116 トレミナ、中継する
結局、ソユネイヤさんを解放してもらうには、ボス兎と交渉するのが一番だ。
「ソユ姉やん、もう少しだけ我慢してください」
「任せたのじゃ、トレミナちゃん。儂のことは心配無用、気長に待っとるよ」
兎神にくるまれながら、おやつのせんべいを齧る姉やん。
本当に心配なさそうだね。
私は【黒天星兎】の元へ。
あちらも体を起こして向き合ってくれた。
もしルシェリスさんなら、きっと精神会話ができるはず。
心の手を伸ばした。
『目の前にしても信じられない。これほどのマナを宿した人間がいるとは。しかも子供じゃないか。しかもどんぐりみたいで可愛いじゃないか。おっと、どんぐりは失礼だったね』
『お気になさらず。言われ慣れてますので』
『そうかい、じゃあどんぐりちゃんと呼ばせてもらうよ』
『それはやめてください』
『だったら、名前を教えて……』
兎神は我に返ったように会話を中断。
顔を寄せてきて、じーっと私を見つめる。
『私はトレミナ、イルミナの娘です。あなたはルシェリスさん、ですよね?』
『……あ、ああ、その通りだ。……しかし、驚いたな。あのイルミナに子供が……。そんなに時が経ったのか。……いや、それより驚くべきは、イルミナからお前のような子が生まれたという事実だ。あんな火の初級魔法もまともに撃てないイルミナから』
お母さん、結構な言われようだ。
だけどルシェリスさん、そこそこ事情を知ってそうだね。
『よければ、母と父のこと、それからトレイミー家のことを教えてくれませんか? お母さん、自分に都合の悪いことはひた隠しにしていて』
『あれはそういう女だ。いいよ、私の知る限りを話してあげよう。代わりに、トレミナが生まれてから今日までの話を聞かせてくれ』
それ、すごく長くなりますよ。
時間はたっぷりあるし、まあいいか。
ルシェリスさんが体を崩すと、一頭の【古玖理兎】が私達の所に。どうぞ座ってください、と言うように伏せをした。
おお、ついに待ちに待った瞬間が。
座るというよりもう乗る感じだけど、では遠慮なく。
よいしょっと。
もふっ。
思っていたよりずっともふもふだ……。
古の高品質な兎毛を堪能していると、後ろにビョンとセファリスが乗ってきた。
「トレミナ! 私も! お姉ちゃんも紹介して! 早く早く!」
「はいはい」
姉にはこの毛の素晴らしさが分からないらしい。気の毒なことだよ。
『ルシェリスさん、こちら、セファシアさんの娘のセファリスです。私達、家が隣同士で、姉妹同然に育ちました』
『なんと……、あの花のように愛らしい令嬢がこんな騒がしい……活発な子を。……トレミナにしろ、人間とは本当に不思議だ』
同感です。
セファリスが私の腕を掴んでガクガク揺らしくる。
「ルシェリスさん私のこと何だって? 可愛いって?」
お母さんがね。
……面倒だな。
そうだ、お姉ちゃんの精神ともつながれば、私を介して二人(一頭と一人)で喋れるんじゃない?
やってみよう。
『…………、よし。どう?』
『どうとは何がだ?』
『どうって何がよ?』
『これは! セファリスの声が聞こえるぞ!』
『ルシェリスさんの声が聞こえるわ!』
『うまくいったね。私が中継すれば直接会話できるよ』
ルシェリスさんとセファリスが同時に振り返る。
『すごいな! トレミナ!』
『すごいわ! トレミナ!』
そんなことないよ。たぶん全員が心を開いてなきゃできないことだし。
じゃあ、後は直にどうぞ。
『セファリスのリスはルシェリスさんのリスなんです! 私(ここ最近)ずっとルシェリスさんを本当のお母さんだと思ってきたんですよ!』
『知らぬ間に、私に人間の子供が……!』
それは違うと思います。
あとお姉ちゃん、セファシアさんが聞いたら泣くよ。
何はともあれ、一つ一つ私が伝えなくていいのは有難い。
まだ中継人数増やせそうだね。
一人離れた所にいるドラゴン少女に目をやった。
「キルテナもこっちにおいでよ」
「私は竜族だぞ! 兎神なんかと……!」
ぷいっと顔を背けて行ってしまった。
どうしたんだろう?
そこまで【古玖理兎】が嫌いだったのかな。
すると、セファリスがどこか大人びた笑み。
「あいつ、トレミナが他の神獣と仲良くしてるのが気に入らないのよ。ほんと、子供なんだから」
お姉ちゃんがまたお姉ちゃん的な発言を。
キルテナのことはやたらと分かるらしい。あるいは九億費やしただけあって少し大人になったのか。
仕方ないのでセファリスと二人で、私達やコーネルキアのこと、それから熊神との戦いのことも、ルシェリスさんに話した。
彼女が知りたい情報を織り交ぜつつ、伝えなきゃならない話を優先的にしていく。
あ、割と最優先でお願いするべきことを忘れてた。
振り返ると、せんべいを食べ終えたソユネイヤさんはウトウトと。
『ルシェリスさん、あの【穿槍暁兎】に言ってもらえませんか? 私達の仲間、ソユネイヤさんを解放するように』
『あれか……。奴は東から流れてきて、数年前弟子になった。師である私が言うのも何だが、武骨で義理に厚い立派な戦士だ。名はサイゾウ。あそこまであの聖女に心酔するのも無理はないんだ。彼女の力がなければ間違いなく死んでいたのだから。……しかし、さすがに度が過ぎるな』
立ち上がったルシェリスさんはサイゾウさんの所へ。
しばらく二頭で鳴き声を交わしたのち、サイゾウさんは前脚でそっとソユネイヤさんを地面に下ろした。
そして、長い耳をしゅんとさせ、トボトボとこちらへ歩いてくる。
『……トレミナ殿、ぶしつけで申し訳ないのでござるが、頼みがあるでござる。拙者の無作法をあのお方にお詫びしてくだされ』
変わった口調の神獣さんだ。
『ご自分で仰ればいいじゃないですか。私が中継しますから。きっとソユネイヤさんは心を開いてくれますよ』
彼(男性みたい)と連れだって聖女の前へと赴く。
彼女はその優しく大らかな心で快諾してくれた。
じゃあ、つなぎますよ。
わ、ソユ姉やんの精神、本当に優しく大らかだ。こういう人だからサイゾウさんを無下にできなかったわけだけど。
よし、接続完了。どうぞ。
『ソユネイヤ殿、誠に申し訳ござらんかった……。拙者の身勝手な思いであのような振る舞いを。貴殿の迷惑も省みず……』
『気にせずともよいのじゃ。そなたの気持ちはマナを通して伝わってきたからの。暑くはあったが悪い気はせんかったよ』
『なんと出来たお方か! ……決め申した。拙者をソユネイヤ殿の、否、ソユネイヤ様の家臣にしてくだされ!』
『それはつまり、コーネルキアの守護神獣になるということかの?』
『無論でござる! 師匠の許しが出ればすぐにでも! ソユネイヤ様のおわす所が拙者の居場所!』
『承知した。サイゾウよ、そなたは儂の家臣じゃ。頼りにしておるぞ』
『はは! 一生忠義を尽くしまする! 我が殿!』
よく分かりませんけど、お二方……、
ピッタリはまった感じじゃないですか?
聖女と神獣=殿と武士
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