121 キルテナ 対 サイゾウ
私は大空の彼方に目をやった。
キルテナが戻ってこない。
ダメージは大きかっただろうけど、死ぬほどじゃなかったはず。どうしたのかな。もしかしたら、骨折とかして動けないのかも。
迎えにいこう。
走り出すとルシェリスさんが追ってきた。
『一緒に行くぞ。私も気になるからね。背中に乗るといい』
はい、喜んで。
もふもふの毛に体をうずめると、兎神は大地を蹴った。
ドッ! ギュ――――ン!
あっという間に渓谷が遥か下に。
これ、何百メートル跳んでるんだろう。さすが(たぶん)武の境地に達した兎の神様。ジャンプ力も半端ない。
ギュンギューンと何度か跳ね、キルテナの落下地点を発見した。
巨竜がぶつかってできたであろうクレーターの真ん中に、見慣れた金髪の少女が寝転んでいる。
人型になってるということは、やっぱり竜体の方は結構ダメージがあったんだ。
「キルテナ、大丈夫?」
私が駆け寄ると、彼女はごろんとあっちを向く。
あ、泣いてた。
「来るなトレミナ! 私は弱い! こんなに弱い私は守護神獣になる資格なんてない!」
「そんなことない。試合はキルテナの勝ちだよ」
「どうしてそうなるんだよ!」
「それはね……」
ルシェリスさんの自分ルールのことを話したら、キルテナは一層意固地に。
「納得できるか! 進化したのにあれだけ一方的にやられたんだぞ!」
困ったドラゴンだよ。
すると、見兼ねたルシェリスさんが。
『やれやれ……、この子は決して弱くないのだがね。だったら、もう一試合してみるかい?』
というわけで、キルテナはサイゾウさんと戦うことになった。
二人でルシェリスさんに乗って渓谷へと戻り、第二回戦。の前に、キルテナ竜体の治療だ。
【煌帝滅竜】になると彼女は天に轟くほどの叫び声を上げた。
「可哀想にのう。すぐ治してやるのじゃ」
ソユネイヤさんの治療が済むと、今度は黄金竜と角兎が向かい合った。
キルテナからは今一つやる気が感じられないけど、サイゾウさんは戦う気満々。自慢の角をブンブン振り回している。
『強敵ではござるが、良き機会! 殿! 拙者の角さばき、しかとご覧くだされ!』
『うーむ……。まあ、無理はいかんぞ』
姉やん、うかない表情だね。
気持ちは分かるけど。この二頭、どちらも上級種に進化したばかりとはいえ……。
……私がしっかり審判をすれば心配ないか。
再び中間地点で〈ステップ〉の足場に立った。
手を振り下ろすと、二頭同時に突進を開始。
サイゾウさんの角が熔けた鉄のように赤く輝く。
それをキルテナは両前脚でがっちりと掴んだ。
直後に角から発火。炎は巨竜の前脚を伝って全身へ。
『あちちちちちちちちっ!』
『ふはははは! よく止めたものでござる! が! 拙者の〈火の角〉はここからが本番! 丸焼きの串刺しにしてやるでござるよー!』
いや、殺しちゃダメです。
ちなみに、二頭は互いに心を許していないから精神通話はできないよ。
角の神獣は攻撃特化型。
神技全般の威力が上がるし、彼らしか使えない〈角〉技はとりわけ高威力だ。
『あっちーっ! この野郎!』
キルテナは尻尾でサイゾウさんの腹部を強打。
ダムッ! と鈍い音が響いた。
『ぐ……、は……、で、ござる……』
あ、サイゾウさん、意識が飛んだ。
試合を止めなきゃ。
「勝負あり。そこま」
『うあっち――――――――っ!』
ブオ――――ンッ!
制止するより先に、キルテナが力任せにサイゾウさんを放り投げた。
角兎の姿は大空の遥か彼方に。
ルシェリスさんがゆっくりと歩いてくる。
『トレミナ、キルテナに私に心を開くよう言ってくれ』
中継して二頭の精神がつながると、私は少し後ろに下がった。
ここはルシェリスさんに任せた方がいいみたい。
『あれでもサイゾウは上位種としてなかなかだ。ここ数年ではあるが、私が稽古をつけているからね。キルテナ、お前は弱くなんかない。上位種たる充分な力を備えている』
『ほ、本当か……?』
『ああ、守護神獣としても強い部類に入るだろう。世界を旅してきた私が保証する。お前ほどのドラゴンなら小国だろうが大国だろうが欲しがるさ。たとえウザゴンでもね』
『そ! そうか! ……何だよ、ウザゴンって』
『だから、お前は胸を張って堂々と守護神獣になれ!』
『堂々と、守護神獣に……!』
よかった、自信をつけたようだね、キルテナ。
……元はといえば、ルシェリスさんが自信を失わせるほど強かったせいなんだけど。
ここで、ソユネイヤさんが遠慮がちに。
『すまんのじゃがルシェリスさん。儂の家臣を迎えに、もう一跳びお願いできんかのう……』
『そ、そうだな。【戦狼】に齧られても困るし』
神獣達の力関係も明らかになったところで、そろそろ人間サイドに戻ります。
次話、トレミナが久々に料理の腕を振るいます。
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