123 ビッグすき焼き
自警団本部の調理室にて。目の前には大きな肉の塊が二つ。
【水晶輝熊】と【災禍怨熊】の稀少肉だ。どちらも十キロくらいあるかな。
基本的に熊の神獣は肉質が硬く、防御力の高い甲熊系は輪をかけて、になる。だから、お腹辺りのわずかしか取れないとても柔らかいところを切り出してきた。稀少部位を稀少肉にした形だ。
今日はこれですき焼きを作るよ。
この料理を選んだ理由は、甘辛好きのソユネイヤさんがいるから。
それともう一つ、すごくいい豆腐が手に入ったから。
持って来てくれたのは自治会長のケイアンさんだった。実は彼、体が肉や魚を受けつけないらしく、自分が食べられるものを手作りしてるんだって。食糧不足で痩せ細っているのかと思ったら、案外健康的な痩せ型だったよ……。(実際、食糧事情もそこまで厳しくないみたい。)
それで、豆腐も自作しているものの一つなんだけど、食べてみるとこれが……。
水切り中の木綿豆腐の角を、包丁でシュシュッと切り取ってパクリ。濃厚な大豆の旨みが口の中に広がった。
美味しい……。間違いなく素人レベルじゃない。
セドルドもこれから平和になるし、ケイアンさん、お豆腐屋さんになったらいいじゃないかな。いいや、絶対になるべきだよ。
と思っている内に木綿豆腐の水切りが済んだので、これを火炎板で炙り焼きに。焼き目をつけて焼き豆腐が完成した。
材料は揃ったね。では調理開始。
まず鍋に、他の熊神からいただいた熊脂を引いていく。
そして、薄く切った【水晶輝熊】の稀少肉を。
砂糖、醤油、酒を絡める。
すき焼きって割り下を使う作り方もあるけど、今回はコーネルキアから運んできた色々な野菜があるから、そこから出る水分で調理するよ。
というわけで、白菜や葱、春菊をたっぷり投入。
それから、きのこ類、焼き豆腐だ。
よし、これで一煮立ちさせたらでき上がり。
ちなみに、今日のすき焼きはかなりビッグサイズだよ。
鍋はたぶんパエリヤなんかを作るやつで、下の火炎板も四つ連結させて使ってる。
なんせ今日は総勢二十三名だからね。
そうだ、皆はもう食べる準備はできているかな。
広間の様子を見にいこう。
――――。
まったくもう、何ケンカしてるんだか。
だけど、さすがすき焼き。名前を出しただけで全員席に着いてくれた。
同じ鍋をつつけば、あんな険悪ムードも飛んでいくよ。
あ、鍋の方もいい具合だね。
ぐつぐつ、ぐつぐつ。
「じゃあ運ぶの手伝ってくれる? お姉ちゃん」
私はセファリスと一緒に調理場に戻ってきていた。
濡れ布巾を彼女にも手渡す。
「うわ! 美味しそう! そしてデカッ! でもこれならお姉ちゃん一人でいけるわよ」
「ダメダメ。絶対、あっちー、って放り投げちゃうから。……ん? どこかで似たようなの見たかも?」
「それ、さっきのキルテナでしょ。ほんと、おっとりしてるんだから」
「そうそう、キルテナだ」
二人で慎重に鍋を運んだ。
広間に入るとビッグすき焼きに歓声が上がる。
お待たせしました。どうぞ召し上がれ。
卵につけたい人はいますか? ちゃんと用意してありますよ。
やはり全員が真っ先に肉へと箸を伸ばした。豆腐もお勧めなのですが。
稀少肉を皆が一口食べたその時だった。
場がシーンと静まり返る。
あれ、どうしたんだろう……?
まさか私、初めて料理で失敗を……?
「私もしや……、おっとり砂糖と塩を入れ間違えましたか?」
いやいや、そんなはずは。しっかり味見したよ。
すると、メルーダさんが遠慮がちに。
「いえ、味は全く問題ありません。むしろ普通の牛スキより格段に美味しいです。ただ……」
姉のセルーザさんが引き継ぐ。
「これ、本当に稀少肉ですか?」
「マナが全然感じられないんだよ……。あ! トレミナちゃんが間違えたなんて思ってないよ!」
私を気遣うようにナディックさん。そんなに優しいのに、どうしてあんなに嫌われてるんでしょう。
でも、そもそも稀少肉と普通の肉を間違えるわけない。
ほら、鍋に今入ってるのも全部稀少肉だよ。
稀少肉はマナを目に集中させることで見定めることができる。よーく見ると、肉がうっすらマナを帯びているのが分かるよ。
私と同じく肉を凝視していたロサルカさんが突然叫んだ。
「私のお箸に注目です!」
全員が意図を理解して目にマナを集める。視線を彼女のお箸に注いだ。
鍋から稀少肉を一切れ摘まみ上げるロサルカさん。
と肉の纏っていたマナが、逃げるようにスルッとこぼれた。
そのまま鍋にある肉のマナと融合。
まるで生きているみたいだ。
セファリスや、第1、第2の騎士達がやってみても結果は同じだった。
ロサルカさんはしばし考えこんだのち、私をちらり。
「ここにあるのは全て【水晶輝熊】の稀少肉ですね?」
「はい、その通りです」
「トレミナ代表も取ってみてください」
「え、一緒だと思いますが……」
言われるまま一切れ取った。
次の瞬間、鍋中の肉のマナがその一切れに。
キュィィィィン!
えっと、……なんかすごい肉になった。
どうしましょう、これ。
「召し上がればよろしいのでは?」
では、いただきます。
もぐもぐ……、確かに味は問題なく美味しい、もぐもぐ……、……ごくり。
シュパッ!
パリン! パリン!
発生した衝撃波で近くのコップやお皿が割れた。
すみません、急激なマナの上昇でバーストしちゃったみたいです。
トレミナ、総取る。
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