109 対熊神戦争 トレミナ、謙虚になる
私が全力で投げた〈トレミナボールⅡ〉は、【水晶輝熊】の前脚の水晶をわずかに欠けさせただけだった。
確かにリズテレス姫からもらった資料に、あれはすごく硬いって書いてあった。だけど、ここまでなんて。
いくら硬くても、もうちょっとダメージがあると思ったよ。
……私、うぬぼれていたのかな。
皆から〈Ⅱ〉は恐ろしいって言われて。貫通力はトップクラスなんて言われて。知らぬ間にうぬぼれていたのかもしれない。
きっとそうだ。
私はおっとりしてるから自覚がなかっただけで。
もっと謙虚にならなきゃ。
でないと、この強敵は倒せない。
タンッタンッと〈ステップ〉を使って巨大熊の背後に回りこむ。
今度はガードの薄い箇所を狙って……、〈トレミナボールⅡ〉。
しかし、投擲の瞬間に相手は少し体をずらした。
結果、ボールはまた水晶をわずかに削ったのみ。
完全な死角だったのに。
マナで私の動きが読まれてる。
やっぱりこの【水晶輝熊】は強いだけじゃなく、戦闘経験も豊富だ。
謙虚に剣の連打で崩してから、重い一撃を放つのがいいかも。
〈プラスソード〉のマナ大剣で斬りかかる。
ガキィィン!
再び水晶ガードで弾かれた。
気にせず剣を振り続ける。
キィン! キィン! キィン! ザスッ!
キィン! キィン! ザスッ!
ちょっとタイミングが掴めてきた。
次は、いけそうな攻撃は〈オーバーアタック〉を絡めてみよう。
キィン! キィン! キィン! ザッスーッ!
キィン! キィン! ザックーッ!
普通の毛の所も硬いけど、何とかダメージは入る。
謙虚に、というより慎重に攻めてきたけど、そろそろボールも投げようかな。
作戦を練っていたその時、異変を察知。
とっさに〈ステップ〉で後ろに跳ぶ。
先ほどまでいた空間が稲妻で覆い尽くされた。
これは〈雷壁〉。攻撃に使ってくるなんて。
あ、まだ終わってない。
【水晶輝熊】の前脚が動くのに気付き、〈プラスシールド〉を展開した。
巨大な〈水の爪〉が迫る。
シュザァ――――ッ! パキィ!
魔法の盾でほんの少し勢いが削がれた隙に、さらに後方へ。
危なかった。
謙虚になっていたおかげで、どうにか回避できたよ。
よし、あの体勢ならずらすのは無理だね。
今だ。カウンター気味に〈トレミナボールⅡ〉。
シュパッ! ドッシュ――――ッ!
ドムゥッ!
「ゴガアァァッ!」
水晶のない腹部にボールが突き刺さり、ボス熊は雄叫びを上げた。
戦争が始まってからあちこちで熊神の鳴き声が聞こえるけど、中でも一際大きな声だ。
軍勢の熊達が一斉に振り返った。
と【水晶輝熊】は牙を剥き出しにして私を睨む。
……相当効いたみたい。
さっきのは絶叫だった。
それでも、倒すにはあと何発も撃たなきゃならないだろうし、やっぱり〈合〉マナが切れる前に討伐は厳しいかも。
いや、そんな心配は無用になった。
さすが私のお姉ちゃん。
「チャージッ!」
背中に飛びついてきたセファリス。そのまま二人のマナを合わせた。
「お姉ちゃんが来たからもう大丈夫よ!」
「助かったよ、私一人じゃ困ってた」
「やけに素直ね」
「私、近頃うぬぼれてたみたいだから謙虚になったんだよ」
「ああ、そう……。あまり謙虚になると勝てるものも勝てなくなるわよ。……というより、口ではそう言ってても、私には普段通りのトレミナに見えるけど?」
確かに、謙虚謙虚と言ってるだけでいつもと全く変わらない気がする。
「おっとりしすぎでしょ! とにかく攻勢に出るわよ!」
セファリスは〈ステップ〉で上から斬りかかる。
が、巨大熊はくるっと肩付近の水晶を向けて防御姿勢。
……むしろお姉ちゃんも水晶の方を狙ってない?
「ゴッドクリスタル! いただきっ!」
双剣を振り下ろすも、カキンッと弾き返された。
「かたっ! やっぱ私じゃムリー! だったら……」
空中を高速で跳ね回りながら、【水晶輝熊】の生身部分を斬っていく。
お姉ちゃん、〈ステップ〉の扱い上手いな。
でも、気を付けないと……。
不意の放電。
バチバチバチバチバチッ!
「ぎゃ――――っ! 何これ――――っ!」
見事にセファリスは〈雷壁〉に挟まれてしまった。
そこに、さっきと同様に〈水の爪〉が。
それより早く、私がマナの大剣で稲妻を切断。
姉を抱えて脱出した。
「私一人で逃げられたから! ビリビリするー!」
「お姉ちゃんはもう少し謙虚になった方がいいよ……」
そう話していた次の瞬間、突然、邪悪な波動を感じて二人で振り向いた。
見る見る大きくなっていく闇の塊。
やがて体長五十メートルを超える人の姿に。
「魔王だわ……。見たことないけど絶対そうよ……」
「……ロサルカさん、あんなのまで隠してたんだ」
魔王は大鎌一振りで【災禍怨熊】を沈め、直立でこちらを眺めている。
コオオォォォォ――…………。
私達と一緒に釘付けになっていた【水晶輝熊】が向き直った。
ふむ、精神がつながったわけじゃないけど、何となく言いたいことは分かるよ。
お前ら、……ほんと何なんだよ。だね。
私もロサルカさんに同じことを言いたい。
でも、彼女があれを出したのは、きっと私が頼りなく見えたせいだ。
私に任せておくと【水晶神熊】に進化してしまうと思ったから。
……私の力が足りなかったせいだ。
以前は、〈トレミナボールⅡ〉があれば大切なものは守れると思っていた。
だけど違ったみたい。
世界は私が考えていたより広かった。
謙虚さは必要だけど、それだけじゃ大切なものを失いかねない。
どうやら〈トレミナボールⅡ〉を次の段階に進める時が来たらしい。
そして、〈トレミナボール〉さんはさらなる高みへ。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。