126 伝承計画
朝から私は肉を焼いている。
毎日少しずつ食べると約束してしまったので食べるしかない。
もちろん肉だけじゃないよ。
下茹でしたジャガイモをフライパンへ。肉の隣で焼いていく。
朝食だし、味付けはハーブ塩にしようかな。あとは目玉焼きでもあればいいね。
と献立を考えていると、騒々しい足音。
彼女が帰ってきたようだ。
「ただいまー! 腹へったー! お、ちょうど稀少肉焼いてんじゃん」
キルテナは早速フォークを握る。
まず手を洗って。
「よし洗った。いっただきまーす!」
勢いよくハーブ焼きを口に運ぶも、首を傾げるキルテナ。ジャガイモにフォークを突き刺し、パクリ。それからもう一度肉を食べた。
「ちゃんとイモを食べたのにマナが増えない!」
「そういうルールじゃないから」
すると内部のトレミナ熊さんが吠えた。
『竜族に俺の魂はやらん!』
竜族じゃなくても、でしょ。
キルテナは頑張り屋でいい子ですよ。私の記憶から情報を取り寄せてください。
『む、トレミナがそう言うなら後で見ておく』
冷却箱を開けた私は、一キロ弱の肉の塊を取り出す。
「キルテナにはこっちを調理してあげる。【災禍怨熊】の稀少肉だよ。これ全部、キルテナの分だから」
「それ全部! マジか! 早く焼いてくれ!」
こちらは薄切りにして鍋へ。
せっかくだからすき焼き風にしてあげるよ。焼き豆腐も残っているしね。
鍋がぐつぐつと煮え出した頃、またトレミナ熊さんがポツリと。
『こいつの名前はゴーザムだ。俺の弟分で、兎神との決戦に備えて呼び戻したのだが、どうやらどさくさに紛れて俺の首を取るつもりだったらしい……』
ボスの座を狙っていたんですね。ひどい弟分だ。
『昔はあんな奴じゃなかった……。兄貴兄貴と俺の後ろをついてきて……。すさみ始めたのは【猛源毒熊】に進化した辺りからだ。【災禍怨熊】になるとついに殺意まで抱くように……』
子熊がため息をつくのが伝わってきた。
彼も生前は色々と大変だったみたい。あれほどの群れを率いていたんだから、色々あって当然か。
それにしても、ひどい弟分の名前は覚えているのに、自分のは思い出せないんですか?
『お! 思い出せん! 全く思い出せんっ! ……さあて、俺はジャガイモ畑で昼寝でもするかな』
まあ、いいですけどね。ごゆっくりどうぞ。
その後、セファリスが起きてきて、ロサルカさんがお祭から帰ってくる(一晩中お酒を飲んでいたらしい)と、四人で朝食を囲んだ。
済むと帰り支度にかかる。
そう、私達は任務を終え、今日コーネルキアに帰還するんだよ。
早い内にセドルドの皆さんにご挨拶しておいた方がいいかも。
と外に出た私の目に、衝撃の光景が飛びこんできた。
道端に倒れる住民達。
それも一人や二人じゃなく、かなりの数だ。
まさに死屍累々。
間違いない、これは全員……、
酔い潰れてる。すごく酒臭い。
皆さん、夏だからって道で寝てると風邪ひきますよ。
よほどの酒豪か鍛え抜かれた体でもない限り(ロサルカさんはおそらく両方)は、一晩中飲み続けるとまあこうなるよね。
広場を見回していると、まだ一人だけ屋台で飲んでいる人を発見。
ケイトさんだ。ここにも鍛え抜かれた酒豪が。
「お元気ですね、朝から冷たいビールですか。他の方は死屍累々だというのに」
「こんな死屍累々なら大歓迎じゃよ。冷たいビールなんぞ皆久々じゃからな、ちとはじけすぎたようじゃ」
商業国家コーネルキアの主力商品はお酒。なので、今回の支援物資の中には、大型冷却箱で冷やされた大量のビールも入っていた。
お婆さんはグイッとビールをあおった。
「もしトレミナちゃん達が来てくれんかったら、全員熊神に食い殺され、本当の死屍累々になっておったかもしれん」
「そう、ですよね」
ジャガイモ畑で寝ていたトレミナ熊さんが、少しだけ頭を起こした。
『神獣と人とはそういうものだ。……と、俺はずっと思っていた。お前の中に入るまではな』
それだけ言うと子熊は体を丸め、本格的な眠りに。
わざわざ言わなくても、彼は私の記憶から様々な情報を取り寄せているようだ。
気付けば、ケイトさんが私に向かって頭を下げていた。
「トレミナちゃんに謝らにゃならん。息子だけでなく、儂も思っておったんじゃ。確かに怪物ではあるが、こんな子供で本当に大丈夫か、と」
「頭を上げてください。それが普通ですよ」
「じゃが、トレミナちゃんは最高の結果をもたらしてくれた。ほんに、感謝してもしきれん。老い先短い命じゃが、残りの人生、その功績を後世へと伝えることに全力を尽くすぞい」
と彼女はもう一度ビールをグイッと。
ケイトさん、たぶんあと何十年も大丈夫ですよ。
それからお願いですので、その伝承計画に全力を尽くすのはやめてください。
南方遠征編、次話で完結です。
今回で終わるかと思ったらちょっと無理でした。
結構長めのシリーズだったので、やはりきちんと丁寧に締めることにしました。
次は久々に回顧録も。
実は、回顧録、使うか使わないかずっと迷っていまして。
原稿を仕上げる中で使おうと決めましたので、これからたまに出していきます。
避けてた分、どこか間に挿まないといけない感じです。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。
それにしても、ジャガイモに熊……。何だか北海道色が強くなってきましたね。