155 [アイラ]ふざけた存在
人間との暮らしは長くても十年ほどで住む場所を変えなければならなかった。
私が神獣だと知られるわけにはいかなかったから。
人型は人間と同じように歳をとらない。実は容姿に関しては結構調整が利くんだけど、それができるようになったのは大分経ってからだった。
あと注意する必要があったのが、守護神獣の人型と、人間の錬気法熟練者。彼らは私が神獣だと見抜くことができる。どちらも滅多に出くわさなかったけどね。
この辺りだけ気を付けて、私は人と変わらない生活を送った。
たまに野良神を狩って肉をお金に換え、ゆったり読書に耽る日々。
十年以下の期間限定ながら友人もできたりした。
そんな短い付き合いも仕方ないと割り切っていたわ。
何度も生活拠点を変える中で、同じく人型になれる神獣とも知り合いに。
二百歳を超えた頃、【霊狐】の一団と出会った。
狐神が支配する国にしばらく滞在する。贅沢な暮らしができるものの、人間を食いものにするやり口がどうも気に入らない。
二十年ほどで別れを告げた。(二十年いた私も私だけど)
なお、この間に狐達の女王からアデルネというふざけたあだ名を付けられる。私自身、神獣としては相当ふざけた存在なので、表向きこちらの名前を使うことにしたわ。
それからはまた住む所を転々と。
程なく、人間達の料理が劇的な進化を遂げる。
兎神ネットワークによると、異世界から来た鳥神があちらの料理を世界中に広めているとのこと。その狙いは、いつでも自分が美味しいご飯を食べられるように、という単純なもの。
……どれだけ食い意地が張ってるのよ。
この世には私よりふざけた存在がいるらしい。
しかし、食い意地が張っている者は他にも結構いるみたいで、この頃から各国の守護神獣の数が増え始めた。
かく言う私も、ちゃっかり恩恵を受けていた。
私は甘い物が好き。人間が作るお菓子といえば、以前は小麦粉に水と砂糖を混ぜて焼いた程度の物だった。私もそれを食べていたわ。
けれど今は、読書しながらマカロンをつまんでいる。
「……美味しい。ありがとう、どこぞの食いしんぼうな鳥神」
その後、約百年ぶりに狐神の国(国自体は別の国)を訪れる。
彼女達も料理革命の恩恵を受けており、キツネウドンとイナリズシを振る舞われた。
狐達は皆、何かに取り憑かれたように、油揚げなる異世界由来の食材ばかり食べている。
私もひたすらそれを使った料理を食べさせられるので、今回は二週間で出国した。
そうしてもうすぐ四百歳になろうかという頃、私は『彼女』に出会った。
『彼女』の名はリエナという。
最初に私が会った時、リエナは十代の半ばで、彼女もこれまでの友人達同様に期間限定の付き合いになるはずだった。
事件が起きたのは、出会いから一年が過ぎたある日。
私達は薬草やキノコを採りに、町から少し離れた森までやって来た。
あまり私の趣味じゃないけど、リエナ一人だと毒草と毒キノコばかり集めかねない。
「あったわ! すごく美味しそうなキノコ!」
「ええ、すごく美味しそうな毒キノコよ」
「うっ……、アデルネってほんと、何にでも詳しいね」
「色々な本を読み漁ってるから」
「そういえばこの前貸してくれた本も面白……、ん?」
ズズズズズズズズ…………。
不意の地響に、リエナは周囲を見回す。
「地震、かしら?」
「いえ、これは……」
目をやると、遠くの方で森の木々が宙を舞っていた。それは凄まじい速さでこちらに近付いてくる。
私はリエナの体を抱き上げて跳んだ。
直後に、さっきまでいた場所を巨大な猪が猛スピードで通過。
「きゃ――――! 何なのっ! っていうかアデルネ、今、普通じゃない動きしなかった?」
あなたを見捨てるわけにもいかないでしょうが。
それより、厄介なのに遭遇してしまったわ。
……戻ってくる。私達に狙いをつけたわね。
リエナが呆然と敵を見つめる。
「……あれ、バンガム猪じゃ、ないよね?」
「どう見ても違うでしょ」
美味な【蛮駕武猪】の体長は約三メートル。私達を見据える猪神は体長三十メートル以上ある。
猪族の上位種だわ。
オーラに触れた周りの植物が枯れていく。
そして、血のような濃い赤色の毛。
間違いない、毒系上位神獣【冥獄凶猪】ね。
私だけならともかく、リエナを連れて逃げ切れる相手じゃないし、戦うしかないか。この姿のままではまず無理だけど。
……仕方ない、今回は短かったわね。
「リエナ、お別れのようだわ」
「うん……、私達、二人共あれに殺される……」
「そうじゃなくて。私が元の姿に戻ったら、あなたは早く逃げなさい」
「元の、姿……?」
言われなくても、見ればすぐに逃げるでしょうけどね。
じゃあね、一年間楽しかったわ。
ふざけた存在、この世界には結構います。
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