130 触れ合い広場
神獣達の間では古来より〈人型生成〉なる技が受け継がれている。
それは何千年も昔のこと。人間について知りたいと思った神獣が編み出したらしい。やがて技は種族の壁を越えて広がった。
今も昔も、他種族の言語を理解できる神獣がいるみたいなんだよね。やっぱり神獣の世界は奥が深い。
ルシェリスさんもずっと以前に鳥族の知り合いから、〈人型生成〉の結晶をもらったんだそうな。
結晶とはあの技能結晶のことだよ。あれも実は神獣由来の技術だった。何となくそんな気はしてたけど。〈人型生成〉も技能結晶なだけあって、譲り受けてから自分の中で完成させなきゃならない。
必要なのは、生きた人間数万人分の身体情報だ。
ルシェリスさんの頭に乗った私は、拡声魔法具(ほら貝に形が似ているよ)を取り出した。
「コーネフィタルの皆さん、よろしくお願いします。なお、兎神様の毛に触れていただいても大丈夫です。が、乱暴なことはしないようお願いします。こちらはこれから守護神獣になられる方々。どうか失礼のないように」
王都の広場では、兎神達と住民達が左右に分かれて向き合っていた。
両者の間に緊張が走る。
しまった、配慮が足りなかったかも。
兎サイドはこんなに大勢の人を前にするのは初めてだし、住民サイドは私が失礼のないようになんて言っちゃったせいで萎縮してしまっている。
おっとり、じゃなくてうっかりしてた。どうしよう……。
と思っていると、住民側から一人の子供が出てきた。
いや、あれはコルルカ先輩だ。
そういえば先輩、王都出身だっけ。私服だと本当に子供と見分けがつかない。
ギラッと先輩の目が光り、私を睨みつける。
……やっぱりこの手の話題には敏感ですね。
程なく、応じるように兎側からも一頭の【古玖理兎】が。
まずコルルカ先輩が一礼。
これに黒兎は頷いて返す。
その黒く艶やかな毛に、先輩はそっと触れた。
それから、ゆっくりと抱きつく。
も……、ふ……。
見ていた人達から「おー……」と歓声が沸き上がった。
幼い子供(皆にはそう見えた)が先陣を切って実演して見せたことで、住民サイドはようやく動き出す。
兎サイドも少しずつ慣れてきて、緊張が解けてきたようだ。
どうにか触れ合いがスタート。
コルルカ先輩のおかげで助かったよ。単純にもふもふに触りにきただけの可能性もあるけど、今度お礼に何かごちそうしよう。
ちなみに、兎達は全員、昨日の内にルシェリスさんから技能結晶を受け取っている。
〈人型生成〉の情報収集機能を起動させれば、半径約二百メートル以内にいる人の体を読み取るんだって。
この広場には約五万人の住民がいるから、それほど時間は掛からないはず。
王都コーネフィタルの人口は約五十万。小国の首都としては結構多い方なんだよね。コーネルキアは経済的に豊かだから、国民になりたい人が順番待ちをしている状況みたい。コーネフィタルやコーネガルデへの移住はさらに審査があって……。要は、コントロールしてこの人口ということ。
それで今回の募集をかけたところ、前日にも関わらず、なんと半数の二十五万人以上から申し込みがあった。
自分の体が守護神獣の人型の参考になるというのは、どうも栄誉なことらしいよ。
「神獣は長生きだから、自分がこの世を去った後も一緒に生きていく感じがするのかな。たとえ数万分の一でも、一緒に国を守護してるような……」
「ついでに、数万分の一はどんぐりだな」
「そっか、私の体の情報も収集されるんだ」
そう呟いてから振り向くと、キルテナもルシェリスさんの頭に。
「どうしてここに?」
「姫が、私も皆にお披露目してこいって」
広場に目をやると、騎士達がスペースを作っていた。
キルテナはそこに向かってピョンと跳ぶ。すぐに体長七十メートルの黄金竜【煌帝滅竜】になった。
住民達からは再び「おー……」と歓声が。
確かに、物理的にかなり巨大だし、守護神獣としては心強いよね。新戦力のお披露目に華を添えたわけだ。リズテレス姫の考えそうなことだね……。
ん? でも皆さん、キルテナより兎神の方に。
やっぱりドラゴンよりもふもふの兎か。
あ、キルテナちょっとイラついてる。
私はルシェリスさんから〈ステップ〉を経由してキルテナの頭へ。
『暴れちゃダメだよ、キルテナ』
精神に語りかけると、彼女のふくれっ面が見えるようだった。
『暴れるか……。奴らには私のかっこよさが分からないんだ』
『でもキルテナ、たぶん王都中から見えてるよ。ほらほら、五十万人が見てるんだからキリッとして』
『そ、そうか、分かった(キリッ)』
近頃、キルテナの扱いに慣れてきたかも。
もふもふを差し引いても、【古玖理兎】は珍しい神獣で人気なんだよね。
世界的に見ても個体数が少ないし、人間を襲うことも滅多にないから。ルシェリスさん達だけじゃなく、概ね格闘家気質で強い神獣にしか興味がない模様。
なので、【古玖理兎】は幸運の黒兎なんて呼ばれたり、物語にも度々登場したりしている。
今日の申し込みが殺到したのには、そういう事情もあると思う。
いずれにしても、兎神の一団はすごく歓迎されてるってことだ。
それはルシェリスさん達にも伝わったようだね。
目の前では、兎神と住民がすっかり打ち解けていた。背中に乗せてもらってる人達までいる。
ほら、あの子なんてサイゾウさんの角の横に堂々と立って……。
いや、あれはコルルカ先輩だった。
どうやら彼ら、言葉は通じなくても、マナが通じて意気投合したらしい。
ともかく、この分なら情報収集は早く済みそうだ。
触れ合い開始から二時間ほど経った頃、ルシェリスさんから精神通話が。
『トレミナ、待たせたな。全員、人型が完成したぞ』
これを受けて、私は再び拡声魔法具を握った。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。兎神様方が人型になられます。しばし距離をお空けください」
住民達が離れると、広場に大量の衣服が運びこまれた。
そして、辺りを濃い霧が覆っていく。
最初は皆さん裸だからね。この時のために水魔法を使える騎士達がスタンバイしていたんだよ。
さて、今から六十五頭から六十五人になるわけだけど、どんな風になるのかな。
間違いなく、全員が大人の体だと思う。
体長五メートルの【古玖理兎】達でもすでに成獣であり、数十年生きている個体ばかりみたい。
きっと六十五人の屈強な格闘家達が現れるはずだ。
やがてルシェリスさんから再度の精神通話。
完了したとのことなので、私から騎士達に合図を出す。
霧が徐々に晴れていき、うっすら人影が。
んー……?
なんか、小さい人が多い、ような……?
視界がクリアになった時、そこには予想外の光景が広がっていた。
成人女性、一名。
成人男性、一名。
十代半ばの男女、四名。
十歳前後の子供、五十九名。
あれ? どうしてこうなったんだろう?
コルルカ先輩の近況はまた後日。
今回はエキストラ出演でした。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。