124 神になりかけの人
マナバーストの直後、急激に体が熱くなるのを感じた。
待って、そこまで熱くはないかも。
やっぱり結構熱い。
あつつつつつ――――。
シュ――――……。
「トレミナ! 全身から湯気が出てるわよ!」
セファリスが慌てて水の入ったコップを取る。
「かけなくて大丈夫。もう治まったから」
ロサルカさんは闇を操って割れものを片付けつつ、笑みを浮かべた。
「神獣の魂はマナのみならず、肉体にも作用しますからね。あれだけ一気に摂取したのです。仕方ありませんよ」
「なるほど、気を付けないと。あ、片付けてもらってすみません」
「いえいえ。しかし、どうやら【水晶輝熊】の稀少肉はトレミナさんでないと無理なようですね。ここにあるのはほんの一部でしょう?」
「……はい、五分の一ほどです。皆さん、すみません。すぐに【災禍怨熊】で作り直しますね」
完全に神獣の魂が抜けてしまったビッグすき焼きは、外のお祭会場に持っていった。
設置するや人が殺到。ものの数分で綺麗になくなった。
え、全然足りない?
じゃあ後でまた持ってきます。
調理場に戻り、再度ビッグすき焼きを完成させた。
急いで作ったけど味は問題ないはず。
皆さん、長らくお待たせしました。
「もちろん私は遠慮しますね。【水晶輝熊】の方、独占しちゃうので……」
ススッと後ろに下がる私。
引き止めるように腕を掴んだのはソユネイヤさんだった。
「それはいかん。トレミナちゃん、すき焼きは皆で食べるものじゃぞ」
すき焼きは、皆で食べるもの……。
第1も第2も、全員頷いて同意する。
そうだ、私達は共に大変な任務を完遂した仲間。もう家族にも匹敵する絆だ。
……私が間違ってた。
私も皆と一緒に鍋をつつくよ。それがチームだもんね。
……最終的に私の上がり幅、とんでもないことになりそうだけど。
とりあえず、肉1:野菜4:豆腐5、でいこう。
と思っていると、取り皿にどっと肉を入れられた。ロサルカさんがまた不敵な笑み。
「しっかりと召し上がってください。いずれにしろ毒熊系は全員で分け合う予定だったのですから」
「そうなんですか、知りませんでした」
「毒系の稀少肉は耐性を得られるのです。特殊属性の技に強くなりますし、様々な毒物にも耐えられるようになりますよ」
「それもやっぱり、マナのみならず肉体にも、ということですよね? 私達、まだ人間なんでしょうか」
「どうでしょう、神になりかけの人、といったところでは? ふふふふふ」
また笑ってるけど、冗談には聞こえない……。
私、体から水晶が生えてきたりしないだろうか。
まあ、そうなったらお姉ちゃんにモいでもらおう。
鍋の肉がなくなると新たにどんどん追加し、結局全員で【災禍怨熊】の稀少肉を九キロほどたいらげた。
残り一キロ弱はキルテナの分だよ。ちょっと多めだけど、昨日も今日も頑張っていたし、いいよね。
それから、【猛源熊】進化形の稀少肉も全て私達で食べていいことになっている。網焼きの準備をしていたんだけど、さすがに手を伸ばしたのは体の大きな男性騎士達だけだった。
残りはまた冷凍ハンバーグにでもして、後日お届けしようと思う。
ソユ姉やん、何ですか?
はいはい、しぐれ煮もね。
誰もが満腹になったところで、遠征隊の食事会はお開きとなった。
しかし、外ではまだまだ祭が続いていた。
私は【猛源熊】の通常肉でもう一度ビッグすき焼きを作り、約束通り会場へ。それでも全然足りなかったので、こちらでも網焼きをすることにした。
気付けば太陽が傾き始めている。
あ、私はそろそろ失礼しますね。
さっと水浴びをし、借りている部屋で煙臭くなった服を着替えた。
満腹でベッドに寝ていたセファリスがゴロンとこちらを向く。
「……トレミナ、どうして疲れないの? 朝は結構な距離がある渓谷を往復して、昼はビッグすき焼きを三回も作って網焼きの屋台。普通はへとへとになるものよ」
「うーん、体力的には余裕だしね。別に疲れないかな」
「精神的疲労がゼロってほんと恐ろしい……。で、どうしてフライドポテトがあるの?」
「お祭で売ってたから買っちゃったんだよね、つい。後で食べるつもりだけど、お姉ちゃん食べてもいいよ」
「……食べられない。今日はもう何も食べられない」
「そう。じゃ私、ランニングしてくるね」
「トレミナ……、絶対にもう人間じゃなくなってるわよ」
セドルドを囲む壁沿いに、いつも通り一時間のランニング。
再び部屋に戻るとセファリスはぐっすりだった。
「むにゃむにゃ……、あっちー……、むにゃ」
ふむ、角兎を放り投げる夢でも見ているのだろうか。
ポテトを食べながらしばし姉を観察し、お風呂に入って私もベッドへ。
すると、内側から呼ぶ声が。
~ 私の精神世界 ~
どうしました、〈トレミナボール〉さん、〈トレミナゲイン〉さん。
『マスター、お呼びして申し訳ありません。二技能で相談した結果、やはりきちんとお知らせするべきだろう、ということになりまして』
何をでしょう?
私の精神内で私の知らないことなんて……、……結構あるかもしれませんね。おっとりしているので。
『いえいえ、精神とはなかなか奥深いものですよ。おっとりしていなくても、自身が把握できるのはほんの一部です。マスターの場合はとりわけ広大ですからね』
『脱線していますよ、〈トレミナボール〉。まずはお知らせしないと』
『そうでしたね、〈トレミナゲイン〉。マスターにお知らせしたかったのは、というよりお見せしたかったのは、こちらの方です』
見せたい方? え、人ですか?
私を誘うように、二技能は移動を始めた。
私の精神世界は障害物などが一切ない。例えるなら、どこまでも続く大空に浮かんでいるような感じ。私本人が特に何も設定していないのでこうなっている。
そして、〈トレミナボール〉さんは大きな球体の姿だよ。そのままだね。
対して、〈トレミナゲイン〉さんは正八面体だ。あれ? 以前はもやもやっとした流動体だったのに、なぜ? もしかして、〈トレミナボール〉さんを意識して? なるほど、〈トレミナゲイン〉さんは見栄えを気にするタイプか。
案内に従って空中を歩くことしばらく。目的の対象の元に辿り着いた。
ちょこんと体長五十センチほどの子熊が座っている。
私に気付いて振り向いた。
『待っていたぞ、トレミナ』
そろそろトレミナの精神世界を充実させます。
次話、ボールとゲインがさらなる変身を。まあ、名前通り、予想通りの姿になります。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。