146 虎狐神連合軍[モア]虎と狐を狩る兎
夜が明けると、私達は山を下りて森に入りました。
人型の私とアデルネさん、メアリア女王、オージェスさん、シエナさん達騎士、全員一緒です。
いよいよ決戦の時。
……ド、ドキドキします。
女王様は〈霧状感知陣〉を連合軍の周囲にだけ展開中です。
水霊を共有している私達も敵全体の動きを把握できます。あちらも私達の接近に気付いているはずなのに、とても堂々としていますね。三十人対約三百頭という数の差なので、当然といえば当然ですが……。もちろん体格差も大きいです。通常の【慧虎】でも体長五メートル、【霊狐】でも体長四メートルはありますから。
……私達、本当に勝てるのでしょうか。
「落ち着きなさい、このミニどんぐり」
アデルネさんがワシッと私の頭に手を。
「皆を見習いなさい。あれが戦いに臨む者のマナよ」
確かに皆さん、すごくマナが高まっています。なんて集中力と心の強さ。
私も集中を……、
ざわざわ……ざわざわ……、
ぜ! 全然無理です! 止めどなく不安がっ!
見兼ねたオージェスさんがそっと私の背中に手を。
あっ、少し落ち着きました。有難うございます、姉弟子とは大違いです。
「アデルネ様、この子、本当にこんな状態で戦えるんですか?」
「男前なのに心配性ね。大丈夫よ、いざとなったら私が投げ入れるから」
「投げ入れるって……」
オージェスさん、ますます私が心配になったようです。
先頭を歩くメアリア女王がゆっくりと振り返りました。
「この男は昔から世話焼き……。どうやら敵のボス共は動かない……。ほぼ全ての配下を倒さなきゃ辿り着けないから……、頑張ってください、トレモアちゃん……。私と同志アデルネはマナを温存する必要があるので……、食べられそうになっても助けられません……」
も! もう人型の心臓が破裂しそうです!
……この女王様、とことん姉弟子と似ています。
と思っている間に、連合軍がすぐそこに!
両軍の距離は約五十メートル。
シエナさん達が各々の武器を抜くと、虎神と狐神も一斉に身構えました。
まさに、一触即発です。
とアデルネさんがまた私の頭をワシッと。
「モア、まずあなたが行きなさい」
「ええっ! 私からですか!」
「男前騎士さんだけじゃなく、全員あなたが気掛かりなのよ。わずかな気の乱れが命取りになることもある。だから、あなたが先陣を切って大丈夫って見せないと。分かるでしょ?」
「……はい」
「一つ言っておくわ。私からのエールよ。あなたがトレミナ様と同じその姿でいることを、どうしてノルエリッド達門下生が許したのか。それはモア、あなただからなのよ。その姿に恥じない働きをしなさい」
……トレミナ様に、恥じない働き……。
そうでした。
私はそのためにここにいるのです。
怖くても足を進めないと!
足! お願いですから震えないでください!
私がどうにか踏み出すと、背後でシエナさんとアデルネさんの話す声が聞こえました。
「あんな幼い子を一人で行かせるなんて、すごい罪悪感なのですが……」
「どんぐりの皮を被っているけど、あれでも神獣の成獣よ。まあ見ていて。戦闘になればすぐに切り替わるから。思考も心も、とてもシンプルになる」
そう、私も分かってはいるのです。
始まってしまえば、もうそれしか考えられなくなると。そこに至るまでが恐怖なのですが……。
く! 来る!
両軍の真ん中辺りまで歩いてきたところで、向こうから一頭の【慧虎】が飛び出してきました。
もう目の前にっ!
こ! 殺され……!
…………。
…………、ピ――……ン。
……戦闘、開始。
【慧虎】は私を叩き潰そうと右前脚を振り上げた。
感知で威力と軌道を予測。
読めた、〈流受〉。
カクン、ドゴォッ!
逸れた虎神の爪は左の地面をえぐった。
私は跳んでその顎下に手をつける。
感知で構造と強度を測定。
読めた、〈振貫〉。
ヴゥゥゥゥン。
脳の一部を破壊された【慧虎】は大地に崩れる。
続いて二頭の【霊狐】が私を挟みこむように左右から。
右が〈狐雷〉を、左が〈狐火〉を、同時に発射。
バチバチバチバチッ!
ゴオォ――――ッ!
私は両手を大きく開いた。
双方感知で威力と軌道を同時予測。
両方読めた、〈流受〉〈流受〉。
クンッ、バリバリッ!
クンッ、ボカーンッ!
私を迂回した〈狐雷〉は左の狐神に、〈狐火〉は右の狐神に、それぞれ直撃した。
私は視線を敵の後続に。
次の攻撃までの時間を予測。
【古玖理兎】に戻る猶予はあると判断。
キュィィ――――ン!
神獣に戻った私に四頭の【慧虎】が迫る。
〈敏捷強化〉を発動してその攻撃から逃れつつ、一気に距離を詰めた。
全頭射程に入った、〈攻撃強化〉から〈風旋脚〉。
ビュォォ――――ッ!
風霊を制御、四枚の風刃を形成。
ズババババッ!
虎神四頭の首を切り裂いた。
次は、【霊狐】が五頭。
しかし、狐神達は私を避け、後ろの皆の元へ駆けていく。あえなく騎士達に迎撃された。
皆の方は隊列を組んでる限り全く心配ない。
なら私は、動き回って撹乱する遊撃。形としてはそうだけど、この相手ならおそらく撹乱以上の成果を出せる。
足元で息絶えている【慧虎】の体を掴んだ。
そして、その脇腹にかぶりつく。
……稀少肉、摂取。
マナ補充完了。
本格的に動き出した敵軍を見ながら、口元を前脚の毛で拭った。
虎神も狐神も、全て私が狩る。
この物語には残酷な描写が含まれます。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。