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「雪の音」

作者: 平修(たいたおさむ)

文学フリマの自分が参加するサークル冊子に収録されていました。

『明日、新しく見つけたカフェに行きますので! いつもの待ち合わせ場所で集合ね』

 唐突に意味不明なメッセージが携帯に映し出され俺は頭が痛くなる。

 あいつはこんなふうに理不尽に人を呼び出す。

まあ、そんなの相手に文句言いながらも付き合っている俺も俺で物好きなのだが。

 俺は一人で自室の中に居て呟く。

現在の季節は冬。時間は夜の八時。明日は何も考えず惰眠を貪ろうとした俺の計画は立案して数時間もせず消えた。

なら断ればいいじゃないかと思うのだが。

あいつの誘いは何故か断ろうという気がしない。

自分のしていることに独りで笑いながら俺はその後数時間してから眠りについた。



◇◇◇



 翌日の昼過ぎ。

俺、こと見竹隆紀みたけたかきは幼馴染の同級生、田神雪華たがみゆきかに素敵なお呼び出しを受けて自宅最寄りの駅前に来ていた。

(ややこのパターンは恒例化している)

あいつの言ういつもの待ち合わせ場所、というのは駅前の時計塔の事だ。

割と高さがあるので目印になる。

最初はわかりやすいからという理由でここを指定されたが、最近は何故かここが待ち合わせ場所として固定されている。

まあ、いちいち場所が変わって間違えたりするよりかはいいからそんなに異存はないのだが。

時計を見る。約束の時間は過ぎている。

それにしても遅い。あいついつもなら首を長くして待っていることのほうが多いのに。

今日は約束場所に珍しく時間通りは居なかった。

首を左右に動かし周囲を見渡す。

すると不意に背中の方で人の気配がした。

しまった、と思い振り返ろうとする。

半身の状態で後方を確認すると何やら見知った顔の女がニヤニヤして笑っていた。

「とった!」

こいつこそ今回の呼び出しを行った張本人田神雪華その人だ。

「お前どこに居たんだよ!」

と、俺が聞くと雪華は勝ち誇った笑みであそこだよ、と町中のオブジェを指差す。

 ああ、はい死角に居たんだな。

「隆紀が偉い人だったらここで襲われて身代金要求されちゃうよ~。ああ、哀れかな~」

「あーはい、はい。白昼堂々誘拐か、それ以前にお前みたいなか弱い女一人にそんなことできっか?」

 オーバーな身振りの雪華に俺はつっこむ。

「それもそうかー」

刻々と頷いた雪華。

そこで納得しますか。

  内心のツッコミも追いつかないうちに雪華が俺を呼ぶ。

「やぁ、隆紀。この間からしばらくぶりだね?」

「ああ」

「昨日は良く寝れたかな?」

遠足前の小学生扱いか俺は。

「普通に寝れるだろ? 遠足前の小学生じゃあるまいし、しかもそんなに今日は楽しみにしてない」

俺がそう言うと目の前のやつはニコニコして。

「ええー、嘘つかなくていいよ? 隆紀は本当に嫌なら断る人だから、少なくとも楽しみじゃない訳ではないはずー」

小癪だが、なんだかんだ俺のことをよく把握しているな。

俺が黙りこくると沈黙を遮るように雪華が声を出す。

「じゃ、行こっか~? 隆紀」

雪華はそう言うと俺の前を歩き始める。

せっかちだなやつだ。

「こっち、こっち!」

俺は一言、はいはい、と言いながら手を挙げた。

それから手首を縦にブラブラとさせて歩き出した。

空は厚い雲がかかって息は白かった。

今日の外はだいぶ寒い。

何でもいいから屋内に行きたい気分だったのでポケットに手を突っ込んで温め歩き目的の場所へと移動する。



◇◇◇



 俺と雪華はその後、駅の近くにできたカフェに入った。

 店内は暖房が効いていて快適そのもので、席について上着を脱ぎ雪華はいつもより大きめの手荷物であるかばんを置いた。

 席に座ると最初に水が出され注文が決まり次第お呼びくださいと伝えられる。

メニューをざっと見たが何にしていいか豊富すぎて迷うので店内でおすすめのコーヒーを一杯、雪華はケーキセットを頼んだ。

 ちなみに飲み物は紅茶にしていた。

「ああー楽しみ、新しいお店はワクワクするね」

 なんだか子供のようにはしゃぐ約一人。

俺は静かにその様子を眺める。

「おまえはいつでも楽しそうだな」

「ええ~? そう? 私だってテンション低い時あるよー」

雪華はニコニコしながら答えた。

何年も付き合いがあるが、つくづくこいつというやつは変わり者だ。

そんなやり取りをしていると注文のコーヒーとケーキセットを店員が運んできた。

 ゆっくりテーブルに並べられる暖かい飲み物とケーキは丁寧に作られていて、どれも上質な雰囲気に見えた。

 俺の鼻腔にコーヒーの香ばしい香りが通るとなんだか落ち着いた気分になる。

 一方で雪華はケーキセットに目をキラキラさせて幸せそうに頬を緩ませていた。

「わ~これこれ、このスイーツと出会うために私はここまで来たんだよー。 最高!」

 雪華を見るとそれは嬉しそうな顔をしていた。

 いただきます、と前置いてケーキを口にすると夢中で食べ始める。

 俺はその間に少し話しながらケーキの感想を聞くと雪華は饒舌に感想を語る。

「ケーキを食べると幸せだね隆紀?」

「それはお前に限る」

「そうかなぁ? じゃあ隆紀の幸せは何?」

俺は雪華の質問が引っかかった。

改めて言われると難しい問いかもしれない。

俺は首を傾げて、わからん。と答えた。

「ふーん、そっか? そういえば隆紀は最近どうなの?」

 雪華は質問を変えて俺に問う。

「順調、と言いたいが、なかなかな」

俺は言葉に詰まる。

「困りごと?」

雪華は今日はじめて落ち着いたトーンで聴いてきた。

 時々見せるこの雰囲気はどこか普段の快活な顔とは差がある。

 俺は思っていることを言うまいとしていたが雪華の顔を見て、まあこいつになら付き合いも長いしいいかと思った。

「ああ、実はな……」

 正直俺は悩んでいた。

来年、高校三年になろうともいうのに進路は疎か、ぼんやりとした将来しか思い浮かべてないこと。

父親にそのことを毎日のように責められ頭を抱えていること。

自分自身が何をしていく人間かという担任の問いかけなど。

将来への漠然とした不安が山積みだった。

俺は雪華にそれらの近況を話した。

「隆紀も大変だねー、私より勉強できるのに」

雪華は紅茶を飲みながらしんみりとした様子で言う。

「お前はどうなんだ? 先々とか」

俺はなんとなく聞きたくなって雪華に質問する。

「私もおおよそしか決まってないけど方向は決まってるよ」

俺が詳しく内容を尋ねると雪華はにこにこしながら答えた。

「私洋菓子店で働きたいの、だから専門学校に行こうと思ってるんだ、もちろん父さんや母さんを説得するのは大変だけど人生は一度きりだから後悔はしたくないし、挑戦だねー」

 俺は雪華の言葉が少し意外だった。

普段から子供のように能天気そうなこいつが自分なりに将来へのことを考えていたなんて。

俺は胸元に嫌な感覚を覚えた。

目の前で前進しているやつを見て焦ったか嫉妬かわからないが、俺は胸が少しざわつく。

「隆紀どうしたの?」

雪華は俺が心情の変化で表情を変えたことに気がついて聞いてくる。

「何でもない、お前は自分の事考えられて偉いな」

俺はざわついた気持ち払い除けてそう答える。

「まあね~」

雪華は得意気に言う。

それがなんだか癪に思えたのは俺が捻じれ曲がっているのかもしれない。 

小さくため息を付いて俺は言う。

「それにしてもお前が洋菓子店の店員か……想像しがたいけどな」

俺が言う言葉に雪華は怪訝な顔をした。

「なにそれ、どー言う意味~?」

「小さい頃から抜けてる印象のお前がシャンとするなんてな」

「失礼な隆紀……」

俺の言葉に不機嫌になる雪華。

「まあ、お前も悩んで決めたんだろ? 親御さん説得するのは大変だろうけど頑張れ……俺はまあ一応応援するけどな」

俺はなんとなくこいつの行く末を悪いようには願えなくて応援した。

「うん、ありがとう!」

どこか照れくさそうに俺を言う雪華だった。

「ねえ隆紀? 隆紀は近頃充実している?」

なんでそんなことを聞くのか。

一変して場の空気が変わる。

俺はよくわからないままに返答する。

「まあ、それなりにな……成績も悪くはない、進みたい学校にもこうして通うことができているからそうなのかもしれんな」

「そっか? でも心の底から本当は満足してはいないんじゃない?」

 なんだか雪華は俺が知らない面でも持っていたのか妙な問をしてくる。

俺は雪華の質問に対して。

「ああ、そうかもな」

と答えた。

雪華は次に別の質問をする

「隆紀は目標立てる時どんなふうに目指す?」

またしても妙な問。

まるで食べものが歯に挟まって取れない嫌な感覚を覚える。

俺は困惑のあまり小声で答えた。

「俺は大きな目標から建てる、それからそこに至る課程を組み上げる」

「そっか、そうなんだね」

雪華がいつもどおりのニコニコした顔で笑う。

俺は内心、雪華の妙な言動に少し驚く。

こいつにこんな鋭い視野、視点があるとは。

俺自身こいつがただの脳天気だとばかり見くびっていた。

どうやら認識を改める必要がある。

「じゃあいつも勉強教えてくれるけど、こういうことには頭固い隆紀に私からアドバイスをあげる」

雪華は俺の回答を聞いた上でそんなことを口にした。

「隆紀が夢を叶えて満足行く幸せを手に入れるには私が思うに身の回りの小さな事に気づく事からだと思う!」

その上そんな事を言ってきた。

「身の回り――? 例えば?」

雪華はニコニコして言う。

「例えば――そうだなぁ~、不自由なく御飯食べれること、朝ちゃんと起きれること、そんな簡単なことでいいんだよ、当たり前の事」

 そんなの誰だってあることで、わざわざ俺に言う事じゃないか。

 俺口を挟みたくなって、あのな、遮ろうとしたが。

「まあまあ、隆紀、聞いてよ」

と宥められた。

渋々俺は口をつむぐ。

「小さな幸せに気がつくとそれに感謝する、感謝があれば小さな積み重ねも苦じゃなくなるの」

俺は雪華の言葉に論破されてしまい、押し黙った。

「そうしたら気がつけば目標は達成してる、そういう仕組が隆紀を幸せにすると思う」

雪華の言うことに俺は心が更にざわついた。

 ここまで考えていることに俺は感心した。

昔からじゃじゃ馬のこいつはよく俺に付きまわって怒ったり泣いたり忙しいやつだった。

 確かにアルバイトでカフェ店員として働いているがここまで物を進んで考えているなんて昔のこいつからすると想像もつかない話だ。

 俺は何てことないと思っていた身近なやつとの格差に肩を落としてしまい、ため息を吐いた。

同時に自分の不甲斐なさ加減に笑うしかなかった。

 雪華はそれでも穏やかなトーンで俺に言う。

「隆紀、そんなに深刻に考えなくていいんだよ、小さな事をコツコツやればいいだけなんだから」

 俺は黙る。実際俺はどうしたらいいか皆目見当がついていなかった。

 しばらく考えても答えは浮かばない、おそらくすぐに出るような回答では無いのだろう。

「……わからないな、難しい話だ」

雪華はゆっくり考えていればいいよ、と俺に言った。

続けて答えを考えているとその課程で一つ疑問が浮かんだ。

こいつはなんでここまで考えられるようになったのか、俺は聞いてみることにした。

もしかしたら、この回答の中に答えを得るヒントが含まれているかもしれない。

何気なくそう思ったからだ。

俺は聞いてみた。

答えはシンプルだった。

「え? 私がなんで色々考えるようになったかって? そんなの単純だよ? もっと幸せになりたいからだよ~、それだけだねー」

 俺は雪華に言われた言葉を頭で考える。

 もっと幸せになりたい。

 自分の中での幸せ。

 身の回りの幸せ。

 どれを考えても俺は自分の幸福を真剣に考えてなく今は漫然と毎日を惰性で過ごしていたのかもしれない。

 俺はこの瞬間悟った。

 この今という時間は何か自分のために心を切り替えるチャンスなのかもしれない。

 俺は雪華に向かって話す。

「そうだな……なんというか……お前実はすごいんだな、俺……感心した。それと少し考えを改める必要がありそうだ」

雪化は俺の顔を見て穏やかな顔で言う。

「そっか、そっか~」

多分俺も同じ様な表情をしているから彼女も同じ様な表情なのだろう。

「隆紀にもいい幸せが来るといいね」

雪華が言う。

俺は雪華に言った。

「俺も俺なりに自分の先々とか自分の幸福について考える必要がありそうだ……少し考えてみる」

「うん、頑張って、隆紀」

俺は頷く。

「さーて……もう少しゆっくりしたら出るか、今日はなんだか雪が降りそうな天気だしな、確か予報でも降るかもしれないとか言っていたし」

俺は窓の方を見て雪華に向けて言う。

 雪華は窓の方を向いて外の様子を確認する。

「そうだね! 雪が降り始めたら帰るのが億劫だもんね~」

空は白っぽくて今にも雪が振りそうに見える。

俺達はその後なんてことない会話をして、この日という小さな幸せを噛み締めた。



◇◇◇



 外に出て帰ろうとした頃。

雲から伝わる湿気の匂いとともに真っ白い粉雪が降り始めた。

雪はひらひらと舞い降りて、アスファルトに乗って僅かな熱で水へと変わる。

雪華は子供のようにはしゃぎながら俺を呼ぶ。

「隆紀! 雪だよ雪!」

雪で喜ぶのはお子様と犬猫だけだが、雪で喜ぶあいつはもれなくお子様らしい。

こういう所は。

俺は、はいはい、と言いながら片手挙げてぶらぶらさせて歩く。

しんしんと降る雪の音はどこか穏やかだ。

「そうだ隆紀!」

「――ん……どうした?」

「はい、プレゼント」

雪華は不意に思い出したようにいつもより大きい荷物からギフト包装された包を差し出す。

「なんだこれ」

「忘れたの? ハッピーバースデー! 隆紀のこれからに幸せが沢山来ますように」

雪華は満面の笑顔で渡してきた。

俺は不覚にも嬉しくなったが、素直に礼を言えなくて固まる。

「えへへ~、驚いた?」

「ああ……サンキューな」

「え、なんか言った~隆紀?」

俺があまりに小声で言ったせいで聞き取れなかったらしく雪華は聞き返してくる。

「何でも無い! 何でも……無い……」

「え? なになに!?」

「お前それわざとやってるだろ、くそ」

にぎやかな休日は空の白い雪とは対象的にこうして騒がしく過ぎていくのだった。


後日、俺は自分なりに趣味として読書をするようになった。

これが転じてバイトで書店に勤めるようになった。

いつかはこの仕事通じていろんな本に触れたいと思う。

あの雪の降る音を日を思い出しながら。

                  了


何気ない日常と幸せについての自分なりの解釈を綴った作品です。

雪華のキャラクターについては作るのが難しくてだいぶ悩みました。

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