道具やお菓子は、全て私が出した物になる。
どこからかというと、いわゆる次元の裏ポケットから。実はあの空間、かなりの広さがあるのよ。
人型を長年使い続けていれば活用できるようになるわ。
体に付属させなくても出し入れが可能になるし、逆にあちらにある物を選んで身につけることもできる。一瞬で服を着替えたりもできるってことね。
私が視線をやると、そこに椅子がもう一脚現れた。
「アップルパイ、どうぞ。ここにあるお菓子は全て、同志メアリアお抱えの職人達に作ってもらったものだし。外でお茶がしたいなら、虎にティーセットをくくりつけておけばいいのよ」
「その手があった……」
「……メアリア様」
「さあ、同志達も休憩して。戦闘で疲れたでしょ」
と私はもう一セット、お菓子やお茶の乗ったテーブルを出した。
シエナもマドレーヌを振りながら仲間達に呼び掛ける。
「そうそう、同志達も食べてください。裏ポケットは時間の流れが百分の一くらいになるそうですから、結構出来立てですよ」
二十五人の魔女達は互いに顔を見合わせたのち、それぞれ焼き菓子やカップを手に取った。
「涙を流した時はどうなるかと思いましたが、いつも通りの同志シエナですね」
「それよりあの人、今さらりと大変な秘密を」
「時間の流れが百分の一、ですよね」
「神獣はずっと人型でいればほぼ永久に生きられることに」
「羨ましい。死ぬ時は私、次は神獣にって魂に言い聞かせますよ」
さすがシエナが集めた子達だわ。あっさり現実を受け入れた。
シエナ、本当に愉快な居場所を作ってくれたわね。
じゃあ、次は私が頑張らないと。皆から頼りになる神獣だと思ってもらえるように。
向こうも待ちくたびれているみたいだし。
狐神の女性は呆れたような眼差しで私達を見つめていた。
「何のんきにティータイムを楽しんでるのよ! 私と戦うんじゃなかったの!」
「あらあら、ずいぶんと死に急ぐのね。くく」
私が椅子から立ち上がると、彼女はビョンと後ろに跳びのいた。
「こうなったらやるだけやってやるわ!」
女性の全身が光に包まれる。
現れたのは体長三十メートルにもなる大狐。
尻尾が七本あり、体の各所に硬そうな鎧を付けている。
そうだった、この子は【鎧鱗剛狐】だったわね。
見ていたシエナが、お茶を飲みながら眉をひそめる。
「人型はおへそを出しているくせに、神獣ではやけに重装備なのね」
すると、狐神は短く一吠え。
「ほっといて、だって」
「そっか、アイラは狐の言葉が分かるんだっけ。あれ、上位種にしてはちょっと弱いし、あなたなら人型でも倒せるんじゃない?」
「いいえ、神獣の姿で戦うわ。シエナ、私ね、今かつてないほどに強くなりたいと思っているの」
「それじゃあアイラ……!」
ええ、あなたのおかげでね。
六百年の旅の果てに、ついに私は守るべき居場所に辿り着いた。
狐神と向かい合い、人型から【古玖理毒兎】に戻る。
キュィィ――――ン!
この姿を見た相手方が驚きの声を上げた。
「嘘でしょ! 下位種って! こんなマナ量の下位種、見たことないわよ!」
「あなたは本当にうるさい狐ね。仲間からも言われない?」
「よく言われるわ……。え……? ど! どうして私達の言葉が話せるの!」
「私のこと、あなた達の女王から聞いてないの?」
「え、ママからは何も……。いや! 女王って誰のこと! この群れのボスは私だし!」
「あなた、あいつの娘だったのね。全部分かってるから隠しても無駄よ。まあ少し待ってもらえる? 別に待たなくてもいいけど」
「待つって、……あんた、どうして体が光ってんの?」
狐神の彼女は目を見張る。
指摘の通り、私の全身は淡く発光を始めていた。
光は徐々に強くなっていく。
抑えようもなく血がたぎり、体中が熱くなるこの感覚。
……本当に、久々だわ。
「決まってるでしょ。今から進化するのよ」
常に人型で暮らす神獣は、本体は年一回くらい食べれば死ぬことはありません。
それすら忘れて、うっかり死んでしまう神獣も。
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