125 トレミナ達とトレミナ熊
私の中に子熊がいる。
しかも、喋った。見た目の可愛らしさに反して、凛々しい男性の声だ。
いったいこの熊さんは何者……?
なんて、マナから分かるけど。
あなたはあの【水晶輝熊】さんですね?
『その通りだ。トレミナ、俺はお前に会いにきた』
私に? どのようなご用でしょう?
『お前は俺の名が知りたいと思っただろう? 同様に、俺もお前の名が知りたいと思った』
そうでしたか。
私の名前はトレミナです。
『……知っている。さっきから呼んでいるだろ。おっとりか。この精神世界に入った瞬間に色々と分かった』
あ、当然そうですよね。
では、あなたのお名前を教えてください。
『それは……、分からん』
分からないんですか?
『分からん。魂が足りない。お前、俺の稀少肉を五分の一くらいしか食べてないだろ?』
なるほど、だからそんなに小さいんですね。
私は改めて体長約五十センチの子熊に目をやった。
仮に魂を全て回収してもそれほど大きくはならなそうだ。最終進化目前だったあの【水晶輝熊】が、ずいぶんと可愛い進化を遂げたものだよ。
お座りしたままの彼を抱き上げる。
『こ! こら! 俺を子熊のように扱うなっ!』
だって、実際に子熊じゃないですか。
しばらくここにいることになりそうですし、少しはサービスしてください。この世界では私が神ですよ。
『むぅ……。……早く残りの稀少肉を食べろ』
一気に食べるとバーストしたり熱くなったりと体に悪そうなので、毎日少しずつになります。
食べ切るのは一か月後でしょうか。
『そんなにか……』
いいじゃないですか。
私が知りたいと思ったのは名前だけじゃありません。あなたもでしょ?
『まあ、そうだ……。……分かった、一か月の間、厄介になる』
私達の話が終わると、様子を窺っていた〈トレミナボール〉さんと〈トレミナゲイン〉さんがススーッと近付いてきた。
ボールが小さくはずむ。
『マスター、では彼に仮の名を考えてあげてはどうです? 【水晶輝熊】と呼ぶのはあんまりですし』
え、熊さんじゃダメですか?
今度は正八面体が素早く横回転。
『ダメですね。マスターの中にいる熊なので、トレミナ熊、なんてどうです?』
……そちらの方があんまりでは?
熊さんも嫌ですよね?
『構わんぞ。よし、俺は今日から一か月間はトレミナ熊だ』
本人(熊)がいいなら別にいいんだけど……。
それから〈トレミナボール〉さんと〈トレミナゲイン〉さんは揃ってトレミナ熊さんを凝視。
どこに目があるのか分からないけど、たぶんじっと見つめていると思う。
何を考えているんだろう?
『あなたも同じことを? 〈トレミナゲイン〉』
『はい、私達はデザインがシンプルに過ぎます』
『そろそろあの姿になる時が来たようですね』
『マスターもおいでですし、ちょうどいいでしょう』
二技能の話し合いが済んだ直後、球体と正八面体のボディに変化が。
光りながら人間の形になっていく。
それほど大柄じゃない……、小柄な……。
女の子だ。
これは……。
あ、私だ。
目の前には私が二人。どちらも年齢は今と同じくらいだけど、着ているもの、というか付属品が異なる。
〈トレミナボール〉さんは運動のしやすそうな薄着。で頭の上に直径二十センチほどのボールが乗っている。
何ですか、それ。
『ボールです』
必要なんですか?
『必要です。なぜならこれが私の本体だからです』
そうですか。
そして、一方の〈トレミナゲイン〉さんはものすごく派手な格好だ。トレミナ導師を思わせる厚手のマントに、手には錫杖。さらに王冠までかぶっている。
コーネルキアの至宝というご自身の呼称を意識したのでしょうが、……まるで王様じゃないですか。この人(技能)はやっぱり見栄えにこだわるタイプだね……。
それにしても、さすがに王冠はやり過ぎでは?
『いえいえ、むしろこれが私の本体です』
そうですか。
ボールや王冠が本体なら、下の私、いらなくないです?
二人の私を前に、腕の中のトレミナ熊さんが再度『むぅ……』と唸った。
『俺ももう少し大きな姿になりたいのだが……。どうやらこの世界の経験値が足りんらしい』
今のままでいいじゃないですか。とても抱きやすいサイズですよ。
『……この姿は我慢する。しかし、トレミナにも一つ、サービスしてもらいたいことがある』
何でしょう? 私も神と言ってしまった手前、大抵の願いなら叶えてみせますよ。
『この景色だ。……上空のような周囲の景色をどうにかしてくれ』
高い所、ダメなんですか?
『あれは俺がまだ【猛源子熊】だった頃の話だ……。鳥族の奴に捕まり、雲の上まで連れ去られた経験が……。幸い母が跳んで助けてくれたのだが』
お母さん、すごいジャンプしたんですね。
だけど、自分の名前は分からないのに、過去のトラウマはしっかり覚えているとは。いや、トラウマゆえかな。
そういうことなら風景を地上のものに変えてあげよう。
うーん、どこがいいだろうか。
私がイメージしやすくて、心が休まる場所……。
よし。
周りの景色が切り替わる。
現れたのは、青々としたどこまでも続くジャガイモ畑。
トレミナ熊さんを地面に下ろしてあげた。
『ここは……』
私の故郷、ノサコット村です。収穫期目前のジャガイモ畑ですよ。
すると〈トレミナボール〉さんと〈トレミナゲイン〉さんが辺りを見回す。
二人で声を揃えた。
『『素晴らしい! まさに絶景です!』』
そして、同時に振り向き、トレミナ熊さんに。
『『ですよね?』』
私も一緒に視線を送る。
ですよね?
『あ、ああ、最高の景色だ。……絶対に逆らってはいけない、この世界の理か……』
近頃、意識的にジャガイモを使うようにしています。
ジャガイモ色が薄まりつつあるので。
昨日、原稿を提出しました。
締め切りが八月末だったので、夏休みの宿題のようで恐怖ではありました……。
どうにか一つ乗り越えた感があります。
書籍用の書き下しも力を入れて書いたので、楽しんでいただければ嬉しいです。
詳細はまた後日。
まだまだ道半ばです。
それから連載開始から半年が過ぎました。
ストック五話で漕ぎ出した船がよくここまで。
これまでお読みくださった皆さんのおかげです。
来月から時間が取れそうなので少し頑張りたいと思います。
(ちなみに、今の私に複数連載などは無理そうなので、ジャガイモ一つに注力するつもりです。出すにしても来年以降かと。今年も来年も更新ペースは守るので安心してお読みください。)
これからもよろしくお願いします。










