144 マイホーム
私はトレミナ。
あまり私は自己主張する方じゃないけど、今日は言っておいた方がいい気がした。
レイサリオンに援軍が出発してから十日が経過。そろそろ連合軍との戦闘が始まっているはず。
モアさんは大丈夫だろうか。
もちろん魔女の皆やアデルネさんのことも心配なんだけど、やっぱり一番気になるのはモアさんだ。
彼女についてもう少し知りたくて、本日、ルシェリスさんを自宅にお招きした。
私の自宅はコーネガルデにある庭付きの一軒家。
借家だったんだけど、ちょっと前に取扱い商会から土地ごと買い取っている。
セファリスとキルテナが頻繁に家屋を壊したり、庭に穴を開けたりするので。修理の度に商会の人の顔が青ざめていき、私もさすがに申し訳なくなった……。
買い取らせてください、と言った時の彼(担当者さん)の輝く顔が今も忘れられない。
そんなこんなで正真正銘のマイホームとなった我が家にルシェリスさんがやって来た。
「いい家じゃないか。庭も手入れがゆき届いているね」
「私、庭いじりが好きみたいです。ご近所さんからいただいた花なんかも植えてあって、あそこを破壊したら本気で怒るよって、お姉ちゃん達には言ってあります」
「そ、そうか……」
「じゃあ、早速料理していきますね」
リビングの椅子から立ち上がり、キッチンへ。
ルシェリスさんをお招きしたのは話を聞きたかったからだけじゃない。私の料理を食べてほしかったからだ。
彼女は人型になって以来、ずっと肉ばっかり食べている。
神獣は本来肉食で、人の姿になったからといって、その習慣を変えるのは無理があるかもしれない。
だけど、弟子の兎神達は色々な食べ物に挑戦しているし、そろそろルシェリスさんも。
というわけで、今日は野菜を食べてもらうよ。
「私は肉が好きだ。肉しか食べない」
リビングの彼女は、私にも聞こえるように大きめの一人言。
……今日は野菜を食べてもらうよ。
選んだ食材はジャガイモだ。別に、ひいきしたわけじゃなく、いきなり菜物とかは無理かなと思ったので。ひいきしたわけじゃない。
イモの皮を剥きながら、モアさんについて聞いてみた。
「あの子は弟子の中で、一番の才能の持ち主だよ。間違いない」
「それほどなんですか?」
「ああ。私が考え、名前を付けた技が二つある。一つは〈流受〉。相手の気を読み、受け流す技だ」
「キルテナとの戦いで使っていたやつですね。もう一つは?」
「攻めの技で、〈振貫〉という」
ルシェリスさんはテーブルの籠からオレンジを一つ取る。
手の中のそれをしばし凝視。
え? 何だろ、今のマナの感じ。
「これが〈振貫〉だ」
差し出されたオレンジを受け取った瞬間、異変に気付いた。
天辺のへたを切り、コップの上で裏返す。
すると、果肉たっぷりのオレンジジュースが。
「すごい技ですね、一切皮を傷つけずに内部を完全破壊。マナの振動波を連続で送ったんですか?」
「正解だ。初見で見抜くとはやるね、トレミナ」
「この〈振貫〉、もしかしてマナの守りも貫通します?」
ルシェリスさんは返事をする代わりに、不敵な笑みを浮かべた。
……恐ろしい技だ。
でもこれ、オレンジならともかく、生物相手に使うのって相当難しくないかな。
振動波を放つ前に、まずマナで対象の内部構造を把握。その上で、破壊する箇所をしっかり定め、精密な振動を高速で送らなきゃならない。
この一連の作業が完了する前に相手が少しでも動けば失敗になる。つまり、探知から攻撃まで一瞬で済ませる必要があるよね。
相手がマナを使える場合はさらに難易度が上がると思う。
マナの防御力も計算に入れなきゃいけないし、察知されて体をずらされれば全くのノーダメージ。
「戦いで使用するには難しすぎませんか?」
「トレミナには効かないだろうね。さっき、振動波を撃った時、違和感を覚えたろ? リズテレス姫にも無理だった。手合わせで使ってみたが、探りを入れた時点で避けられたよ。姫にしておくには惜しい逸材だ」
「姫様になんて技を使ってるんですか……」
「もちろん殺す気はなかったよ。効くか試してみたくなったんだ」
この兎神はこういうところがある……。
彼女は「まあ」と席を立った。
「相手が手練れじゃなくても難しい技だ。〈流受〉の方もね。弟子でただ一頭(一人)習得できたのがモアなんだよ。あの子は感覚で覚えた」
確かに、頭で考えてできる技じゃない気がする。
〈振貫〉にしろ〈流受〉にしろ、前提として見切る力が必要だ。加えて、ルシェリスさんが言うように優れた感覚も。
私向きの技じゃないな。習得できる気が全然しない。
「私には無理そうです」
「だが、トレミナには技を見抜き、分析する能力があるだろ。オレンジに使っただけで、もう〈振貫〉を徹底解明された気がするぞ……。ところで、あの子達はさっきから何をしているんだ?」
とルシェリスさんはガラス戸の前へ。
リビングの正面は、以前は普通に壁だったんだけど、セファリスとキルテナが突っこんでぶち抜いちゃったんだよ。
修理のついでに壁をガラス戸に変えてもらい、庭を見渡せる開放感のあるリビングにしてみた。
その庭では、セファリスとキルテナが対決するように向かい合って立っていた。
「最近ずっとやってるんですよ。お姉ちゃん、絶対に今日までに間に合わせるって」
セファリスはルシェリスさんの〈流受〉を見て以来、あれに夢中だ。
毎日毎日、キルテナに(手加減した)〈雷の息〉を撃ってもらい、それを逸らせる練習をしている。が、一度も成功した試しがない。
お姉ちゃん、今日もすでに結構焦げてるね。
「もういい! 次が本番よ! もういける、気がするわ!」
「何だ、その自信……」
「いいから撃ってキルテナ!」
「はいはい……」
「ルシェリス母さん、見ていてください! 私の、えーと……、何か逸らせるやつ!」
セファリスとキルテナは呼吸を整え、互いにタイミングを計る。
キルテナが一歩踏み出し、〈雷の息〉。
バチバチバチバチッ!
「せあっ!」
勢いよくセファリスが手を振ると、雷撃はカクンと曲がった。
バチッシュ――――、ドカッ! シュ――……。
「や、やったわ! ついに成功よ!」
ジャンプして全身で喜ぶセファリス。
なんとお姉ちゃん、本当に〈流受〉をやってのけたよ。
「……攻撃側と息を合わせてだけど」
「それでも驚くべきセンスと集中力だ。程なく実戦でも使えるようになるだろう」
ガラス戸を開けてルシェリスさんも庭へ。
セファリスの頭を優しく撫でた。
「さすが私の娘だよ」
「ありがとう! ルシェリス母さん!」
お姉ちゃん、すごく嬉しそうだ。
そうか、ルシェリスさんに認めてもらいたくて頑張ってたんだね。
それはよかったんだけど……。
「今、逸れた雷撃、家に当たったよね? ちょっと揺れたし、ドカッ! って聞こえたし」
「ご、ごめん、トレミナ……、角が少し、吹き飛んじゃったわ……」
トレミナ編、続きます。
こちらが本編ですが。
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