137 わけあり兎達
メアリア女王の話によると、レイサリオン王国に再び野良神の群れが迫っているらしい。
二年前に流したボス虎がまた配下を従えて現れたんだって。
しかも、今回は虎神だけじゃない。狐神の群れも一緒だ。
二百頭規模の【慧虎】に加え、【霊狐】も約二百頭。どちらもあの【猛源熊】よりは体格で劣るけど、数は熊神軍の倍近い。戦力は二年前の四倍なので、レイサリオンは相当な危機に瀕していると言える。
今度こそ本当に滅んでしまうかもしれない。
「よりにもよって【霊狐】とは。あの神獣は厄介なんですよね」
そう呟いたのはジル先生。
どういうことですか? と視線で聞き返す。
「人間が大好きなんです、彼ら。単純に人と仲良くしたい、なんて可愛い意味じゃありませんよ。他の狐族とは違う特別な神獣でもありますから、その点では【古玖理兎】と同じですね」
進化するにつれて尻尾の数が増えていくそうな。最上位の神クラスになると九本に。狐だから結構もふもふだろうし、そんなにあって邪魔じゃないかな。
話を聞いていたアデルネさんが笑みを湛えた。
「私達をあんな狡猾な狐と一緒にしないで。【古玖理兎】は正々堂々が基本。性質は真逆よ。私は例外だけど、くくくくく」
邪悪な空気が止めどなく漂ってくる。
負けじとメアリア女王が「きひひひひ……」と笑った。あ、これはたぶん緊張から来るやつだ。
「そういう事情で、すごく困ってる……。私一人では無理……。我が王国の騎士や貴族は、弱すぎていないも同然……。オージェスだけ、ギリギリ合格……。つまりレイサリオン王国の戦力は……、実質二人……」
……本当に滅んでしまうかもしれない。
困り果てる女王様を見て、シエナさんが胸に拳を当てた。
「でしたら、今回も私がお手伝いします。私だけではなく、同志達は全員、共に行く覚悟です」
「同志達よ……」
次いでアデルネさんも。
「私も行くわ。ここにいて本を読んでいるだけなのも退屈だし、くく」
彼女が加わってくれたのは大きい。
おそらく、アデルネさんはルシェリスさんの弟子の中で一番の実力者(キルテナは除く)なので。
そう、彼女はサイゾウさんよりマナの量が多い。
上位進化もとっくにできるはず。
では、どうして【古玖理毒兎】のままでいるのか。
それは、熊神達と戦争中だったからだ。進化したサイゾウさんは狙われ、半殺しの目に遭った。
あ、半殺しにしたご本人(熊)が内側から。
『俺達の調べでは、毒兎は進化形四頭の中で最も弱いはずだった。昨日見た時は驚いたぞ。……こいつ、すでにうちの【災禍怨熊】より強いんじゃないか?』
ロサルカさんと戦っていたあのひどい弟分ですね。私もそんな気がします。
まあ、アデルネさんはものすごく狡猾ということ。
今回の【霊狐】は危険な感じがするから頼もしい限り。ジル先生が言うように、かなり厄介な神獣だと思う。
そもそも異なる種族の野良神が手を組むなんて聞いたことがない。なぜなら、通常野良神は人型にはなれず、言語も通じないため。
虎神と狐神、双方のボスが人型になれるのか、あるいは、狐神の中に虎神の言葉を話せる者がいるのか。
何にしても異常事態ということだ。
でも、このメンバーならきっと大丈夫。
魔窟の魔女達も皆腕が立つ。
あとは……。
ジル先生に視線を向けた。
「ナンバーズは誰がいけるんですか?」
「全員無理です。ナンバー4の女王様だけになりますね」
「え、どうしてですか? 昨日はあんなに暇そうな人達がいたのに」
「それ、私も含めてますね。コーネルキアから動かせないんですよ。今回の南方遠征でドラグセンが神経を尖らせています。いつ何が起こるか分かりません。リズテレス様はこの一件がドラグセンの陽動ではないかと疑っておいでです。それでも可能な限りの戦力を、と仰られたので、私がスケジュールを調整しました」
と先生は魔女達を眺めながらため息。
そうか、この忙しい時に実力のある騎士達がこんなに非番なわけない。先生がやりくりした賜物だった。
じゃあ、もう私が頑張るしかないかな。
お姉ちゃん、また一緒に来てくれるだろうか。
「ちなみに、トレミナさんとセファリスさんは絶対に無理ですよ」
「そんな、私達が一番暇なはずでは」
「あなた達はそろそろいい加減、属性習得の修行に入らないと。同級生はとっくに始めています。今やらなければ」
ジル先生は私の顔に指を突きつけてきた。
「留年しますよ」
……留年。私、学年一位なのに。教師までやっているのに。留年……。
それはとても恥ずかしい。
どうしよう、究極の二者択一だ。
留年か、滅亡か。
……待って。全く究極じゃなかった。
というより、考えるまでもないことだった。
「留年で構いません。私が行きます」
「待ちなさい。ここにいる者達だけでも戦いようによっては何とかなります。緊急時の対応も考えてあるので、あなたは修行を始めなさい」
ジル先生の言葉に、アデルネさんとメアリア女王が頷く。
「確かに、戦い方次第でどうとでもできるわね。私、そういうのを考えるの、大好きなのよ。くくくくく」
「私も得意……、きひひひひ……。でも残念……、トレミナ導師の戦い、見てみたかった……」
「それはあるわね、私もトレミナ様の――」
とアデルネさんは視線をスーッと斜め下に。私に引っついたままのモアさんを見つめる。
「代わりに小さい方を連れていこうかしら。モア、一緒に来なさい」
ビクッと体を震わせたモアさん。隠れるように私の背後に回った。
「モアさん、怖いなら行かなくていいですよ」
「……いえ、行きます。とても、トレミナ様の代わりにはなれませんが、少しでも、お役に立ちたいです……」
意外だ。てっきり断るものと思っていた。
彼女もやはり、戦闘兎神【古玖理兎】だということかな。
一般の【古玖理兎】でも、人型で学園卒業し立ての騎士と同じくらいのマナを纏っている(神獣時はその倍)。気弱であっても、モアさんもそれは変わらないから、足を引っぱることはないだろう。
実は私自身、彼女を計りかねている部分がある。
モアさんのマナはちょっと不思議な感じだ。
例えるなら、水鳥が一斉に飛び立つ前の湖面。
あるいは、爆発寸前の爆弾。
虎の威を借る狐、とは少し違ったお話になります。
それから、私も自分の作品に九尾を出してみたい、という誘惑にも勝てませんでした。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。