119 黄金の竜
進化のトリガーになるのは強い想いだ。
キルテナ、本当に悔しかったんだね。
大地に伏した竜の巨体は光に包まれていた。
ルシェリスさんは動かずに様子を見守っている。私は〈ステップ〉で彼女に駆け寄った。
『キルテナはまだ戦うそうです。攻撃しないんですか?』
『そんな無粋な真似はしないさ。進化を終えるまで待つよ』
ごめんなさい、【水晶輝熊】に無粋な真似をしてしまいました。
でも、あれは沢山の命が懸かった戦いだったし。向こうも仕方ないことだと分かってくれてたみたいだし。しょうがないよね。
頭を悩ませていると、ルシェリスさんが『ふふ』と笑った。
『真剣勝負ではあるが、これは練習試合だからね。それより、あの子はトレミナと同じ十二歳だと言ったか?』
『はい、そうですけど?』
『信じられないことだ。そんな年齢で上級種になった神獣など私は知らない。普通は最低でも百年はかかるぞ』
『やっぱりそれくらいかかりますよね。キルテナ、すごく早い』
『ああ、大変な子だ。竜族だから軽くあしらおうと思っていたが、しっかり相手してあげないと』
『竜族、嫌いなんですか?』
『まあね、竜という神獣はまったく……』
竜族は自分達こそ最強の種だと思っている個体が多いらしく、傲慢な神獣も結構いるんだって。なので、竜族というだけで他種族から嫌われていたりする。
そういえばキルテナ、熊神達からやたらと狙われていたね……。
キルテナは確かにウザゴンだけど、傲慢というほどじゃない。何より、強くなろうと必死に頑張ってるのが伝わってくるから、嫌いになんてなれないよ。
そのことはルシェリスさんにも伝わったみたいだ。
私達はキルテナの進化が済むまで待つことにした。
ドラゴンを覆う光が徐々に強くなっていく。
キルテナの姿が見えなくなるくらいの輝きになると、光は膨らみ始めた。サイズにして、体長約四十メートルの彼女の倍近くまで。
【大竜】からの進化先は二つ。キルテナはどっちを選ぶんだろう。一つは、以前ノサコット村で戦った狼と同じ、【白王覇竜】。
そして、もう一つが……。
強烈な眩さを放っていた光が収束の兆しを。
現れたのは、金色の鱗に覆われた体長七十メートルにもなる巨竜だった。
キルテナ、【煌帝滅竜】を選んだんだね。
すると、彼女から精神通話が。
『トレミナ、どうだ? 新たな私は』
『ピカピカで綺麗だと思うよ』
『触りたいか? 触りたいだろ?』
『え、どっちでもいいけど、じゃあ、後で触らせてもらおうかな』
『そこまで言うなら仕方ないなぁ、触らせてやるか』
……ウザい。
ここでセファリスの精神が割りこんできた。
『でかしたキルテナ! その鱗、何枚かモがせてくれない?』
『セファリスには絶対に触らせん!』
『冗談よ、冗談。少しは差が縮まったんだから、ちゃんとやりなさいよ。あんたはあんなもんじゃないでしょ?』
『分かってるよ……』
次いでソユネイヤさんも。
『元気じゃの、キルテナ。肉体へのダメージは消えたようじゃな?』
『ああ、進化したらダメージはなくなる。大丈夫だ、戦えるぞ』
彼女は問診が終わると、セファリスと二人で声を揃えた。
『キルテナ、頑張るのよ!(のじゃ!)』
四姉妹会議が閉幕し、私は所定の中間地点に戻った。
ルシェリスさんに頷きを送ると、彼女は改めて構え直す。
もう二頭の体格差は二倍以上になった。それでもルシェリスさんの心は揺るがない。
「では、再開します。始め」
私が手を振り下ろすと、先ほど同様、黒兎がギュンと突進。
しかし、わずかに遅れながらも、今回はキルテナの方も動いた。黄金の尻尾で地面を叩く。
ドドンッ!
〈地の尻尾〉で相手の進路に土壁を作った。
これを難なく跳び越えたルシェリスさん。
空中にいる彼女に向かって、キルテナは〈雷の息〉を発射。
バチバチバチバチ――――ッ!
ルシェリスさんはマナを前面に集めてガードする。
ダメージはないものの、少し押し戻された。とその黒毛に巨大な影がかぶさる。
キルテナが腕を振り上げ、すぐ上に。
ゴバァァンッッ!
黄金竜の〈火の爪〉が直撃した。
この神技もどうにか防御したルシェリスさんだが、高速で地表へ。踏ん張った足が大地に埋まる。
一方のキルテナはさらに追撃。
翼を大きく羽ばたかせ、グワッ! と口を開く。
シュガガガガガッッ!
幾重もの風刃を伴った〈風の牙〉が地面を削る。
素早く逃れていたルシェリスさん。一つ息を吐き、再び構えた。
キルテナもようやく攻撃の手(前脚)を止め、低い唸り声。
今の畳みかけるような連続技はさっきのお返しだね。
キルテナがあそこまで一方的にやられたのは、ルシェリスさんの速さと戦闘技術にびっくりしたからだ。
だけど、それも一度経験し、頭に叩きこんだ。
キルテナはとても学習能力(野性的な適応能力)が高い。彼女の、私が一番すごいと思うところ。
加えて、進化でよりタフになった。
ルシェリスさん、いずれにしてももう軽くあしらえる相手じゃなくなりましたよ。
次話決着です。
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