115 聖女騎士ソユネイヤ
兎神に導かれ、渓谷の水源に辿り着いた。
開けた広々とした場所に小さな湖が点在している。豊富な水のおかげで草木も青々と。
至る所で【古玖理兎】達が思い思いに過ごしていた。あ、第2部隊の人達もいるね。こちらも鎧まで脱いで思い思いに……。
ふむ、ここは人と神獣が共存する楽園のようだ。
体長約五メートルの【古玖理兎】は五十九頭いるらしい。その進化形、十メートル級が四頭。さらに巨大な上級種、体長約三十メートルの兎が二頭いた。
上級種二頭の内、黒毛に金の紋様が【黒天星兎】で、たぶんルシェリスさんかな。
それからもう一頭、頭部に角を生やしているのが最近進化したという【穿槍暁兎】だね。……そして、これにくるまれているのが、第2部隊の隊長、聖女騎士のソユネイヤさんだ。
丸くなって寝る大角兎の真ん中に、一人の少女が刺さっていた。
近くまで行って見上げる。
「大丈夫ですか、ソユネイヤさん」
「トレミナちゃん。ご覧の有り様じゃ、面目ない……」
「仕方ありませんよ。ところで、居心地はどうですか?」
「季節柄かなり暑いが、最高にもふもふなのじゃよ」
やはり。なんて羨ましい。
ソユネイヤさんは史上最年少の八歳で学園に入学し、十二歳で騎士になった。
彼女の家は代々薬房を営んでいる。
忙しい両親に代わり、祖父母に育てられたのであの喋り方みたい。
ソユネイヤさんが早くからマナの道に入った理由は、〈癒〉を習得するためだった。〈癒〉は錬気法の高等技術で、学園では四年生で習う。だけど、必修じゃなく、全くの手付かずでも卒業には影響しないよ。非常に習得が困難で、これに専念すると他のことが疎かになってしまう恐れがあるから。
〈癒〉はマナから情報を読み取り、その宿主の体を修復する技。治癒技能を覚えるには必要不可欠だ。
でも前述通り相当難解なので、そういった技能は魔法具や魔導具に宿して使うのが一般的だね。私の鎧のように。
ところが、ソユネイヤさんは一年生でマナを習得するや、すぐに〈癒〉の修練に取り組んだ。
彼女は幼い頃から家の仕事を見てきた。
治癒の魔法具なんて持っているのはよほどの金持ちで、病気や怪我には、通常は薬草を用いる。もちろんこれには限界があり、助けられない命だって多々ある。
ソユネイヤさんは自分の手で治療できるようになりたいと思った。
強い信念で修行を進め、学園卒業時には、難関とされる他者への治癒行為もできるようになった。しかも、欠損した手足の復元まで可能に。
このクラスの〈癒〉使いは、もう聖人や聖女と呼ばれる。
十四歳になった現在、ソユネイヤさんのランキングは十二位。マナ量はナンバーズにも劣らず、セファリスやリオリッタさんより多い。
属性を扱えない彼女は、力のゴリ押しでこの位置まで上ってきた。
え? 誰かに似てる?
……まあ、得意技は〈トレミナボール〉らしいので。
なぜソユネイヤさんがこれほどのマナを保持しているのかというと、度々ナンバーズの面々から稀少肉を差し入れてもらってるからだ。
皆、気付いてるんだよね。彼女のマナを増やすことが、ゆくゆくは自分のためになるって。ソユネイヤさんが近くにいれば、即死じゃない限りは死なないってもっぱらの噂。
こういう事情があって、毎食ご飯のお供に稀少肉を食べ、日々力を蓄えている。
「トレミナちゃんのしぐれ煮は絶品じゃ。この遠征にも持ってきておるよ」
私のマナから食べ物の気配を感じ取ったようだ。
そう、作ってるのは私なんだよ。ソユネイヤさんの好みは醤油の甘辛い味付け。生姜を使ったしぐれ煮が大好物だ。
ここでセファリスが首を傾げる。
「ソユ姉やん、そんな状態なのにご飯食べられてるんですか?」
セファリスは一歳上のソユネイヤさんをソユ姉やんと呼んでいる。
私達、年齢が近いこともあってたまにお茶したりする。何だか失礼な気がするから私は姉やんとは呼べないけど。だってお姉ちゃん、明らかに名前にかけてるよね?
「気にせずトレミナちゃんもソユ姉やんと呼んでくれ。実は儂も気に入っておる。妹が二人も、いや、キルテナを入れて三人もできて嬉しいのじゃよ」
「じゃあ遠慮なく。それでソユ姉やん、そこから出ようと思えば出れますよね?」
「ああ、捕まっておるわけじゃないからの。じゃが、こ奴……」
ソユネイヤさんが体を抜いてその場に立つと、角兎はクイッと頭を起こした。大きな潤んだ瞳で彼女を見つめる。
「ものすごく悲しげな顔をしよるのじゃ……」
姉やん、ため息をつきながら再度イン。
……これは、作戦が上手くいきすぎたみたいだ。
今回の遠征ではソユネイヤさんもミッションを与えられていた。
兎神達は数の上で熊神軍よりやや劣勢にあった。日頃の闘争で怪我する兎も結構いたようなんだよね。
そこで聖女の出番。
傷を治して恩を売り、我が国の守護神獣になってもらおうという計画。をリズテレス姫が立案した。私が精神を通じて会話できるって分かる前の話だよ。
それでこちらの【穿槍暁兎】。最近進化したばかりで目を付けられ、あの【水晶輝熊】にひどくやられちゃったらしい。
瀕死の状態だったところを、計画通りソユネイヤさんが助けたわけだけど……。
「小腹が空いたのう。おやつを食べるのじゃ」
立ち上がったソユネイヤさんを、角兎は悲しみに満ちた表情で。
「おやつを食べるだけじゃ……」
……本当に困ったことになった。
(元)のじゃロリ聖女。
村長さんやケイトさんとは並べられません。
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