135 真の勝者
精神世界での相談は、現実世界ではまばたきを一度する程度の時間だった。
まずはトレミナGさんの提言通り、レゼイユ団長とチェルシャさんに〈ガードゲイン〉と〈トレミナゲイン〉を使ってもらう。二人は渋々ながらも強化技能を発動。
それから私はマナを〈全〉に。
これを見たライさんが不思議そうな顔を作る。
「マナバーストがすごいので、この状態でないと危険なんですよ」
「〈全〉で撃たなきゃならない技なんて聞いたことないよ……。じゃあ、僕らもここにいたら危なくない?」
彼が振り返ると、すでにリズテレス姫とルシェリスさん、ジル先生は五十メートルほど離れていた。
姫様が手をひらひらと。
「ライさんも早くこっちへ。巻きこまれるわよ」
「そんなに遠くまで……」
観客の避難が済んだのを確認し、私はマナ玉を生成。直径約五十センチの大玉だ。
捕球体勢に入った二人に視線をやる。
団長もチェルシャさんも、マナに乱れはない。弱気になるどころか、絶対に受け止めてやるという強い意思が伝わってきた。
さすが、共に戦闘経験が豊富なだけはある。
でも念のため、注意喚起はしておこう。
「投げた瞬間、ちょっとでも無理だと思ったら避けてくださいね。判断が遅れると取り返しつきませんので」
「私は誰よりも戦い慣れしています。危険を察知する能力には自信がありますよ!」
胸を張るレゼイユ団長。
だったらどうして今そこにいるんですか。
彼女の背後からチェルシャさんが顔を出す。
「いいから早くそれを投げてこい。余裕で(団長が)受け止める!」
分かりましたよ。
周囲に被害の出るようなものはないし、大丈夫だろう。
接合部分(追加推進機関)のマナをボールに引っつける。
団長の眉がピクッと動いた。
この時点で、手の中には私の総マナの約半分が。まあ普段はあまり目にしない量だと思う。
いいんですね? 投げますよ?
大玉を両手で頭上に掲げた。
〈トレミナキャノン〉、発射。
ズバァァン! ゴッシュ――――――――ッ!
マナバーストで半径十メートルほどの地面が吹き飛ぶ。
さらに二十メートルほど離れた所で一本だけ生えていた樹木も、ごっそり根本から。
しまった、被害の出るものがあった。
木さんごめんなさい、後で回収して植え直します。
などと思っている内に、砲弾はレゼイユ団長の腕の中に。
「こ! これは予想以……いえ! 予想通りの球ですよおぉぉぉぉ!」
一瞬だけ食い止めるも、
ズザザザザザザザザ――ッ!
と後方にぐんぐん押されていく。
ここでチェルシャさんが動いた。
「光霊! 私をすごく強い天使にしろ! 〈エンジェルモード〉っ!」
〈全〉状態の天使モードへ移行。大きく翼を広げた。
「団長! 頑張れー!」
両手でレゼイユ団長の背中を押す。
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!
言葉通りの後押しを受け、団長はどうにか踏みとどまる。
だけどこれ、前と後ろから板挟みになってない?
「騎士チェルシャ! 前側のマナが薄くなっていますよ! ぐあああああっ! ボールが直に! こ! ここは一旦回避を……お? ……動けんっ!」
進むことも退くこともできず、もがくレゼイユ団長。
……ああ、大変なことになってきた。
こうなったらもうトレミナBさんの腕前を信じるしかない。
膠着状態に陥ってから数秒経過。
意を決したように団長が。
「このまま死んでなるものですか! かくなる上は、……やや? ややや? 威力が弱まってきています! 今がチャーンス!」
くあっと口を開いた彼女は、勢いよくボールに齧りついた。
グニ――――……、ブチッ!
マナを引きちぎり、捕食。
次から次に、ちぎっては食べちぎっては食べ。
知らなかった、マナって食べられるんだ。
いや、顎の力ってかなり強いから理には適っているのかも。
仮にそうだとしても、……なんだこの人。
レゼイユ団長は幾度となく〈トレミナキャノン〉を齧ったのち、両腕でぎゅーっと締め上げる。
パシュ――…………。
マナ玉は光の泡となって霧散した。
団長と、後ろから頭を出したチェルシャさんはこの上なく得意げな顔に。
「どうです騎士トレミナ! 私の勝ちです!」
「どうだトレミナ! 私の勝ち!」
うーん、やっぱりここは、
「はい、私の負けです」
こう言っておくべきだろう。
さて、トレミナBさん。素晴らしい制御力でしたよ。
『恐れ入ります、マスター』
彼女にはなるべく自然な感じでボールのマナを減らしてもらっていた。
どれほどいい仕事をしたかは、あの二人の勝ち誇った顔が証明している。
真の勝者はトレミナBさんということだ。
『ですがマスター、私は今回、危うく私情をはさみそうになりましたよ。まさかボールを齧るとは……。あんな不快な思いをしたのは初めてです。団長を貫通したい衝動を抑えるのが大変でした』
……レゼイユ団長、あなた本当に死ぬところでしたよ。
ともかく、誰も私(トレミナBさん)が手加減したことには気付いてないようだし、実演は無事終了だね。
と思っていると、リズテレス姫がいつになく上機嫌で私の元へ。
「見せてもらったわ、〈トレミナキャノン〉。高威力なのは分かっていたけど、あそこまで緻密な制御ができるとは思わなかった。間違いなく、五竜にも通用する技よ」
どうやら手加減に気付いた人もいるらしい。
遅れてやって来たルシェリスさんが「あ」と呟いた。
「最も剣神に近い人間というのはこっちだったのか」
「可能性は一番秘めていると思います。今は攻撃力がやたら先行していますけどね」
姫様の指摘で今度は私が気付かされる。
私、攻撃特化型だったのか。確かにそうかも。
微笑みながら姫様は言葉を続ける。
「トレミナさんの才能は戦闘だけじゃないわ。明日も城に来てくれないかしら? 導師として立ち合ってほしいの」
「構いませんが、何があるんです?」
「レイサリオン王国の女王様がお見えになるのよ」
翌日。
私は普段着で城門をくぐった。
あの仰々しい導師の衣装を着なきゃならないのかと思ったけど、必要ないとのこと。本日のお客人、レイサリオンの女王様はこの国に馴染みある方らしいので。
レイサリオン王国とは、南方の空白地帯のさらに南に位置する国だ。
つまり、領土を拡大したコーネルキアと今後、隣国同士になる。以前から両国の関係は良好で、これを機に一層仲良くしようということみたい。
レイサリオンの女王様って確か、つい最近即位されたばかりなんだよね。すごく若い方のようだけど、どんな人だろう?
廊下の向こうから、背の高い男性騎士を従えた女の子が歩いてくる。
服装から察するに、おそらく彼女がその女王様だ。
でも何だか、あまりそれっぽくない。
目元が隠れるほどのもさっとした前髪。
纏っているのはどことなく陰気なオーラ。
雰囲気とかじゃなく、本当にマナのオーラだよ。なんと女王様はマナ使い。それも相当な手練れだ。何せ、私やジル先生よりマナ量が多いから。
昨日、外国には大した使い手はいないという話だった。が、とんでもない。こんな人がいるなんて。
廊下の端に寄って道を譲ると、女王様は私の前で立ち止まった。
「トレミナ導師、会いたかった……。だけどもしかしたら、昔に会っているかも……」
「どういうことですか?」
「私はメアリア……、コーネガルデ学園の、卒業生……。そして今は、ナンバーズのナンバー4……」
ナンバーズだったのか、なんか納得。
え、ナンバー4は女王様なの?
すると彼女は一冊の本を取り出し、私に。
「これ、私が執筆した回顧録……。読めば色々、分かる……」
回顧録……。