#40 黒い外套の人
「ふぬぅ…………」
夜、宿屋で伸びをしている。
依頼の報告も済ませ、パナセアさんの冒険者登録も済ませ、昼ご飯を食べてログアウトして、現実でいつも通り過ごし、今に至る。
「さて、行こっかなー」
こっそりマナさんを起こさないように部屋を抜け出す。階段に差し掛かった所でパナセアさんと遭遇してしまった。
「こんばんは、どこかへ行くんですか?」
「まあ軽く、ね」
冒険者ギルドでマナさんやサイレンさんに見られないようにこっそり依頼を受けてたから、それかな。
「お気をつけて」
「そっちも、あんまり無理しないように」
そう言い残したパナセアさんを見送る。
やはり大人だからか、人柄か、鋭い。私がギリギリまでレベリングを図っていたのもバレていたようだ。
宿屋を出て、外の空気を一身に浴びる。
「寒いー」
夏とはいえ、夜はやはり冷える。いや、地理的にはここはヨーロッパだから、夏ではないのかな?
詳しくないから緯度とかによる季節の変遷とかは知らないけど、寒いのは確かだ。
「……厚着すればいい」
「ひぇっ!?」
後ろからボソッと囁くような小さな声が聞こえた。振り向くと、そこには昼頃にすれ違った黒い外套を着た人が居た。
「貴方は?」
「…………そっちが先」
口数が少ないせいか、妙な圧を感じる。
正直苦手だ。
「ミドリです」
「……ネア」
話し掛けてきた割に話を進めるのはしてくれないようなので、私が要件を聞いた方が良さそうだ。
「何か――」
〈どらごん!!〉
嘘でしょ……。植物の分際でしゃしゃり出てきた。ネアさんに飛びかかったのだ。
「……何こいつ」
〈ど、どらごん〉
しかし、ネアさんは難なくガッシリと片手でキャッチし、鷲掴みで握っている。是非ともそのまま握りつぶして欲しい。
「すみません、アホなペットでして」
「……ん、躾大事」
「そうですよね」
ネアさんからアホ植物をいただ――
――――ペシッ
「……懐かれてない」
「何故なんでしょうね…………」
私は弾くくせに、ネアさんにはスリスリして懐きまくっている。これはマナさん並だ。
〈? …………どらごんっ!?〉
「……」
「どうしたんでしょう?」
一瞬何かを考えたと思ったら、ネアさんから飛び退いて逃げてしまった。そのまま宿屋の方へテクテク走っていく。
「……人違い…………あれ、誰に懐いてる?」
「え? えーと、マナさんと言う白い髪の子ですかね」
一応すれ違った時に認識していれば分かるだろうけど、どうだろう?
「そう…………繋がった」
「はい?」
何が? 何から何までが?
この人、全て自分の中で考えて完結させていて読みづらい。
「……その子…………記憶喪失?」
「え、そうですけど」
「……間違いない」
どこから記憶喪失なんて言葉が出てきたのか、さっぱり分からない。一番ありそうなのは、マナさんの記憶持っていた頃の関係者だけど、どうだろうか。
その割にはあまり食いついてこないというか、再会したらもっとアクションがありそうなのに。
「何かマナさんに関して知っていること、ありますか?」
「……ん、でも…………今はやめとく」
「教えて欲しいんですけ――――」
突然、ネアさんに腕を引き寄せられる。
小さめな体に受け止められ、何があったのか確認すると、ネアさんが私の背後から飛来していた矢を素手でキャッチしていたようだ。
「……狙われてる」
「みたいですね」
飛んできた矢は何度も見てきた代物だ。最近多い狙撃だろう。
ネアさんから体を離すと、私を置いて軽やかに走り出した。
「ちょっと、待ってください」
引き止める。
「…………何?」
「追うのは良いんですけど、おそらく集団ですから泳がせたいんです」
「……知ってる」
「あ、そうなんですか……」
何を考えてるか本当に分からないなー!
さっきのムーブは仕留めに行くやつだった気がしたのに。
「……追う」
「はい」
かなり速度を落としてくれているのか、こまめにいちいち振り返って待ってくれる。純粋に身体能力の差が大きいのだろう。
「どうして、手伝ってくれるんですか?」
「…………理由は無い」
絶対あるでしょ。まだ少ししか話していないけど、理由も無しに助けるような善良さは感じられない。
出てきそうになるツッコミを飲み込み、改めてこの人とは相性が合わないと思わされる。
沈黙が訪れ、会話の無いまま走っていると、道の脇からゾンビのような人達が溢れてきた。
「うわぁ……」
「……【死者の饗宴】」
「え?」
ゾンビ達が、一斉に止まった。
操られていたゾンビを乗っ取ったのだろうか?
「……ついて来て」
その一言でゾンビ達がズルズルと足を引きずりながら私たちの後を追い始めた。
「凄いですね」
「ん」
表情まではフードで見えないが、声のトーン的に喜んでいる様子もない。何も読めない人だなー。
狙撃手の後を追って路地裏に入る。
撒こうとしているのか、あちこちへ走り回っているが、ネアさんの行く方へ行けば必ず視認できる場所に出る。
頼れる人だ。
「……ここ」
「これ、通報した方が良いのでは?」
外壁に穴が空いていた。
順番に通って帝都の外に出る。
外側から見ると茂みで隠されていた。
近くに馬を置いておいたのか、狙撃手が馬で逃げ始めたのが見える。
「……面倒」
「はい?」
追跡が面倒になったのかな。言葉足らずで何が面倒なのか分からない。
ネアさんは、その場でしゃがんで何かをつまむ。
小さな蟻だ。
それを優しく投げると、馬になった。
「????」
「……乗って」
「いや、え?」
「…………早く」
「あ、はい」
ネアさんが前、私が後ろとなって馬に乗る。
色々唐突すぎて理解が追いついていないんだけど……。
「さっきの、何ですか?」
「スキル」
「スキルの名前言ってました?」
「パッシブ」
一問一答のように一単語で答えるのは何なんだ……。
「馬に変えるスキルなんてあるんですね」
「……触った生き物…………作り変える」
そんなチートスキルが存在するの!?
普通に無敵では?
……生物限定ならまだやりようは残ってるか。それでも一撃必殺過ぎる。
近接戦闘では最強格だろう。
「それはともかく、あの人どこへ向かってるんでしょう? 明日大会に出るのであまり遠出は避けたいのですが」
「……たぶん、元聖王国」
「元?」
「……最近滅んだ」
「最近なんですか」
王都の王城転覆とかもだし、妙に荒れてる。
「……たぶん…………知り合いがやった」
「えぇ……?」
そんな重いことをことも無さげに告げるのは違和感が凄い。内容と声のトーンが噛み合っていない。
「遠いんですか?」
「……すぐ」
「おー、本当ですね」
ちょうど話題にした瞬間、それらしき場所が見えた。元聖王国とやらは見かけ上滅んだとは思えない程建物が現存している。
「聖王国ってあれだけしか国土無かったんですかね」
「……最小国家」
「へー」
大きさは帝都と同じくらいだ。それ以外は帝国の領土と考えると、国力では帝国が上回っていたのがハッキリ分かる。
「……待ってて」
「え、ちょっ――――」
片手で軽く馬から下ろされてしまった。
そして、ゾンビ達を引き連れて元聖王国へ行ってしまう。
「ならここまで連れて来たのは……?」
何かここで待ってるのも意味があるとは思えない。けど、足でまといなら最初から連れて来ないはず。
意図が読めない。
「ふぅ、逃げ切れた……」
「あ」
「え? あっ」
どこかで上手く抜け出したのか、ネアさんから逃げ切ったと安堵している狙撃手の少女と遭遇する。
その少女は、案の定、ギルドへの道案内と称して暗殺しようとしてきた子だ。確か……ヌテさんだったかな。そばかすが特徴的だ。
もしかして、この人を追い詰めるために私をここに残したのかな?
ちゃんと説明責任を果たして欲しい。
まあいいや。今は目の前のことに集中。
「投降してください。命まで取るつもりはありません」
「っ! まだ負けてない!」
腕に付けたクロスボウを私に向ける。
同時に私はストレージから大剣を取り出す。
「食らえっ!」
「無駄ですよ」
しばしの沈黙の後打ち出された矢を、【天眼】による赤い線の上に大剣を合わせて弾く。
「【縮地】」
「ッ!?」
突然消えて目の前に現れたように見えたのか、驚いて隙だらけだ。
「腹パン失礼します。ていっ!」
大剣ではなく、パンチをお腹に食い込ませる。かなり綺麗に良いのが入れれた。
悶えて倒れているヌテさんの顔の横の地面に大剣を突き刺す。
「私を襲った目的は何ですか?」
「羽根があれば、お母さんは助かるからっ!」
「羽根?」
「天使の羽根だ!」
どうして私が天使だと分かったのか、どんな事情があるのか、聞きたいことは沢山ある。ゆっくり詰問していこう。
「見っけー!!」
視界の端で、赤い線が私の首辺りを通る。
「っ!」
何とか屈んで避ける。
「おー、今のよく避けたな」
黒い髪をした少年が曲刀二本携えていた。
嫌悪感が、全身を走る。
「悪魔、ですか」
そう、少年の背中には悪魔らしい蝙蝠のような翼と、小さな角が生えていたのだ。
「よ、天使。さっきの化け物は無理そうだから、てめぇを狩るとするよ」
気がつくと、私も翼と光輪が出ていた。
「羽根っ!」
その羽根を狙って倒れていた方が飛びかかってくるが、大剣の刃ではない部分に当てて吹き飛ばす。
少しやりすぎた気がしないでもないが、生きているようだし後回しだ。
今は、目の前の悪魔を殺すことが先決だ。
「死ね、悪魔」
「死ね、天使」
種族によるものか、悪魔への嫌悪感で口が悪くなっているのが自分でも分かる。




