142 虎狐神連合軍[モア]狩られる兎
私もメアリア女王の水霊を共有しているので、すぐに分かりました。
森を漂っていた霧がどんどん濃くなっていきます。
やがて目視でも確認できるほどに。
わずか数秒で森林地帯全域を霧が覆い尽くしていました。
それも普通の霧ではなく、毒を含んでいます。
でも、神獣が絶命するくらい強力じゃないような……?
首を傾げていると、アデルネさんが頭を突っついてきました。や、やめてください。
「ここまで広範囲の魔法に致死毒なんて付与できるわけないでしょ」
そういえば、姉弟子も毒に詳しいのでした。
「それに、この霧の最大の特徴は毒じゃないわ。感知遮断よ」
アデルネさんの指摘にメアリア女王が頷きました。
「そう、〈霧幻絶命陣〉は敵のマナ感知を遮断する……。毒も初めから命を奪うようには作っていない……。この毒はターゲットの聴覚、嗅覚、視覚を制限するもの……。そして、私が対象設定しているので……、虎神と狐神以外の生物には完全に無害……。つまり、〈霧幻絶命陣〉は、私一人では対処できない敵が襲来した時の切り札……。……こんな名前にしたのは、私は信じているから……。必ずや、同志達が絶命させてくれると……!」
「お任せを、同志メアリア。きっと私達が絶命させます!」
女王様とシエナさんは、揃って胸の前で拳を。
すごい信頼関係です。言ってることは物騒ですが。
すでに二十六人の騎士達は四つのチームに分かれていました。
彼女達をざっと見回すメアリア女王。
「〈霧幻絶命陣〉は感知を遮断するだけじゃなく……、偽のマナ反応を作り出すことも可能……。それを使って、私が連合軍をばらけさせます……。本隊からはぐれた神獣を各個撃破してください……。頼みましたよ、同志達……!」
今度は魔窟の魔女全員で拳のポーズです。
済むと各チーム別々に山を下っていきました。
彼女達を見送ったのち、アデルネさんが「さあ」と。
「モア、私達も行くわよ」
「は、はい、姉弟子」
緊張しながら返事をする私に、オージェスさんが心配そうな眼差しを。
「モアちゃん、無理してるんじゃないか? 確かに君のマナは俺なんかよりずっと多いけど、戦うのは怖いんじゃ……」
「ご心配なく、男前の騎士さん。戦いになればこの子、恐怖とか関係なくなるから、くくくく」
アデルネさんは私を小脇に抱えると、そのまま走り出しました。
あ、姉弟子――!
スピードを緩めることなく、一気に霧の森に突入。
実際に入ってみるとかなり濃い霧です。数メートル先すら見えません。
こんな状態でマナ感知や感覚を制限されるのですから、連合軍は慌てふためいているのでは。えーと……、やっぱり慌てふためいているようです。
女王様の水霊の加護がある私達は森全体を把握できます。
これなら視界の悪さなんて全く関係ありません。さらに、敵との数の差を埋めるのに充分なアドバンテージだと思います。
あ、早速連合軍から離れていく神獣が。
メアリア女王の誘導に引っ掛かっているみたいです。
軍の外側から次々に分離していきますよ。
今頃、女王様は「きひひひひ」と笑いながら、喜々として偽のマナ反応を量産していることでしょう……。
いよいよ、はぐれ神獣に騎士達が攻撃を開始しました。
案の定、【慧虎】も【霊狐】もなす術なくどんどん倒されていきます。
ちなみに、約四百頭いる敵軍には、【慧虎】と【霊狐】の進化体が二十数頭います(上位種はそれぞれのボス二頭だけのようです)。
シエナさんのチームが【慧甲虎】に一斉攻撃。防御に優れているはずのその神獣を、あっという間に仕留めてしまいました。
他のチームも負けていません。
魔窟の皆さん、全員が上位ランカーというだけあって本当に強いです。
あ、私達の前方にも八頭の【慧虎】が。
「あれを片付けるわ」
アデルネさんが走る速度を上げました。
私を抱えているのとは反対の、右手を横にスライド。
シュバッッ!
発生した大きな刃が三頭の虎神に。
刃に触れるや、虎達は地面に崩れました。
アデルネさん得意の〈毒飛刃〉です。これは間違いなく致死毒でしたね……。
それからアデルネさんは、タンッ! と跳躍。
残り五頭の真ん中辺りで横回転しました。
バッチバチバチバチバチッ!
激しい稲妻が周辺で巻き起こりました。
この神技は〈雷旋脚〉といいます。
わ、私までちょっと痺れるのですが……!
そんなものとは比べものにならない電圧を受けた虎神達は即死でした。
私達【古玖理兎】の神技は他の兎族とは大分違います。
〈■の拳〉=近接攻撃。
〈■錬弾〉=中距離攻撃。
〈■旋脚〉=周囲範囲攻撃。
〈■飛刃〉=前方範囲攻撃。
あともう一つあるのですが、攻撃技ではなく、これだけ他の兎族と共通です。
私達の技は、神獣の中でも特に恵まれていると言われたりしますね。
ですが、ここまであっさりとは……。
言葉通り簡単に八頭の【慧虎】を片付けたアデルネさんは、うっすら笑みを浮かべています。
こんなに生き生きした姉弟子を見るのは初めてかもしれません。
人型時の能力は、神技の威力なども全て神獣時の半分になります。
なのに、どうして【古玖理毒兎】の時より強くなっているんですか、姉弟子。
……この兎、どれだけ実力を隠しているんでしょう。
「あっちに【霊狐】が七頭、その近くに【慧虎】が十頭いるわね。まとめて片付けてくるからここで待ってなさい」
そう言ってアデルネさんは私を地面に下ろし、足早に行ってしまいました。
こんなに張り切る姉弟子を見るのも初めてです。
……霧の中に私一人。
水霊のおかげで自分や皆の位置は分かるのですが、何だか心細いです……。
やや? 向こうに【慧大虎】がいますね。
え、まっすぐ私の方に来ていませんか?
この〈霧幻絶命陣〉の中でそんなことできるはずは……。
あっ! あの虎神! 鼻にマナを集中させて嗅覚だけ利くようにしています!
もうすぐそこまで……!
ぐわっ!
振り返ると、体長二十メートルはあろうかという虎が大口を開けていました。
ああああああああああっ!
喉の奥までよく見えますっ!
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