112 対熊神戦争 [セファリス] 終戦
今回は一粒で二度美味しい構成です。
キャノンが放たれた直後、私は衝撃波をかいくぐって駆け出す。
意識を失ったトレミナを抱き止めた。
……信じられない、この子。ほんとにマナを使い切ったわ。
戦闘ではトレミナはいつも冷静だし、計算だってできる。
それがここまで……。
よほどあの【水晶輝熊】から感じるものがあったのかしら?
何にしろ、こんなことできたのも、私がいるからなのは間違いないけどね、ふふ。はっきり伝わってきたわよ。頼りになるお姉ちゃんがいるおかげだって、うふふふふ。
なんて、うかれてばかりもいられないわね。しっかり期待に応えなきゃ。
トレミナはしばらく起きないと思う。
私も師匠との訓練で、うっかりマナを切らしてしまった経験がある。あの時は半日以上寝てたっけ。
妹の場合、マナ総量が多い分、回復も早いからもう少し短いかな。いや、逆におっとり丸一日くらい眠ってる可能性も……。
とにかく好都合だわ。
この先は気持ちのいい戦いじゃないもの。
ボスの【水晶輝熊】は今の〈トレミナキャノン〉で絶命。進化の光も消えてるから確かよ。
もう一頭の上位種、【災禍怨熊】もロサルカさんが仕留めた。
あとは……、あ、キルテナも同格の五頭を倒してるじゃない。現在は次々飛びかかってくる【猛源熊】達の相手中か。……あいつ、熊族から何か恨みでも買ってるの?
まいっか、進化形十二頭も討伐っと。
残すは一般兵の【猛源熊】が五、六十頭ほど。
つまり、残党狩りなのよね……。
今回の戦争では一頭たりとも逃がさないようにと、私達は出発前に言われている。
手ひどく人間にやられた野良神は、その恨みから後々人を襲うようになるらしい。恨みの募った神獣は怖い。体長四十メートルのドラゴンならともかく、普通の人には危険極まりないってこと。
それでも、今は戦意を失いかけていて戦いづらい相手ではある。トレミナにはやらせたくなかったのよ。
周囲を見回していると、ちょうど魔王を解除したロサルカさんがこちらへ。
「妹をお願いします、ロサルカさん。私は残りの熊を倒しにいきますから」
「でしたら、私がそちらをやりますよ?」
「いえ、私に任せて、ってトレミナに言ったので」
「結構辛いですよ。大丈夫ですか?」
「平気です。私はお姉ちゃんなので」
妹が辛い思いするより全然いい。
ロサルカさんにトレミナを託し、私は第1部隊の元へと走った。
「後は私が引き受けます! 皆さん、下がってください」
すると、メルーダさんが心配そうな眼差しで。
「まだ何十頭もいますよ。さすがに一人では……」
「一人の方がいいんです。秘奥義を使いますから」
あら、キルテナもこっちに来る。人型に戻ってるわ。
「お前ら早く逃げろ! 巻きこまれるぞ! そいつマジでバカだから!」
言い残して横を駆け抜けていった。
失礼な奴ね。
ああ、でも第1の人達も何かを察して行ってくれたわ。これで心おきなく奥義を撃てる。
ダンッ! と地面を蹴って熊神達の頭上へ。
……やっぱり半数ほどがもう戦意を失ってる。
気を強く持たなきゃ! 悪く思わないでね!
〈セファリススピン〉!
――――。
マナ刃の嵐を放ったのち、素早く状況を確認。
何頭か逃がした!
平原の方に行ったのは、メルーダさんとナディックさんが対処してくれてる。
問題は森の中に逃げた熊ね。完全に気配を絶ってしまっているわ。
どうしたものか……。
あ、確かトレミナの兜に〈透視〉の魔法が入ってたわね。あれを使えば追える。
とキャノン発射地点まで戻った私の目に、信じ難い光景が。
「あ、お姉ちゃん、さっきはありがとう。おかげでたんこぶ作らずに済んだよ」
トレミナがけろっとした顔で律儀にもお礼を。
やあね、いいのよ、姉妹だもの。
「じゃなくて! どうしてもう起きてるの! まだ数分しか経ってないわよ!」
「え、分からないよ。勝手に目が覚めちゃったんだから」
傍らのロサルカさんが「ふーむ」と妹を観察する。
「マナはまだわずかしか回復していませんね。しかし、普通の騎士ならどうにか戦える量ではありますので、つい起きてしまった、といった具合でしょうか」
わずか、の量が半端ない……。
あと、つい起きてしまった、っておっとりなの? きっとおっとりのなせる業ね。
お姉ちゃん、まだ全然活躍してないわよ。
スピンしただけだわ。
おっと、そうだった。
「トレミナ、兜を貸してくれる? 森に逃げた熊が〈隠〉を使ってるのよ。〈透視〉で見つけるわ」
「…………。だったら私が追うよ」
「ダメよ! 私に任せるって言った(思った)でしょ!」
「〈合〉マナは切れたけど分かるから。お姉ちゃん、私を気遣ってくれてるんでしょ。だけど、私はこの遠征チームの代表なんだよ。私がやる。兜は渡さない」
「渡しなさい! お姉ちゃんがやるから!」
「渡さない。お姉ちゃんにだけ辛い思いはさせないよ」
なんてお姉ちゃん思いで強情な子なの!
と姉妹で取り合っていた兜を、横からロサルカさんがひょいと奪った。
「逃げた敵に追い討ちをかけるなんて、まさに私の仕事でしょう。お二人はまだ子供なんです。もっと私に甘えてください」
そう微笑み、彼女は〈魔王戦衣〉で森へと飛んでいった。と思ったらすぐに引き返してきて、
「私には〈暗黒領域〉があるので〈透視〉は必要ないのでした」
トレミナの頭に兜を返却。
改めて森へと向かった。
むぅ……、暗黒お姉さんに大人の余裕を見せつけられてしまったわ……。
姉として私はまだまだということか。
打ちひしがれている間に、トレミナの元には馬に乗った騎士達が集まっていた。
彼らは以前からこの南方域を巡回している部隊。今回は戦争後の始末を手伝ってくれる段取りよ。稀少肉の回収とかね。
そうだわ、私もゴッドクリスタルを回収しないと。
えーと、鞄、鞄。
どこかの木に引っかけておいたのよね。
鞄を探して走っていると、【水晶輝熊】の骸の横に立つキルテナが目に入った。
あいつ、もしかして手を合わせてる……?
珍しい、っていうか初めて見たかも。
「何をらしくないことしてんのよ」
「う! うるさいなっ! 弔い方なんて知らないからやってみただけだ!」
ドラゴン少女はやや間を空けた。
「……私にはこいつの無念さが分かる。何十年も、あるいは何百年も進化の時を待ち望んでいたはずだ。やっとその瞬間が来たってのに……」
……キルテナも進化を待ち望んでいるのかしら?
そりゃそうよね。早く上位種になりたいに決まってる。
それから、キルテナは【水晶輝熊】の顔を見上げた。
「だけど、こいつの表情はどこか満足そうに見える。……最後の相手、トレミナでよかったと思うよ」
ほんと、大した妹だわ。
私も子供扱いされてる場合じゃない。姉としてもっと成長しなきゃ。
112.5 対熊神戦争 [セファリス] 余談
拾い上げた水晶の欠片を鞄に入れた。
〈トレミナキャノン〉のおかげでゴッドクリスタルが拾い放題だわ。
一握りで人生が一変するなら、私の人生は何変しちゃうの? うふふふふ。
鞄を開け、たんまり詰まった煌く宝石を確認。
んー、もう入らないわね。
何かいらない物を捨てようかしら。あ、これいらない。
と宝石大全集を取り出す。
「ダグネモ、世界はあんたが思ってるより広いわよ」
彼の著書をそっと地面に置いた。
「にしても、これだけ大量に散らばってると回収班でもちょろまかす人が出てくるんじゃないの? 心配だわ」
「心配無用です。私が注意して見ていますので」
背後からの突然の声に、慌てて鞄を閉めた。
振り返ると、そこにはきっちりした装いの女性騎士が。
「メルーダさん、〈隠〉で背中を取らないでください……。わ、私は何も拾ってませんよ。こ、このパンパンの鞄に詰まってるのはキルテナのおやつです。あいつ、ほんと大食いで困っちゃうなー」
「いえ、ずっと見ていましたから。私はリズテレス様から、神水晶を誤魔化す者がいないか監視するよう、仰せつかっています。ただ、少しばかり裁量権もあります。セファリスさんの今日の頑張りは評価に値しますので、大目に見ますよ。ですが、もうそれ以上は拾わないでください。いいですね?」
「……え、こんなにくれるんですか? ……どうも」
裁量権、広すぎませんか?
それだけ姫様から信頼されてるんだ。
「メルーダさんって、学生時代は学級委員長とかじゃなかったですか?」
「よくお分かりで。四年間、ずっと委員長でした」
……この人、後で全員の持ち物検査までしそう。
皆さん、絶対にちょろまかしはできませんよ。
と回収班の騎士達に目をやる。
その中に、何だか無性に気になる人物が。体格からして女性だろうが、黒煌合金の全身鎧に、フルフェイスの兜。
暑くないのかしら。
それよりあのマナ、なんか覚えがあるのよね。
近付いていくと、向こうもこちらへ歩いてきた。
「セファリス、私よ、私」
「その声、やっぱり……。リオリッタさんですね」
「そそ、皆のことが心配になっちゃって、こうやって変装して密かに様子を窺っていたのよ」
それも嘘じゃないでしょうけど、別の目的がありますよね?
「でも、杞憂だったみたいね。トレミナちゃん、何かすごいの投げてたし。……さあて、このまま帰るのも何だし……、ゴッドクリスタルでも拾っていこうかな」
だから、そっちがメインですよね?
ほんとにこの人はどうしようもない……。
けど、気を付けてください。委員長が目を光らせていますからね。
噂をすれば、メルーダさんが一直線に私達の所へ。
「リオリッタさん、なぜここへ? まあ、察しはつきますが。水晶、拾ってはいけませんよ」
「そんなっ! フル装備まで買って潜入したのに!」
……バレるの早すぎ。
遠征もようやく前半が終了です。
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