106 対熊神戦争 [キルテナ] 堂々と守護神獣に
セファリスは「しっかりなさいよ」という視線をよこして走り去っていった。
分かってるよ。巨大な神獣なのに情けないって。
誰よりも私自身がそう思ってるんだからな!
今回の遠征が決まった直後くらいだったか、あの恐ろしいリズテレス姫に呼び出された。
彼女のことを、少し頭が良くてマナも使える風変わりな姫、と見ている奴もいるけど、とんだ思い違いだ。
あれは、……マジで怖い人間だよ。
色々と手のこんだ策を巡らせるくせに、根源にある思考は至ってシンプル。
大切なものを守るためなら、敵は容赦なく叩き潰す。
敵を減らす努力はするが、それにも限界がある。
あの日、パン屋でトレミナに出会わなければ、私も消されていただろう。誘いを断り続けた私は、とうとう限界を超えてしまったんだ。
当然と言えば当然だよ。
今ドラグセンで襲撃されている竜達と私、違いなんてないんだから。
最後だしダメ元で、美味しい物を腹いっぱい食べたい、と言ってあの山盛りのパンだ。
リズテレス姫には優しい一面もある。
いや、優しいからこそ、冷徹で容赦ないんだろう。
そうして満腹で始末される予定だった私の運命は、トレミナによって変えられた。
あのどんぐりを見た瞬間、姫の纏う空気が柔らかくなった。
奴には残忍な自分は晒したくない、って感じだったな。
思いがけず猶予をもらった私は、トレミナと共同生活を送り始める。
一緒に暮らしてみて、リズテレス姫の変化の理由が分かった気がするよ。おっとりしているが、トレミナは皆のことを考えていて、ブレずにまっすぐだ。外見も相まって見ているとすごい安心感だし、こいつには嫌われたくないって思う。
話を戻すと、私は遠征を前にリズテレス姫から呼び出された。
すぐに察しがついたよ。猶予期間が終わったんだって。
私が渋っていたわけは、五竜の存在もあるけど、それだけじゃない。
守護する国を裏切ることは、神獣の間では恥ずべきこととされている。竜族の最強種たる私がこの理を破るわけにはいかない。
たとえ命を奪われようとも。
と、ずっと思っていた。
だけど、考えは変わった。私はコーネルキアとここに住む奴らが好きになり、自分からこの国の守護神獣になりたいと望むようになっていたんだ。
気持ちを自覚した途端、理を破るなんて些細なことになった。
新たに、安易に頷けない事情もできたんだけど……。
それでも、期限が来たなら答えるしかない。
私は承諾するつもりでリズテレス姫に会いにいった。
ところが、席につくなり彼女から意外な言葉が。
「コーネルキアはもうドラグセンに勝てるわ」
城中階のテラス。テーブル上の大皿にはパンが山の如く盛られている。
一つ手に取って齧った。
うまい。パン工房エレオラのものだ。
次いで、向かい合って座る姫に目をやった。冗談を言っているようには見えない。
「私が知る限り、五竜を倒せるほどの戦力はないぞ」
「五頭全てを倒す必要はないということよ。戦力をぶつけ合うだけが戦争じゃない。私達は二頭仕留められる力があればいい。そして、すでにその目標は達成したわ」
そういうことか。人間はしばしば戦いに謀略を持ちこむ。
この姫は特に得意そうだ。
「つまり、もう五竜の内、二頭を味方にしたってことだな」
「あらキルテナさん、案外呑みこみがいいわね。でも、パンはしっかり噛まないと喉に詰まるわよ」
バカにするな。私は神だぞ。
やや、あそこに刺さっているのはポテトサラダのサンドウィッチじゃないか。やっぱりこいつはダントツのうまさだな。
何だ、その微笑みは。私は神だぞ。
パンを食べる私をじっと観察していたリズテレス姫がまた唐突に。
「あなた達の、守護国を裏切っちゃいけないという理ね、迷信みたいなものよ。近頃は気にせず寝返る神獣も多いわ」
分かってるよ、だから今日は話を受けるつもりで来たんだ。
ちょっと引っ掛かるとこはあるんだけど……。
姫は今度は私の顔を見つめたまま黙りこむ。
やがて何かに納得したように、椅子に深く体を沈めた。
「なるほどね、うかない表情の理由が分かったわ。そんなことは気にしなくていいのに」
あ、マナから私の本心を読んでいたのか。
まったく、私と同い年とは思えない。何なんだ、この人間は。
「……気にする。この国の守護神獣になるんだからな」
「だったら、返事は今日じゃなくていいわ。キルテナさんのタイミングで守護神獣になってくれて構わない」
「え、いいのか……?」
「いいわよ。あなたの気持ちは分かったから」
そう言ってリズテレス姫は席を立った。
「私、あなたみたいに向上心のある人(神)が好きなのよ。一生懸命な姿を見ると応援したくなる。私って人間らしいでしょ? 私(達)のことについては守護神獣になった時に教えてあげるわ」
歩き去る彼女を見送りながら、あまり人間らしくないな、と感じた。
それにしても今日はずっと柔らかい空気だった。
私も、姫の大切なものの中に含まれるようになったのかもしれない。
さて私も……、あ、パンがもったいないか。
全部食べて行こう。
しかし、喉が詰まるな。
と思っていると、メイドが台車で飲み物を運んできた。
「おいおい、ジュースばかりじゃないか。子供扱いしてくれる。私は神だぞ」
「よく冷えたコーヒーやハーブティーもございますよ」
彼女の視線の先から、メイドがもう一人台車を。
「…………。よく冷えたリンゴジュースをくれ」
こうして私は自分のタイミングで守護神獣になれるようになった。
それがいつなのかは分からないけど、少なくとも今じゃない。
だって、なるのはこの国を守護する神獣だぞ?
私より強い人間がわんさかいるのに、なれるか!
……今のままじゃ保護神獣だ。
もっと強くならないと。
そう思って稀少肉を食べまくってきたが、まだ足りない。もっと強くなってやる!
こんなとこで後れをとってる場合じゃない!
私は五頭の【猛源熊】進化形に囲まれていた。
同族なだけに連携が巧みで、なかなか崩し難い。
しかも熊族はやたらに竜族を敵視してくる。どいつもこいつも闘争心剥き出しじゃないか……。
けどそれがどうした!
私はあの地獄、修羅の森を抜けてきたんだぞ!
ぐるりと回転しながら〈地の尻尾〉を放つ。
ドッゴゴゴゴゴゴ――――ッ!
周囲の大地を隆起させ、まとめて熊共の体勢を崩した。
悔しいけど、今回はセファリスのやり方が正解だ。
一頭ずつ素早く仕留める!
私の牙は一撃必殺だぞ!
くらえ! 〈風の牙〉っ!
【猛源大熊】の出した〈火壁〉を破り、さらに風をコントロールして体の自由を奪った。
無防備になったその首元にかぶりつく。
息の根を止めた。
……さあ、行くぞ熊共!
私はもっともっと強くなって、堂々と守護神獣になる!
果たして、キルテナは保護神獣から守護神獣になれるのか。
次話の主役は、閃光の騎士、ではありません。
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これからもコツコツ真面目に書いていきます。
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