131 増殖するどんぐり(一名は完コピ)
人型になってもマナで誰が誰かは大体分かる。
身長百七十センチ台半ばの、肩まである黒髪の女性がルシェリスさんだ。年齢は二十代の中ほどで、服の上からでも引き締まった体であることが伝わってくる。
彼女は確認するように武道の構えをとった。
そして、正拳突きを放つ。
シュッ! ビュオ――――……。
マナは抑え気味だったにも関わらず、拳圧で風が巻き起こった。
ルシェリスさんは納得したらしく、小さく一度頷く。どうやらもう新たな体に馴染んだみたい。
今の突きを見ていた弟子達からは拍手が。
その弟子の皆さんに目を向けた。
黒髪を後ろで束ねている二十歳くらいの男性がサイゾウさんだね。
他の人型とは違って、ちょっと変わった服を着ている。本で見た記憶があるかも。確か東方の人達が着用する着物というのかな。あんな服まで用意されていたんだ。
ところで、【古玖理兎】族の集まりなので全員が黒髪になるのかと思ったら、そうでもなかった。頭の色は結構バラバラだよ。
生まれてからずっと黒だから、他の色に憧れたりするのかな。
人型は好みや精神的要素の影響する割合が大きいようだ。
【煌帝滅竜】の頭部に立つ私は、彼女の心に語りかけてみる。
『そういえば、キルテナはどうしてあの金髪の姿になったの?』
『うーん……、なんでだろ。たぶんあれかな。私は人型を作るのに何日かドラグセンの首都を歩かされたんだけど、その時に見掛けた金髪の女の子が頭から離れないんだ。すごくうまそうに串焼きを食べてた。んで、気付いたらこの姿になってたんだよ。こんな話してたら串焼き食べたくなってきたー。ジューシーな豚串ー』
……まあ、人型というのはかなり適当でも作れるらしい。
改めて兎神達の方に視線を戻す。
十代半ばの男性が二人、女性が二人いるね。
彼らは【古玖理兎】進化形の四頭。【古玖理大兎】、【古玖理魔兎】、【古玖理甲兎】、【古玖理毒兎】だ。
誰がどの兎神かは分からないけど……、いや、分かるかも。
きっと、やけに体格のいいお兄さんが【大兎】、ルシェリスさんの妹のような黒髪お姉さんが【魔兎】、真夏なのにやたらと厚着しているお兄さんが【甲兎】、何だか陰気な雰囲気のお姉さんが【毒兎】、だと思う。
進化も好みで選ぶから、人型にも出てしまうみたいだね。
さて、残すは五十九頭の【古玖理兎】達なんだけど、あなた達、どうして全員子供になったの?
キルテナの頭から下りて一団に駆け寄った。
「ルシェリスさん、どうして子供だらけになったんですか?」
「私は気にしなくていいと言ったのだが、弟子達がね……」
ルシェリスさんは困り果てた様子で腕を組んだ。
なお、〈人型生成〉は読みこんだ人間の多数が使っている言語を、自動で習得できる機能が備わっているんだって。とても便利。さすが神の技だ。
私達の所に一人の少女が歩いてくる。
「師匠の弟子であり、実力も遠く及ばない若輩の私達はこの姿で充分であります!」
ピシッと直立し、高らかにこう言い放った青髪の女の子。
あ、彼女のことは分かるよ。【古玖理兎】達のリーダー、ノルエリッドさんだ。ハキハキした喋り方が特徴的で、今日もよく皆をまとめてくれていた。マナから察するに、たぶん五十九頭の中では一番の実力者なんだと思う。
彼女に続いて、他の子供達(おそらく精神的には皆さん大人)も集まってきた。
「トレミナ様! お聞きしたいことが!」
「どのようにあの熊神共を退治されたのですか!」
「どのようにあの野蛮な【水晶輝熊】を!」
「奴は命乞いをしましたか!」
『するか!』
私の中で再び毛を逆立てたトレミナ熊さんだが、〈トレミナボール〉さんと〈トレミナゲイン〉さんに両脇をがっちり固められる。
兎神達は長く熊神と戦っていただけに、やはり気になって仕方ないらしい。話せるようになった途端、質問の嵐だ。
「また後でゆっくり話してあげますね。でも【水晶輝熊】さんは、群れのボスに相応しい堂々とした最期でしたよ(まだ私の中にいますけど)」
『……ふん、当然だ。…………、トレミナ、すまんな』
子熊さんは、今度は自分の足でジャガイモ畑へと帰っていった。
場を静めるようにノルエリッドさんが手を鳴らす。
「皆! 失礼が過ぎるであります! 師匠に恥をかかせる気でありますか! 全員! 整列!」
彼女の号令が飛ぶと、子供達は綺麗に列を作った。
まるで軍隊のように統率がとれている。やっぱり皆さん、中身は大人だ。
「しっかし、見事に子供ばっかりだな」
キルテナも人型になってやって来ていた。
彼女は「それはいいんだけどー」と、グルリと列を見回す。
「なんかあちこちにトレミナっぽいのいないか? 水色のどんぐりに、黄色いどんぐりに……」
言われてみれば、ちらほら私に似た髪型の子が。
どうしてだろう? まさか、兎にはこのヘアースタイルがすごくオシャレに見えるとか?
すると、ノルエリッドさんがまたもピシッと直立。
「熊神の群れを討伐なさったトレミナ様は、私達の英雄なのであります! さらに、凄まじいマナ量に、悟りを開かれたかのような落ち着きぶり! 皆が憧れるのも無理ないのであります! 私もその髪型にするかとても悩んだであります!」
……思いとどまってくれてよかったです。
とキルテナが子供達の列の最後尾で手を振っているのが見えた。
「この子すごいぞ! ナンバーワンだ!」
「いえいえ、ナンバーワンどころかその子は私達の中で一番の若輩者。モアというであります。が……。モアあなた……、さすがにそれはやりすぎでは?」
ノルエリッドさんが呆れたような視線を向けるのは、他の子達より一際小さな少女だった。
見た目、七歳くらいだろうか。
見慣れた茶色のショートヘアに黒い瞳。
……この子、私を完全コピーしてる。
トレミナモア、あるいは、トレモアです。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。