#18 【AWO】ファッションリーダー・ミドリです【ミドリ】
「にゃ〜、こんばんは」
ダメだったー。
夕方ログインしたらまだ猫耳と尻尾がついてたときは絶望したね。引きちぎってやろうかと思ったもん。
孤児院から出て、現在は南の大通り手前の路地裏で配信を開始したところだ。
[天麩羅::猫!?]
[らびゅー::!?]
[隠された靴下::ふぁっ!?]
[無子::!!!!]
[カレン::こんばんは〜、猫かわいい!]
[壁::転生したんか?]
[キオユッチ::かわっ!?]
[唐揚げ::ア゛ア゛ァァァ(昇天)]
「転生ではないので、勝手に戻るはずです。それは置いておきまして、今回はタイトル通り服屋さんへ行きます」
[紅の園::ファッションリーダー頑張れ〜]
[セナ::楽しみです]
[枝豆::wktk]
[階段::初心者装備ともおさらばか……]
[燻製肉::楽しみ]
南の大通りは人がそこまで多くなく、快適に店を探せそうだ。
シャンデリア、あれかな。自己主張の激しい店で一瞬で分かった。
周りの店と違って、店頭に光る装飾があって目立っている。オシャレな雰囲気の店のようだ。
「入りましょう」
入店の鈴を鳴らしながら、店頭よりも煌びやかな店内に入る。
見渡す限り、いかにもファンタジーって感じの服が並んでいる。
「いらっしゃいませー」
今回のお買い物、予算は食費をふまえて最大で30,000G。できるだけ安くて長持ちしそうな服が欲しい。
とりあえず最初はざっといい感じのがないか、店内を一周しよう。
「すごぉ……」
入ってすぐの場所に、豪華なドレスが並んでいる。値段をチラッと見てみるが、予算から大きく逸脱している。
次行こう。目を肥やしてしまうと良くないからね。
「お客様!」
「はい?」
突然、店員さんに呼び止められた。怪しい動きはしていないはずなのに……。
「えと、何か?」
「こちらにいらしてください」
手首を掴まれて、連れていかれた先は試着室。
「?」
「いくつかモデルになってくれませんか!」
「貴方は?」
「あ、私はここの店長みたいな感じの者です。キンモクっていいます」
「私はミドリです」
髪は黒いベリーショートで、大人っぽいメイクが美しさを醸し出している。
「で、モデルというのは?」
「是非着て欲しい服があるんですよ! 似合いそうなやつは差し上げますから、お願いします!」
「いや、無料はちょっと……」
何かこういう値上げ交渉から入るのが多い気がする。
「スクショを撮らせていただくのと、着てもらってお時間を奪うので、賃金だと思ってお願いします!」
それなら、まあ、納得できる。
「撮影したスクショはどのように使うんですか?」
「広告として一部使うかもしれません」
「う〜ん…………」
かなり良い取り引きだけどなー、服は基本的に高いからそれが浮くのは有難いし……。
「一つだけ条件があります」
「なんでしょう?」
「広告に使うのは私が許可したものだけです」
「最低一枚は保証してくれるなら全然大丈夫です」
「もちろんです。ではよろしくお願いします」
「はい! まずこれをどうぞ!」
ファッションリーダーのはずが、着せ替え人形になってしまった。
試着室の外にカメラが行ったのを確認して、中で着替える。
最初はゴスロリ。ハッキリ言って私には似合っていない。
「いいですよ〜、見下す視線、お願いします!」
ひとまず要望通りのポーズやらをしていく。
「次はこれです!」
いかにも町娘感溢れる質素な服。
「次!」
スカートの丈が短いセーラー服。
「次いきましょう!」
白と薄緑のフワフワしたドレス。これはさっきの異様に高い列に並んでいた物だ。
「ハァハァ……さいこぉ!!」
キンモクさんが飢えたケモノのようにヨダレを垂らして、息を荒らげながらスクショを撮りまくっている。
多分、この人、あれだ。
変態だ。
自分で仕立てた服を着せて興奮してるヤバい奴だ。触れないとこ。
「それあげちゃいます!」
「え?」
「じゃあ、次はこれで!」
「いやいや、流石にこのドレスは頂けませんよ」
値段的に罪悪感がすごくなる。
「貰ってください。あなた以上に似合う人なんて居ないんです。絶対。未来永劫!」
「えぇ……いや、でも――――」
「次、着てください」
無理矢理押し付けられ、カーテンを閉ざされた。
仕方ないので、ストレージに入れる。絶対着る機会が無いけどね。
「おっ!」
これは良い。次に着る服、我ながらとてつもなく似合っていると思う。
白い肩下までの丈のマント――所謂ケープマント、中は白を基調としてゆったりとした、天使が着てるイメージのガウンだ。
紐などの細かいところは金色でリッチな雰囲気が出されている。
「これ最高ですね」
「うおおおお!!! これぞ、天使だ!」
元々天使なんだけどね。キンモクさんは壊れたように色んな姿勢でスクショを撮り始める。
「これ欲しいです」
「どうぞ!」
即答なんだね。
ともかく、これが私の戦闘服に決定〜!
あとは着せ替え人形の職務を全うするだけ。
「次!」
お次は……軍服のような服。
勇ましくもシンプルなデザインは、戦乙女を連想させる。マントの内側は赤く、いい差し色にもなっている。
こっちも良いなー。
「おお! 素晴らしいです! 戦場に舞い降りた、戦乙女って感じですよ!」
不本意だけど全く同意見だ。
何度も申し訳ないがこれは絶対欲しい。
「これ、欲しいです。ドレス返しても全然いいので」
「両方貰ってください! 次!」
コスプ……お着替え見たさで対応が雑になってきてる。
そうして、更に十数回着替え、遂に解放の時がくる。
「お疲れ様でした〜。いや〜、充実した一日になりましたよ〜」
満足気にお礼を言われる。お礼を言いたいのはこっちだけど、最早そんな気力は無い。
苦痛というよりは、虚無で着替えてそれが残ってるって感じだ。
「本当に貰ってよかったんですか?」
「勿論! また来てください!」
お店を出ると、とっくに日は沈んでいた。
冒険者ギルドが何時までやってるか分からないけど、一応見ていくかね〜。
「いやー、かなり申し訳ないぐらい得してしまいました」
[階段::最高でした]
[カレン::天使]
[あ::貰えるもんは貰っとき]
[芋けんぴ::よきでした]
[ヲタクの友::かっこいいしかわいかった]
[蜂蜜穏健派下っ端::大変そうだった]
[天変地異::向こうがいいならええやろ]
[セナ::値段的に羨ましい]
[酢昆布::よかった]
「あ、皆さんスクショ撮ってないですよね?」
カメラの方を向くと、急にチャットの流れが遅くなった。
しばらく無言の圧をかけていると、流れ始める。
[枝豆::あ]
[紅の園::い]
[ゴリッラ::う]
[スクープ::ぇ]
[芋けんぴ::1]
[ベルルル::1]
[らびゅー::い]
「地味に凄いですけど、誤魔化されませんよ。消せというのは不可能でしょうし、商用利用だけやめてくだされば好きにしてください。悪意のある加工等は普通に訴えますのでご覚悟を」
[壁::はーい]
[唐揚げ::勿論]
[蜂蜜過激派切り込み隊長::了解です]
[ミカン鍋::わかった]
[カレン::分かりました!]
そうこう釘を刺していると、冒険者ギルドに到着した。完全に真っ暗で、誰も居ない様子だ。
「依頼も受けれないようですし、この辺で終わりましょうかね。偶には短めの配信でもいいでしょうし。というわけで、お疲れ様でした」
[あ::ファッション回たすかった、おつ]
[芋けんぴ::お疲れ様〜]
[セナ::お疲れ様でしたー]
[ゴリッラ::おつかれ]
[紅の園::お疲れ様〜]
配信を切る。
カメラが無くなったのを確認して、孤児院の方へ足を運ばせる。
路地裏を通っていると、話し声が聞こえた。
「では、また今度」
「おう、またな!」
背丈は現実でいうところの中学生ぐらいだろうか、ボロ布の服の少年と外套を着ている少女のようだ。少女だと分かったのは、普通に声が女子の高めの声だったから。
「…………」
手を振る少年を背に、少女は立ち止まっている私とすれ違う。
フードをおさえて、顔を隠しながら。
外套の隙間から見えたのは、豪華なフリルスカートの裾。推測だけど、ドレスの裾上げをした部分だと思われる。
見送った少年は目の前の小さな家に入っていく。
「私は何も見なかったー」
一見普通の青春かと思われるだろうが、あの豪華さとコソコソした態度から考えて、身分差のある恋愛的なやつだろう。
まあ少女の素性も全く知らないから、どうこうできる訳ではないんだけどね。
ひとまずこの件は放置で、孤児院へ帰る。
泊まらせていただく側として最低限迷惑をかけないように、音を殺して寝床へ向かう。
「おや」
大部屋の机に、伏せているマナさんが。机の上には紙と羽根ペンがある。
起こさないように、紙に書いてあるのを見てみると、そこには文字の練習をしていた跡が残っている。
記憶喪失と言っていたが、そういうのも忘れてしまったのか。
羅列してある文字のうちに、意味のある言葉がある。
“わたくしはだれ”
会話するには支障が無く、明るく振舞っていたが、やはり本人は記憶が無くて不安なんだろう。
私なんかでは想像がつかない程、知らない人、物ばかりの環境というのは辛いのだろう。
「私にも、何かできたら……」
私がこの子にできることは何だろう?
《良かったらあの子を連れて行ってくれないかい?》
《冒険にだよ。あの子はもっと世界へ飛び立てる、強い子なんだよ》
今日の昼、ブランさんが言っていた言葉が頭によぎる。
冒険に、ね…………。
何かしんみりとした気分になってしまった。一度外の冷たい夜の空気でも吸おうかな。
その前に、近くにあった毛布をマナさんに掛ける。夏とはいえ、夜は冷えるからね。
外に出て、思いっきり深呼吸をしていると、背後で音がした。
「ブランさん、起こしてしまいましたか?」
「いーや、屋根でこいつをふかしてただけだよ」
ブランさんの手にはパイプが握られている。タバコを屋根の上で吸っていて、私が再び外に出たのを見て降りてきたのか。
「で、どうしたんだい?」
「マナさん、頑張ってますよね」
「……」
「そんな彼女に私ができることは何だろうと考えまして、冒険に連れていき、彼女の世界を広げて記憶を取り戻す手伝いをするぐらいしかできないなと」
「子供のくせに、よくもまあ、そこまで頭も口も回るね」
「言葉に出すことで、自分でも知らなかった本心が出てくることもありますから、頭はそんなにですよ」
「そうかい……」
冒険に連れていくとなると、守る力が必要になる。依頼を受けなくてもレベリングするのは禁止されてないのだし、プレイヤーの多くはしているだろう。
私も今からレベリングしようかな。
「では、この辺で――」
「待ちな」
行こうとしたところを呼び止められる。
そのまま、外にある腰掛けベンチへ誘導される。
私はベンチに座り、ブランさんは向かいの木にもたれ掛かる。
「火種よ、『プチファイヤ』」
パイプの近くに小さな火が現れ、タバコとしての機能を発揮する。
「…………ふぅぅ」
ブランさんの口から、溜め込んだ何かと一緒に煙が吐かれる。
「お前さんは全部抱え込み過ぎだ」
「そんなこと――」
「ある。それが人柄なのか、種族柄なのかは知らないがな」
「私は…………」
「ったく」
ブランさんの手が、目線の下がった私の頭に乗せられる。
「お前さんも子供なんだ。しっかり寝ろ。無茶していいのは、老い先短い老いぼれだけで十分だ」
それだけ言い残して、聖堂に戻ってしまった。立ち去る瞬間の瞳には、どこか哀愁が漂っていた。
「……………………寝よ」
この気分で生き物を狩るなんて、生き物にも失礼だし、また吐く気がするから。
素直に従うのが何だか癪で、そう言い訳がましいことを考えながら、寝床に戻った。




