143 虎狐神連合軍[モア]悪魔の兎
座って待っているとアデルネさんが戻ってきました。
お疲れ様です。
姉弟子はちらりと私を見た後に、視線を隣で横たわる【慧大虎】へ。
「外傷は一切なし。大丈夫なのは分かっていたけど、まさか人型でもアレを使えるとはね」
「……はい、〈振貫〉で倒しました」
「眠ったように死んでいるわ。本当に、悪魔の技ね。くく、やっぱりあなたは悪魔よ、モア」
「や、やめてください」
「褒めているのよ。まあいいわ、こいつの稀少肉をいただいて撤収しましょ」
どういうことでしょう? まだ戦いは始まったばかりですが。
私の不思議そうな顔を見たアデルネさんが。
「敵の本隊を感知してみなさい」
あっ、虎神も狐神も、互いの毛が触れそうなほど身を寄せ合っています。
もうメアリア女王が作る偽のマナ反応にも引っ掛かりません。
確かに、こうなっては手出しできませんね。騎士達四チームも退くようです。
「もう少し削れるかと思ったけど、向こうの対応が想定以上に早かったわ。さあ、行くわよ」
アデルネさんの言った通り、あまり敵戦力を削ぐことはできませんでした。
倒した神獣は、【慧虎】と【霊狐】、それらの進化形、全て合計して百頭ほど。つまり約三百頭が健在です。
女王様も諦めたらしく、帰還する間に〈霧幻絶命陣〉から〈霧状感知陣〉に戻っていました。
拠点である山の頂に着くと、猛ったメアリア女王の姿を見ることに。
「獣共が……! 生きてこの森から出られると思うな……、ここがお前達の墓場だ……! 動けるものなら、動いてみろ……! 即、絶命陣……!」
森に向かって叫ぶメアリア女王を、オージェスさんが懸命に抑えています。
……陰気な人が本気で怒るとすごく怖いです。
「動かないでしょ、あっちも分かってるから」
とアデルネさんは集めた薪に小さな〈火錬弾〉を放ちました。
「攻めるのは明日にして、ゆっくり食事にしましょ。新鮮な肉もあることだし」
「それなら私達も取ってきましたよ。【慧甲虎】なのでちょっと硬めですけど」
シエナさん達を筆頭に、他のチームも進化形の稀少肉を次々に。
これだけあれば、体力とマナを回復させるのには充分ですね。
燻製も作って、明日全員が携帯するそうです。戦いの最中でも補給できるとは。なんて頭のいい人達。と思っていたら、こういう知恵もコーネガルデ学園という所で教わるとのこと。
コーネガルデ学園……、一つ気になる場所ができました。
しかし、まずはこの戦いに勝つことが先決です。
私も稀少肉で力をつけて明日は頑張らないと。
どうにか怒りを静めたメアリア女王も、勢いよく串に刺さった肉を食べています。
その長い前髪の奥にある瞳が動き、私の方を。
「トレモアちゃん……。さっきのあれ、どうやったんです……?」
み、見られて(感知されて)いましたか。
どうも私を心配したオージェスさんがずっと見守ってくれていて、食べられそうになったので女王様が〈水鉄砲〉なる魔法で助けてくれようとしたらしいです。
……ご心配をおかけしました。
「でも、必要ありませんでした……。一瞬で空中に逃れたかと思ったら、大虎の背中にタッチ……。それだけで……、あの巨大な神獣が絶命しました……」
「えっと、あれはその……、……心臓を潰したんです」
私の言葉で、アデルネさん以外の全員が固まってしまいました。
ご! ごめんなさいっ!
お食事時に心臓を潰す話なんてしてごめんなさいっ!
姉弟子だけが全く気にする様子もなく肉を齧っています。
「あれは師匠が編み出した〈振貫〉という技よ。マナの振動波で物体も気も通り抜け、ピンポイントで目的物だけを破壊するの。まさに防御無視の凶悪技。今のところ、実戦で使えるのは師匠本人と、このモアだけね」
シエナさんが食べていた【慧大虎】の肉を見つめながら。
「トレモアちゃんが奥の手って、正直、冗談だと思っていたのですが……」
「やだわ、戦力にならないならこんな臆病な子は連れてこないわよ。明日は当初の計画通り、私が狐神のボスを、同志メアリアが虎神のボスを、他の同志達と男前騎士さんで神獣二百頭を、担当する感じでいきましょ」
「進化形がかなりの数いるので、私達も二百頭で精一杯ではあるんですが……。……残り百頭は、まさか」
アデルネさんがいつになく真剣な眼差しで私を。
……こ、これはきちんと答えないといけないやつです。
「モア、百頭いけるわね?」
「……はい」
ああ! つい引き受けてしまいました!
……大丈夫でしょうか、私。
姉弟子は満足げな笑みを浮かべつつ、「これで森にいるのはいいとして」と言いました。
「問題はあっちなのよね。同志メアリア、ちょっと力を貸してもらえる?」
あっち……? え、他にもいるのですか?
私とアデルネさん、メアリア女王は皆から少し離れた岩場までやって来ました。
女王様はまた薄い霧を出してどこかを探っているようです。
「いた……。同志アデルネの言った通りでしたよ……。あの山向こうです……」
「やっぱりね、彼女だわ。四百年前からやり口が変わってない。どれくらいの数か分かる?」
「おそらく、【霊狐】とその進化形が約五百頭……。上位種が二人……、あ、人型になっているので……。この内の一人は、たぶんですが……、神クラスの神獣……」
「ええ、彼女は【災禍神狐】よ。どうやら完全に自分の国を引き払ってきたようね。レイサリオンに乗り換えるつもり……、いえ、狙いはその先にあるコーネルキアかしら? くくくくく」
ど! ど! どういうことでしょう!
森にいる連合軍より戦力が上ではないですか!
そんな大軍勢、私達だけではどうしようもありませんよ……。
すると、アデルネさんがまた真剣な眼差しで私を。
「モア、あと五百頭と上位種二頭(一頭は神クラス)いけるわね?」
「……は、い、……いえいえ! 無理無理! 絶対に無理です! 危うく引き受けてしまうところでしたよ!」
「くく、冗談よ、冗談」
……真剣な眼差しの濫用はやめてください。
「ご心配なく、トレモアちゃん……。今度はこっちの奥の手を使いますので……」
とメアリア女王が取り出したのは、掌に納まる大きさの黒い石板でした。
材質は皆さんの鎧と同じでしょうか。
その表面を女王様が指で触れると、赤い光が。
すぐに赤から黄色の光に変わりました。
こんなものが奥の手なんですか?
しかし、アデルネさんは大層感心した様子です。
「こんなものを作り出すなんてね。大戦も控えているし、コーネルキアの守護神獣になって本当によかったわ」
「まだ試作段階なんだとか……。その世界大戦までには、間に合わせるそうです……」
メアリア女王が話している間に、石板の発する光が黄色から緑色になりました。
それを確認すると、彼女は石板に向かって。
「メアリアです……。リズテレス様、聞こえますか……?」
…………?
女王様、そちらは姫様ではなく石ですよ。
『ええ、聞こえます。メアリア様、緊急事態のようですね』
えっ!
せ! 石板からリズテレス姫の声が!
戦闘力特化のこの世界でも、携帯電話に対する反応は戦国時代の人です。
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