157 [アイラ]約束
結局、リエナとはお別れにはならず、そのまま付き合いを続けることになった。
神獣であることが知られてしまっている分、私の方はずいぶん気が楽になったのを覚えている。対するリエナは、以前とまったく態度に変化がなかった。たまに背中に乗せろとせがんできたくらいね。
やがて私は彼女に、アイラという本当の名を伝えた。それからはさらに二人の距離が縮まった気がする。
いつだったか、こんな話をしたわ。
「アイラってどうして上位種に進化しないの? 能力的に、とっくになっていてもおかしくないのに」
「できないのよ。たぶん進化の一番重要な条件、想いの強さが足りないのだと思う」
「もっと強くなりたいって思わないの?」
「あまりね、今のままで全然困らないから」
「それ、自分は強すぎるからって言ってるよね? いやみー」
「私が嫌味な兎なのは今に始まったことじゃない。知ってるでしょ」
もちろん上位進化したいとは思っている。その方が本体での狩りが楽になるもの。
まあつまり、この程度の想いじゃ無理ってこと。
私達の付き合いが十年を超えた頃、リエナは男性と結婚した。
とにかく惚れっぽい女だからそこに至るまで色々とあったけど、とても話す気になれない。
その後、彼女が子供を産んで母になっても私達の関係は続いた。
主にリエナが私の所にやって来て、お茶を飲みながら談笑したり、二人で本を読んだり。
彼女とは遠慮も隠し事もなく過ごせるので、とても楽だし、……とても楽しい。
私は、これまでの生活は結構充実していると思っていたわ。だけど、リエナと何十年も一緒にいる内に気付いた。
私は孤独だったのだと。
楽しい時間もいずれ終わりを迎える。
リエナに孫ができた頃、私はそれを意識するようになった。彼女は体調を崩しやすくなり、しばしば私は野良神の稀少肉を料理して食べさせた。
それでも彼女は衰えていく。
下位種の肉じゃ駄目だわ。急いで上位種の稀少肉を手に入れないと!
絶対に行かせない。
こうなったら守護神獣でも何でも狩って……!
リエナの寝室で、焦りと共に席を立つ私。引き止めるようにリエナが手を握っていた。
「アイラ、もういいのよ……。危険なことは、しないで。これが、……人間の命だから」
私は、あなたにいてほしいのよ。
私を、……一人にしないで。
ずいぶんと皺が増えた顔で、彼女は微笑みを湛えた。
「私と出会ってから、あなたは寂しがり屋になったわね……。……私だってあなたと同じ時を生きたいけど、それは無理なのよ」
とリエナは、寝台横の机に置かれた本に目を。
「……もし次の人生があるなら、私はその物語の主人公のようになりたいわ。……赤髪をなびかせ、炎の魔法を自在に操って。それなら……、もっとアイラと色んな所に行けるでしょ」
「そうね、二人で世界中を冒険することだってできるわ」
彼女は頷く代わりにもう一度微笑む。
「あと、沢山の仲間を作りたい……。本が好きという共通の趣味を持つ、読書友達よ。……でも、いざという時は、同じ志の下、皆で力を合わせて立ち向かうの……」
「なにそれ。どこが読書友達よ」
「ふふ……、アイラもそこにいるのよ。あなたが頼りになる神獣だって、全員が知っているんだから……」
そう、私のため、なのね。
リエナは息を一つ吐いて天井を見上げる。
それから、静かに目蓋を閉じた。
「……アイラのおかげで、私は命を拾い、幸せな人生を歩めた……。だから次は、あなたを幸せにしたい……。寂しがり屋の兎、アイラ……、あなたの居場所を作りたいの……。……約束する、わ……」
程なく、リエナは家族に看取られて旅立った。
心に穴が空いたような感覚。
空虚感を埋めるみたいに私はリエナの一族を見守ることにした。時には人型で、時には神獣の姿で手助けをしたりも。
やがて子孫達はコーネルキアという小国に移住を決めた。
建国間もないけど、きちんとしていて勢いがある。ここは発展しそうね。人間を長い間見続けているだけあって、私にはそういうことも大体分かる。
読み通り、コーネルキアは経済的発展を遂げ、それに伴ってリエナの一族も豊かになっていった。
これならもう心配ないかもしれない。
リエナが亡くなって百年以上経つし、見守るのはここまでにしよう。
そう思い始めていた矢先、一族に赤髪の女の子が誕生した。
シエナと名付けられたその子が無性に気になる。
わずかに感じる彼女のマナに、あの髪色。
もう少し見守ることに。
シエナは物怖じしない活発な少女に成長する。
一方で、本を読むのも大好きだった。
しばしばやんちゃな男子とケンカした後に(本人が一番やんちゃと言えるけど)、女友達を集めて読書会を開いていた。
この子、性格もまるで……。
シエナが十歳になった頃、ついに私は我慢できず会いにいった。
広場のベンチで、彼女は真剣な顔で古びた本を読んでいる。
「こんにちは。その本、面白い?」
「あ、こんにちは、お姉さん。ええ、家で埃をかぶっていた昔の本なんだけど……、すごく面白いわ!」
ベンチから立ち上がったシエナは高々と本を掲げる。
「決めた! 私、騎士になる! そしてこの主人公みたいに炎の魔法を覚えるの! 赤髪だからむしろ他に選択肢はない! 誰よりも腕の立つ、燃える赤髪のシエナになるわ! そうすればきっと仲間も沢山集められるし!」
「誰よりも腕が立つなら、そんなに仲間はいらないんじゃない?」
「本当だ、なんで沢山欲しいんだろ……? よく分からないけど、それを待っている人が、いる気がするんだよね。
わ! お姉さんどうして泣いてるの!」
やっぱり、そうだった。
……リエナ、約束を果たしに来てくれたのね。
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