147 虎狐神連合軍[シエナ]と愉快な同志達
私は今、信じられない光景を目の当たりにしている。
逃げ惑う虎と狐を追いかけ、容赦なく狩る兎。
【古玖理兎】が他の神獣より抜けて強い種だというのは知っている。だけど、ここまで一方的になるなんて。
黒兎は自分と同格の神獣達を、次々に一撃で葬っていく。
〈振貫〉で生命維持機関を破壊し、あるいは神技で的確に急所を捉え。
もうトレモアちゃんと呼ぶことさえ躊躇われる(呼ぶけど)。淡々と命を奪っていく姿はまさに戦鬼だわ。わずかでも隙を見せればやられる。私だってあんなのと戦うのは絶対嫌。
敵の逃げたくなる気持ちも分かるわね。
隣で同志アデルネが「くく」と笑った。
「モアはね、師匠が自分以上の才能だと認めた天才なのよ。マナを読む技術も操る技術も極めて高い。そして、戦闘になれば本能でのみ動くようになる。言ってみれば、戦うために生まれてきた子ね」
「じゃあ、さっきから仕留めた神獣の肉をやたらと食べているのも本能ですか?」
「あれは単純に必要なのよ。だってあの子、【古玖理兎】だし」
「……あ、そっか」
トレモアちゃんのマナ量は他の【古玖理兎】達と同じくらいだ。なのに、一回一回の神技にかなりのマナを込めている。
まめに補給しないと戦えないということ。
まるで名高い武神が弱い体に閉じこめられたみたい。
この例えはあながち間違ってないと思う。
必殺の〈振貫〉に、ことごとく攻撃を逸らせる〈流受〉、それにあんな瞬間移動の技まで……。
え、瞬間移動?
トレモアちゃんの足元が放電したかと思ったら、その姿はもう数十メートル離れた敵の背後に。
「あの移動術もルシェリスさんの奥義か何かですか?」
「違うわよ。奥義どころか、あれは兎族共通の技、〈兎跳〉よ。モアのは〈雷兎跳〉ね」
「〈兎跳〉って、高くジャンプするだけの神技では……」
「モアは技を発動する一瞬に、脚にありえないほどのマナを集めてるの。……それにしても速いわね。なんか攻撃技の威力も上がってるし」
同志アデルネの言葉に、私もマナ感知を凝らしてみる。
このどこかほっこりする優しげな感じ、間違いない。
「〈トレミナゲイン〉を使っています。もう習得できたようですね」
「それであんなに張り切ってるのね、あの子。私がトレミナ様の名前を出しちゃったせいもあるのかしら……。……このままじゃまずいことになりそうだけど、ま、その時は私が何とかするわ」
「え……?」
「今はそれより戦いに勝つのが先決。ほら、モアのおかげで連合軍は総崩れよ」
確かに、トレモアちゃんからどうにか逃れようと、虎神も狐神も散り散りだ。
私達が隊列を組んでいる所にもほとんどやって来ない。
たまに向かってきても、前衛の同志達が難なく迎撃。
受け持つ予定だった二百頭は、私達にとってはギリギリの数だったので助かったといえばそうなんだけど、……この状況は、あまりよろしくない。
私にはすでにまずいことになっているわ。
近頃、私は欲望に任せた行動のせいで同志達からの信頼を失いつつある。
何か手を打たないと、特務部隊ができても本当に隊長を任せてもらえないかもしれない。
そこで考えた。
ギリギリの戦いで、しっかり私が指揮を執ることができれば!
しかし、この計画は戦鬼な兎のおかげで瓦解……。
いや! 瓦解してる場合じゃない!
私もちょっとは活躍しないと!
「火霊よ! 私の詩に合わせて舞え! 〈炎舞輪〉!」
掲げた両手の上に燃え盛る輪っかが出現。
食らいなさい! 二年前より大きいし当たると半端なく痛いわよ!
えいっ!
ギュルルルルルル――――ッ!
炎の輪は逃走する虎神と狐神を四頭跳ね飛ばした。
どうですか皆さん!
すると同志達が一斉に私の方を。
「現在の戦況でその魔法を使う必要、ありましたか?」
「いくら余裕があるからと、逃げる敵にあれはどうかと」
「そもそも私達の迎撃に不満があるということでは?」
「これは指揮官としての資質を疑わざるをえませんね」
ど! 同志達――――っ!
あぁ……、足から力が抜けていく……。
私はもう……。
地面に座りこんでしまった私の前に多数の人影。
ど、同志達…………?
「冗談ですよ、同志シエナ。以前言ったことを気にしていましたね?」
「新たな特務部隊の隊長は同志シエナ以外にありえませんよ」
「大人げないところもありますが、私達はあなたが誰よりも仲間想いなことを知っています。だからしっかりしてください」
「ちゃんとやればあなたは優秀な指揮官なんですから」
ど! 同志達――――っ!
「はい! ちゃんとやります!」
私達を眺めながら同志アデルネがぽつりと。
「この状況であなた達……、なんて愉快なの」
ありがとうございます、自慢の仲間です。きっとあなたもすぐに馴染みますよ。同志として……、おや、同志メアリア、どうしました?
「素敵な追い討ちでしたよ、同志シエナ……。それはいいとして、連合軍のボス二人がこちらに来ます……。側近の部隊も一緒なので……、しっかり頼みますね……。私の国の命運が懸かっているんです……。ちゃんとやってください……」
……はい、ちゃんとやります。
シエナ、続きます。
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