#70 コワスモノ
白い白い、何も無い空間。
何もできずに、漂うだけの場所。
少しずつ微かに残った自我すら消えそうになっている。
「どうでもいい……」
私にはもう、何も無い。
――マナさんはどうする?
諦める。私にできることなんて無かったんだ。この世界では力ある者が全て。そもそも勝てる相手じゃなかった。
――本当に?
何に対してか分からない。全部全部本当のことだよ。
――勝てない?
勝てない。今の私では絶対に。……お前は誰?
――私は貴方。そんなことより、分かっているじゃない。ならやることは一つでしょう?
気味が悪い。私は私で、貴方も私。別の私のはずなのに、同じ私だと思える。白が上書きされていく。
――私は常に別の私に成り得る。さあ、口にしなさい。そうすればきっと、私にはならなくて済む。
悲しい。憎い。全てがどうでもいい。
そんな感情が溢れてくる。大切な人が腕の中で眠る、知らない記憶が映る。
――早く!
「【不退転の覚悟】」
――それでいい。あとは、任せなさい。
『「可能性」をステータスに反映します』『「コワスモノ」の可能性の反映に成功しました』
◆ ◆ ◆ ◆
見知らぬ力が私を守っている。それを少し広げると、私を覆っていた白い虹と光を壊してくれた。
「な!? それは一体……?」
「ステータスオープン」
喚く敵を無視して確認する。
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プレイヤーネーム:ミドリ
種族:大天使(仮)
レベル:???
状態:破壊衝動
特性:世界的善
HP:?????
MP:?????
称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・■■■の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・離反者・破壊神の使徒・壊す者
スキル
U:ギャンブル・破壊力・破滅世界
R:飛翔10・縮地10・思考超加速10・不退転の覚悟(使用不可)
N:体捌き10・走術10
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スキル
【破壊力】ランク:ユニーク
常時発動。万物を破壊する特殊な力を操る。
スキル
【破滅世界】ランク:ユニーク
見境なく全てを壊す世界を創り出す。
スキル
【思考超加速】ランク:レア レベル:10
尋常ではない速度で思考することができる。脳の負荷には心配ご無用です。
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何だか懐かしい気持ちがあるのを不思議に思いながら、床に転がっている私の剣を拾う。
「不気味な力でも、漂白できないものは無い。はあっ!」
「……」
白い大きな玉が繰り出されるが、その玉は手の表面にある【破壊力】によって破壊される。
手をかざすだけで破壊できるみたいだ。
「馬鹿な!?」
「【縮地】」
驚愕しているのをよそに、今までより遥かに速い速度で距離を詰め、【破壊力】を纏わせた2号を振るう。
黒に近い紫のエフェクトを撒き散らしながら、首に迫る。
「【ファストガード】!」
すんでのところで盾で防がれる。
が、
「なにッ!? クッ……!」
盾ごと斬り裂く。
少し減速したのもあって躱されてしまった。
回転の勢いのまま、左足の回し蹴りで追撃を仕掛ける。
「グァハッ……」
鎧を壊して脇腹を抉る。かなりの威力で、紙のように飛んでいく。
何だか拍子抜けだ。数分前まではあんなに実力差があったというのに、今では負けるビジョンが思い浮かばない。
「トドメ」
【破壊力】を敵の真似をして大きな球を作って放つ。相当大きくなってしまったけど、とりあえず放った。
天井が少しずつ消し飛んでいき、瓦礫が降ってくる。
「【白虹】!」
先程のスキルをぶつけて相殺する算段か。全く問題は無い。
軽く跳躍し、壁を蹴って跳び、側面から叩きに行く。更に纏わす【破壊力】を増やし、大剣のリーチで斬る。
「【慈愛の雪崩】!」
光の奔流が私を押し流そうとする。
まあ【破壊力】でガン無視するけど。
「もらった」
今度こそ捉え――
「【大噴射ー】!」
「チッ」
攻撃を中断し、真下から伸びる触手から壁を走り、跳び回って回避し続ける。
声は例の双子が合わさったようなものだが、見た目は巨大かスライムだ。液状の物、しかもあれ程のサイズとなると私でも些か分が悪い。
【破壊力】で削ってもキリがないから。かといって【破滅世界】を使ったら他の人達も巻き込みかねない。
すっかり忘れていたが、上の階にいる彼女は無事だろうか? まあいいか。
マナさんが心配だから早く倒してしまいたいが、あの触手が邪魔だ。触れてでも突破するべきだろうか?
……この【破壊力】が有限だった場合、詰みかねないから微妙だ。
だとしたらやることは一つ。
「【飛翔】」
急いで強い方から処理して、マナさんを回収してから相性の悪い方から逃げればいい。
元の私だったら不可能だった、針の糸を通すような精密飛行で攻撃の隙間を掻い潜っていく。
大天使同士、剣を構えて全力で斬りにいく。
背後から触手が迫るのが視界の端に映るが、甘んじて受けよう。
「【凍結の魔眼】!」
……予想外の乱入者に助けられた。私に迫っていた触手は凍りつき、ボロボロと崩れる。
「はあ゛あああぁ!」
「死――」
お互いの剣が体に触れる瞬間、迷いが生じる。
本当に殺していいのか。何のためにここに来たのか。今援護した人物を生かした理由は何だったのか。
思い返し、頭を働かせる。
圧倒的な破壊の力によって放棄していた思考が戻ってくる。破壊衝動からコントローラーを奪い返す。
長い永い一瞬が終わり、結論を行動で示す。
「クッ……」
「……」
敵――いや、トゥリさんが呻き声をこぼして地面に墜落していく。
そして私も。
【破壊力】無しでの攻撃に切り替えたので、深い傷にまでは至っていないだろう。私もトゥリさんの剣を壊して防いだはずだったんだけど……何故か痛い。
違う。これは外傷じゃない。内側から壊れるような痛みだ。
地面に衝突しても、その痛みは止むことはない。必死に這って階段へ向かう。
――パキッと右足が壊れた。
「っあ゛ぁぁ!!!」
事故の時よりずっと痛い。痛いなんてレベルじゃない。
「はぁはぁ、【スラ――」
「待ってぇえぇ!」
私にとどめを刺そうとしたトゥリさんを、クリスさんが間に入って止める。
「……どいてくれ、もう後戻りはできないんだ」
「そんな事ない! 迷惑はいっぱいかけたけど、まだ引き返せるよぉ!」
――左手が壊れた。
「うぁっだぃ……!」
「もう、遅いんだ。白の魔力は心臓の横に定着している。直に私も侵食されて死ぬ。だからその前に平和な世界を――」
「バカァァ!」
乾いた音が聞こえた。頬でも張ったのだろう。
「平和な世界にお父さんが居ないなら意味無いじゃないぃ! 私は、平和な世界なんていらない。家族で笑い合えるのなら、どんな怖い世界でも乗り越えれるからぁ! だから……居なくならないでよぉ…………」
「親、居なくなるの? やだー!」
「それは……」
――左足が壊れた。
「たぁぬぃぎゅっ……」
間に合わない。このペースだと階段に着くことすらできずに死ぬ。
「トゥリさん……こっち向いてください」
「はい? ……は?」
最後に小さな破壊の力でトゥリさんの胸を貫いて、異常な痛みを伴って、壊れて――死んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
議会の近くにリスポーン。死ねばリセットっていうのはプレイヤーだからこそできる特権だ。ありがたい……っ!?
「カハッ……」
少し麻痺してきて気付くのが遅れた。まだ変わらず痛みもあり、体の中からゆっくり壊れていっている。
流石に往来で血反吐を撒き散らす訳にもいかないので、壁に寄りかかりながら、口を押さえて路地裏へ入る。
「っあ゛あぁあ!」
灼けるような痛みが不定期的に襲いかかってくる。口から……いや、毛穴やら耳やら色んな場所から血がこぼれる。
全身がだるくなってきた。
「お疲れ☆」
憎たらしい声が聞こえた。
「ぐっ……マナ、さんが…………」
「彼女は大丈夫☆ 回収しておくから安心して眠るといいよ☆」
シフさんが言ってるのはログアウトのことだろう。抜け殻になった体をこの人に任せちゃいけない気もするけど、贅沢は言っていられない。
「最後に……いつから、気付いてた……んですか」
ログアウトボタンに、震える手を伸ばす。
「さぁて、なんのことだかね〜☆」
「はぁ……」
私が死ぬタイミングに合わせてここに居て、知っているかのように話している時点でとぼけても無駄なのに。
追及する余裕はなく、睨みながらログアウトする。




