139 虎狐神連合軍[モア]笑う兎
トレミナ様に妹と言っていただいてからの記憶がありません。
気付けば、私はレイサリオン王国の王宮にいました。
どうやら固まっている間に、姉弟子アデルネさんに運びこまれたようです。
これから戦いに向けて準備、のはずなのですが、……なぜか私はお姉さんの膝の上でアップルパイを食べています。
ここは宮殿の娯楽室だそうです。
中央の大きなテーブルにはお菓子やお茶が置かれ、その周りではメアリア女王やアデルネさん、騎士の皆さんが思い思いに過ごしています。本を読んだり、カードゲームをしたり。
こんなにのんびりしていていいのでしょうか?
私の不安げな表情(基本的に私はいつも不安げだと言われますが)に気付いたアデルネさんが。
「モア、心配しなくても時が来れば動くわ」
「……時、ですか?」
「そう、私達は時を待っている……。ちゃんと同志達が敵を監視中……」
とメアリア女王は紅茶を一口。
言われてみれば騎士のお姉さん達の数が少ないような。あっ、あの赤髪の隊長さんもいません。
そう思っているとノック音がして、当のシエナさんが四人の騎士と共に部屋に入ってきました。
「あちらは変わらずでしたよ。のろのろ進軍してます」
「やはり……、向こうも待っている……」
女王様の確信めいた言葉に、アデルネさんが頷きました。
「相当な自信があるようね。くく、叩き潰すのが楽しみだわ」
「あの、どういうことですか?」
私が尋ねるとアデルネさんが状況を説明してくれました。
虎神と狐神の連合軍はこちらの戦力が揃うのを待っているそうです。この国とコーネルキアとのつながりも知っている風なので、そちらからの援軍(私達のこと)が到着してからまとめて片付ける思惑なんだとか。本当にすごい自信です。
「…………、え、私達がもうここにいること、向こうは知らないんですか?」
「モア様は固まっていたから覚えてませんよね。私達は同志アデルネの指示で、全員完全に気配を消して首都に入ったんですよ。……ところでモア様、トレモアちゃんとお呼びしても?」
椅子に座りながらシエナさん。自分の膝をポンポンと叩き、誘うような眼差しを私に。
これは、そちらに移動しろということでしょうか……。
「……トレモアちゃんで、大丈夫です」
むしろトレモアと呼ばれるのはとても嬉しいです。
私が腰を下ろすと、赤髪の隊長さんは恍惚とした顔になりました。
「はぁ、癒されます。トレモアちゃんがこの作戦に参加してくれて助かりました」
すると、一緒に監視に当たっていた騎士達から不平不満の声が。
「一人だけずるいですよ! 同志シエナ!」
「というより、私達、二日間野宿だったのでまずお風呂に入るべきでは? 女子として」
お風呂場へと連行されるシエナさんが、思い出したように「そうそう」と言いました。
「やはり【霊狐】は百頭ほどしか確認できませんでしたよ。残りの百頭は離反でもしたんじゃないですかね」
これにアデルネさんがまた小さく笑いました。
今回の援軍に加わってから姉弟子はすごく楽しそうです。いえ、多くの同志を得てから、でしょうか。前は群れにいても一頭だけどこかつまらなそうでした。よかったですね、姉弟子。
それはいいとして、どうして狐神の数が減ったんでしょう?
「あちらはあちらで小細工を弄しているということよ。気にせず私達は予定通り動けばいい。同志メアリア、この分だと敵が目標地点に到達するのは八日後くらいかしら?」
女王様は取り出した地図をさっと広げました。
「大体その程度かと……。あと七日はゆっくりできる……。同志アデルネ、私の書庫に行きませんか……? 女王の権力を使って、世界中から集めた本があります……」
「まあ、素晴らしい。ぜひ」
このお二人は考え方がよく似ています。彼女達の頭の中には、すでに連合軍を破る計画書が出来上がっているようです。
そうだとしても、こんなにのんびり遊んでいていいのでしょうか……。
私は戦ったことはありませんが、【霊狐】という神獣は大変ずる賢くて恐ろしい相手だそうです。
私だけでも稽古をして備えた方が……。
と思っていると、部屋を出ていこうとしていたアデルネさんが振り返りました。
「モア、今さら何かやっても遅いわよ。あなたもリラックスして気を充実させておきなさい。その方がよっぽど有意義だから。……ああ、そうだった。あなたさっき、少し上から私を見たわね? 後でお仕置きよ、トレモアちゃん」
「……ご、ごめんなさい、姉弟子」
……たぶん、狐神よりアデルネさんの方が恐ろしいです。
口数が少ない子を主体にすると、急に雄弁になった気がします……。
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