118 [キルテナ] キルテナ 対 ルシェリス
指を突きつけた私を【黒天星兎】はギロリと睨む。
……やってしまった。
ショックのあまり、とんでもない奴にケンカを売ってしまった……。
このルシェリスという兎神は相当強い。
たぶん昨日の【水晶輝熊】と互角かそれ以上。つまり、こちらも最終進化の一歩手前ってことだ。上級種にもなってない私の勝てる相手じゃない……。
……どうする。
くっ、セファリスが見透かしたように半笑いの顔で。
いや、気にしてる場合じゃない。どうにか切り抜けないと。
そうだ! ルシェリスは人型になれないから言葉は通じないはず! さっきの「勝負しろ!」も伝わってないはずだ! ……まあ、私の敵意は伝わってるみたいだけど。
ここはトレミナに頼んで何とか誤魔化してもらえば!
あれ……? トレミナ、どこ行った?
辺りを見回していると、ボス兎の陰からどんぐりが。
「伝えてあげたよ。ルシェリスさん、挑戦を受けてくれるって」
ト、トレミナ――!
「キルテナにはかなり厳しいけど、強い相手と戦ってみたいと思ったんでしょ? 私はその意志を尊重するよ」
トレミナ……、完全に私の意志をはき違えてるぞ……。
精神がつながってなきゃポンコツか。
くそ、おっとりどんぐりのせいでやるしかなくなった……!
待てよ、これは逆にチャンスじゃないか?
もし、この神獣に勝てれば、私は結構堂々と守護神獣になれるんじゃ……?
この神獣に勝てれば……。
振り返ると、ルシェリスは凄まじいオーラに包まれていた。
ダメだ! 全く勝てる気がしない!
マナ特化型【魔兎】の進化形なだけあって、マナの量が半端ない……。
ったく、トレミナは。人(竜)の気も知らないで、何さりげなくルシェリスの毛に触ってるんだよ。
……おい、私の鱗はそんなに嬉しそうに触ったことないだろ。
何か……、イライラするな。
倒せる可能性はゼロじゃないし、やるだけやってみるか。
「本気のようじゃの、キルテナ」
ソユネイヤが箱のような物を持って立っていた。
あれは、保冷箱か?
「じゃがお主、昨日の戦闘からマナが回復しきっておらんな? 今日は戦いがないと、稀少肉を食べてこなかったじゃろ? 仕方ないから儂のこれをやろう」
と彼女は保冷箱を押しつけてきた。
「何が入ってるんだよ?」
「トレミナちゃんが作ったしぐれ煮じゃ。全部食べればマナも満タンになるじゃろう」
おお、有難い。今は少しでも強くなりたいし。恩に着るぞ、ソユ姉やん。
やっぱりトレミナの料理は時間が経ってもうまいな。
しぐれ煮を頬張っていると、ソユネイヤが「問題は、じゃ」と。
「竜体の方にもダメージが残っておるのじゃないかの? お主のことじゃから無理したはずじゃ」
「うっ。まあ、ちょっと……」
「やはりの。竜に戻ったら儂が〈ハイリカバリー〉をかけてやろう」
「姉やん……」
なんとなく、やれる気がしてきた。いざ!
私が【世界樹大竜】になると、途端に兎神達が殺気立つ。
そうだ、こいつらやたらと竜族を敵視してくるんだよ……。
……ん? もしかして、竜族って嫌われてる?
考えていると頭にソユネイヤが乗ってきた。
そっと手を当て、〈ハイリカバリー〉を発動。
シュ――――……。
すごいな、瞬く間に痛みが消えていく。
鱗まで綺麗に再生してる。
〈ハイリカバリー〉は中級の治癒魔法だ。(精霊の力は借りないから無詠唱で使える魔法だ。)
この技能の使い手は世界にそこそこいるだろう。聖女とか聖人って呼ばれてる奴ら。だけど、神獣をここまで治療できる能力者なんてそういないと思う。
だって私達、体長何十メートルもあるんだぞ。
私のいたドラグセンにも教主様って偉そうな人間がいたけど、そいつは高い金もらって一日一人治すのがやっとだった。
対して、ソユネイヤはきっと一度に何百人もの重傷者を完治させられる。聖女どころかもう神だよ。神の私が言うから間違いない。あの角兎が心酔するわけだ。
私だって……、ん?
「お主は儂の大事な妹じゃ。あまり無理はするでないぞ」
姉やん……、一生ついてくぞ。
彼女が頭から下りると、代わってトレミナが。
「私が審判を務めるよ。……キルテナ、あまり無理しちゃダメだよ」
いや、姉やんとセリフかぶってるし。私は無理したくなかったけどトレミナが余計なことを……。
もういいや。それより聞いておきたいことができた。
精神会話で語りかける。
『トレミナにとって私は何だ?』
『急にどうしたの?』
『いいから』
『そんなの、家族に決まってるじゃない』
…………。
今すぐ、コーネルキアの守護神獣になりたくなってきた。
頑張ってみるか。
勝機も全然ないわけじゃないだろう。
ルシェリスが後脚で立ち上がると、トレミナは私達の中間地点に移動。
〈ステップ〉の足場に乗った。
「準備はいいね。では、始め」
合図と同時に、構えをとっていたルシェリスがギュンと目の前に。
速いっ!
と思った瞬間には、その姿は視界から消えていた。
下か!
目をやると、もう黒兎は低い体勢から回し蹴りを。
ガッッ!
右前脚を弾かれる。
さらに、流れるように裏拳を顔面に叩きこまれた。
ゴッッ!
ク! クラクラする! やばいっ!
そう思っても何もできなかった。
腹部にマナの込められたキックをくらう。
ズドン――――ッ!
私の体は地表から百メートルほど浮き上がった。
最高到達点には、なぜか先にルシェリスが。
くるんと前転し、勢いをつけた踵落とし。
バッキ――――ッッ!
流星のように私は大地にめりこんだ。
「グ……、ガ……ァ……」
叫び声すらまともに上げられない。
勝機なんて、微塵もなかった。私は何もさせてもらえず、数秒でノックダウン。向こうに神技を使わせることもできなかった。
……滑稽にもほどがある。
この実力差で守護神獣の座を争おうとしたんだから。どちらが相応しいかなんて一目瞭然。
私は、とんだマヌケだ……。
トレミナがサッと片手を上げた。
「勝負あり。そこま」
『待て! 私はまだ戦う!』
『……キルテナ、でも』
『まだいける! 大丈夫だっ!』
……往生際まで悪いとは、我ながら情けない。もう立ち上がることさえままならないのに。
私は弱い。
……トレミナに。
……トレミナに、こんな姿は見られたくなかった!
こんなに弱い私は見られたくなかった!
『……キルテナ』
…………。
『……キルテナ、体が光ってる』
…………。
…………、……え?
……この全身が焼けそうな感じ、覚えがある。
間違いない、……進化だ!
キルテナ、上級種へ。
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