107 対熊神戦争 [メルーダ] 第1部隊の指揮官
二つの円月輪を回収すると、戦線をさっと見渡す。
大丈夫、どこにもほころびはない。全員しっかりやってくれているし、このままいける。
けれど、油断はできないな。
私達の任務は決して楽なものじゃない。
体長八メートルの【猛源熊】は、野良神としては充分脅威であり、一頭でも護衛付きのキャラバンを壊滅させてしまうほどだ。それが二百頭以上もいるんだから。
「これなら二千人規模の軍隊を相手にした方がよほど楽だ……」
つい愚痴が。
同意するようにナディックさんと八人の騎士が頷いた。
皆には指示を出す私の声を聞き逃さないように言ってある。彼らは各自結構なマナの使い手なので、小さな呟きも拾われる。
私としたことが。
それに愚痴をこぼしてる場合でもない。
私達第1部隊は他のチームの模範となるべき存在。今回の遠征ではその真価が問われているんだ。部隊としてなら、ナンバーズに劣らない活躍ができると証明しなければ。
……今のは取り消す。
大きなことを言えばろくなことにならないと、相場が決まっている。指揮官の私は、常に冷静で慎重でいないと。
ここで、前線を駆けるナディックさんから。
「メルちゃん、まずい。進化形二頭がこっちに来る」
「そんな、どうして。種別は何ですか?」
「大熊と魔熊だ。どうする?」
……断じて私のせいじゃない。
これは、私達の安定感から任せても心配ないと判断されたか?
実際には、あれらを相手する余裕まではない。
が、そうも言ってられないね。
「私と隊長で対処しましょう。皆はそのまま戦線を維持して」
普通の【猛源熊】の方は、私とナディックさんの援護がなくてもきっと大丈夫だ。
ロサルカさんの〈暗黒領域〉が効いてるし、かなりの数の熊達がキルテナさんに流れてる。私の部隊は二百頭も倒さなくて済むかもしれない。
それにしても、キルテナさんに向かっていってる熊……、どいつも闘争心剥き出しだね。あのドラゴン、熊達から何か恨みでも買っているのか?
まあでも、同格に囲まれながら飛びかかってくる奴も跳ね返して、よくやっているな。その頑張り、今度の部隊長ミーティングでしっかり報告しておく。
部隊長ミーティングとは、名前通り各隊の隊長が集う場だ。
第1部隊からは私も出席する。ナディックさん一人では不安なので。本当にこの人はいつもフラフラと……。
隣を走るナディックさんに、ちらりと視線をやった。
「俺達二人だけじゃきついって。やるしかないけどさ……。じゃあ俺が前に出るから、メルちゃんは援護を」
肩に乗せようとした彼の手を、さっと回避。
「触らないでください。それだと隊長が持ちませんよ。私が大熊を抑えるので、隊長はできる限り早く魔熊を仕留めてください」
「でもメルちゃんだけで大熊は危険だよ」
「大丈夫です。私はこの第1部隊の隊……、副隊長ですよ」
「……今、隊長って言いそうになったよね?」
ナディックさんは心配そうな眼差しを残し、【猛源魔熊】へと方向を変えた。
進化形二頭に連携されたら私達に勝ち目はない。
一頭ずつ各個撃破。これしかないだろう。
一対一ならナディックさんは絶対に勝てる。あの人はそれに特化した能力だ。とはいえ、生命力の高い【猛源大熊】を倒し切るのは時間を要するはず。
なのでまず魔熊を片付けてもらう。
それまで私が大熊の動きを止めればいい。
簡単じゃないけど、他に選択肢はない!
両手の円月輪を同時に放った。
ギュルルルルル――――ッ!
二つの刃が、魔熊の方に向かおうとしていた大熊を直撃。
行かせない。私がお前の相手だ。
と強がってみても、厳しい状況に変わりはないな。今の攻撃も体長二十五メートルの巨躯にはさほどダメージになっていない。
ああ、でも私を標的に定めてくれたか。
このマナの感じ……、弱そうな私をさっさと始末しよう、といったところか。だが、そっちも簡単にいくと思うなよ。
私の能力は援護特化。足止めも得意だ。
もう一度円月輪を投げようとしたその時、【猛源大熊】がブオンと前脚を振った。
発生した炎の波が押し寄せる。
これは〈火薙ぎ〉だね。問題ない。
「水霊よ、凍てつく壁となって私を守れ。〈アイスウォール〉」
私の出した氷の壁が、迫りくる炎を食い止めた。
遠、中距離技は対応できる。気を付けなきゃいけないのは〈牙〉と〈爪〉だ。接近させないようにしないと。
あの熊に触れられるのは本当に危険。
改めて投擲体勢に。
「水霊よ、雷霊よ、円月輪に宿れ」
放った瞬間、大熊は前脚で地面を叩いた。
ドドンと大地から土壁が出現。
それも問題ない。私の円月輪は、速度では矢や銃弾に劣るが、自在にコントロールできるのが強み。
二つの円盤はそれぞれ土壁の異なるサイドを迂回した。
よし、〈双奏氷雷月〉発動!
飛行中の円月輪の一方が冷気を、もう一方が雷を帯びる。
パキキキキキ――ンッ!
バチバチバチバチッッ!
双輪は大熊の周囲を旋回。
巨体を凍りつかせ、感電させていく。
私の専攻属性は水と雷。二属性を活かした戦技〈双奏氷雷月〉は、標的を停止させるのに特化した技だ。
ナディックさんが来てくれるまで、これで時間を稼ぐ!
ちらりと彼の方に視線を移した。
少し離れた戦場で、【猛源魔熊】を翻弄するように稲妻が舞っている。
ナディックさんの専攻は雷と風。強化戦技〈ハイスピード〉で高速移動しつつ、〈サンダーウエポン〉により雷を纏わせた剣で〈雷撃斬〉を放つ。
この速攻二重電撃があの人のスタイル。光のように速く、瞬く間に相手を倒してしまうことから閃光の騎士と呼ばれるようになった。
さらに、強敵に対しては、ナディックさんはもう一つの属性を使う。
風魔法〈風枷〉でターゲットの動きを鈍らせ、速度差をより大きくするんだ。下剋上戦のようなタイマンじゃなかなか勝てる人はいない。
特殊な能力を持っていたり、群を抜いてマナが多かったりしない限りね。
魔熊も豊富なマナで神技を連発してくるけど、あの程度なら心配ない。
ナディックさんが仕留めるのは時間の問題だろう。
それまで、何としても私は持ち堪える!
視線を【猛源大熊】に戻した。
あ、そろそろ円月輪のマナを補充しないと。
……大丈夫、大熊はしっかり封じられてる。
マナの補充は手元に呼び戻す必要があるが、ほんの数秒で済む。
と片方の円月輪を手に取った瞬間だった。
直立で固まっていた【猛源大熊】が突然動き出し、両前脚を地面に下ろした。
四足歩行になるや、マナを脚に集中。
力いっぱい大地を蹴った。
しまった! チャージのタイミングを狙われていた!
この熊! ガタイに似合わず策士か!
気付いた時には、もう大熊は目の前に。
巨大な爪が振り上げられる。
魔法は間に合わない!
〈全〉で凌……、げない! 死ぬ!
向かってくる爪がスローモーションで見えた。
……え、本当にちょっとゆっくりになってない?
そう思った次の瞬間、体がふわりと浮き上がった。
「はぁ、セーフ……」
ナディックさんが私の腰に手を回して抱きかかえていた。
即座に、逆の手に持った剣で〈雷撃斬〉を放つ。
大熊は後方に飛び退いた。
……さっきのはナディックさんの〈風枷〉だったのか。
……もう魔熊が倒れてる。急いでくれたんだ。
ってこの体勢は!
ダメだっ!
「な! 何! 触ってるんですか! 離してください!」
「助けてあげたのに、ひどくない……?」
「いいから離して!」
やばいっ! 顔が熱い!
赤面を抑えられない!
「水霊! 私の顔に宿れ!」
「どうして顔に水霊を……?」
「うるさいですね! 早く大熊を討伐しますよ!」
……ふー、危ないところだった。
ナディックさんが鈍感でよかったよ。
いや、よくはないけど、今はまだ……。
何か秘策を思いつくまでは……。
……そもそも、悪いのはこの人だ。
ナディックさん……。
なぜ年上の女性にしか興味ないんです?
あなたより二つも下の私は、どうすればいいんですか?
メルーダはこんな感じになりました。
次回は、暗黒お姉さんです。
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投稿開始から4か月が経ちました。これからも頑張ります。