156 [アイラ]上位種を圧倒する下位種
私が体長十メートルの【古玖理毒兎】に戻ると、リエナは崩れるように膝をついた。そのまま呆然と私を見上げ、動けずにいる。
大体予想通りの反応だけど、そこにいると死ぬわよ。
仕方ない子ね。
素早くリエナの体を掴み、空へと放り投げた。神技〈風錬弾〉と共に。
「いや――――っ! アデルネも敵だったのね――――っ!」
黙りなさい、この恩知らず。
〈風錬弾〉、発動。
リエナの全身を柔らかな風が包みこむ。
彼女は空中でふわふわと浮かんでいた。
「あらら……? ひ、避難させてくれたのね、……敵とか言ってごめん」
しばらくそうして浮かんでいればいいわ。私があの猪を倒すまで。
少し落ち着きを取り戻したリエナは、こちらに心配そうな眼差しを。
気持ちは分かるわよ。
向こうは体長三十メートルで私より遥かに巨大。どう見ても勝てそうにないものね。
サイズだけじゃなく、肉体の強靭さでも私が負けているかしら。さらに、同じ系統でもあっちは上位種だから毒の強さでも負けているかも。
私に分があるのはマナの量くらいよ。きっと私の方がずっと歳上ね。
ああ、だから経験もこっちが上だわ。神獣同士の戦いでは結構大事なのよ、これ。相手がどう出てくるか、大体分かるから。
猪神はかなり読みやすい。彼らには総じて大好きな神技があるゆえ。
それは〈突進〉よ。
【冥獄凶猪】の体から炎が噴き出す。
猪神は燃え盛る炎の塊となって突っこんできた。
ほらね。もちろん回避はできるんだけど、もっといい手があるわ。
私は前脚を水平にスライド。
〈毒飛刃〉。
これに付与した毒は、動きを数秒間だけ停止させるというもの。
制限が軽い分、確実に効く。
私の〈毒飛刃〉は猪神の両前脚を直撃。
もし勢いよく走っている最中にそこが動かなくなったら、どうなるかは明らかよね。
そ、すごく派手に転ぶ。
ドゴッシャ――――ッ!
顔を激しく地面に打ちつけた【冥獄凶猪】。
纏っていた〈火の突進〉が暴発し、森が広範囲に吹き飛んだ。
そして、この機を逃す手はない。
倒れている猪の巨体に飛び乗った。
私達【古玖理兎】種には、他の兎神と違って前脚に拳がある。どちらかといえば人間の手に近いわね。この拳から放つ神技が、最も威力が高い。あと、私達の種族特性も拳よ。
今からその破壊力を見せてあげましょう。
まずは〈攻撃強化〉。からの〈拳強化〉。
この状態で〈火の拳〉、なんだけど……、せっかくだから最大出力にしましょ。
振り上げた拳が太陽のように赤く輝く。
猪神の背中に叩きこんだ。
ドッム――――――――ッ!
(ボボカ――――――ン!)
「グウォウォォ――――――!」
インパクトと同時に、炎を伴った大きな爆発。猪神の絶叫と重なった。
さっきあなたが纏っていた以上の火霊を凝縮した技だからね。そりゃ効くでしょうよ。
じゃ、もう一発。
――――。
「……ォォ――――…………」
【冥獄凶猪】の断末魔が響き渡り、戦いは終結した。
空に浮かべていたリエナを地面に下ろす。
おまたせ、もう逃げていいわよ。
しかし、彼女はつっ立ったままじっと私を見上げている。
ま、好きにすれば。私は食事にするわ。こんな上物を仕留めるのは久々なのよ。
よく焼けた猪神の体を観察。
柔らかそうなお腹辺りにかぶりついた。
あら、とても美味しい。
これは絶対間違いない。【蛮駕武猪】からの進化だわ。
上物の肉に舌鼓を打ちつつ、稀少肉を食べ終えた。
毒系統だったのも運がいい。私の毒はさらに強力になったわ。
大満足で振り返ると、そこにはまだリエナが。
なぜに?
仕方ないのでもう一度人型に。
「どうして逃げないの?」
「どうして逃げなきゃいけないの? 助けてもらったのに」
「私、あなたのことも食べるかもしれないわよ」
「やだ、アデルネはそんなことしないでしょ。だってアデルネだもん。さっきだって助けてくれたし、あ、さっきはありがとう。私、空に浮かんだの初めてよ。さ、キノコ採りを再開しましょ。……森は大分焼けちゃったけど」
……こんな人間も、いるのね。
ただ単純に色々ニブいだけかもしれないけど。
リエナは手提げ籠に入っていた毒キノコを捨てながら笑顔で。
「それにしてもアデルネ、すごく強かったね。もしかして、童話や伝記に出てくる幸運の黒兎ってアデルネじゃないの?」
いや、意外と鋭い。
アイラは保護区出身でヒーローもやっていたので結構強いです。
ちなみに、これはまだ二百年ちょっと前の話。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。