#103 【AWO】首都シンパルクはいい町です【ミドリ】
肌を撫でる爽やかな風、外に出した髪がまるで戦に赴く旗手の旗のようにうねっていた。
「どうしたっすか? 急に黄昏れて」
「あぁ、大したことではありません。少しばかり戦国時代の武将の気持ち――大和魂が遺伝子からのぼってきまして」
「????」
かっこつけて話してはいるが、私も何言ってるのか分かっていない。
いわゆる脳死トークである。
現在、私たち〘オデッセイ〙は急遽決まった拠点移動のため、乗合馬車に揺られていた。
馬車には定員があって人数調整で私とマナさんだけ別の馬車になったが、これはこれでデートみたいなものだ。他のお客さんも居るのであまり騒げないのが少し残念。
「あっ! 見えてきたっすよ!」
「お、案外近いんですね」
ファンタジー世界の馬車といえば、やはり盗賊イベント。しかしそんな正義のエゴイベントもなく、快適な馬車旅であった。
馬車の揺れも酷くはないので、文明の力を感じる。
町を区切る壁は見えない。
今まで見てきた首都のように壁で覆われた街とは違い、地続きの国なのが分かる。
王国や帝国のように人の住む場所だけ整備するのではなく満遍なく文明レベルを高めているようだ。
「今更なんですけど、公国ってどういう政治体制なんでしょうね」
「たしかに知らないっす」
「お嬢ちゃん達、旅人か?」
マナさんと雑談を始めようとすると、空気の読めないおじさんが割り込んできた。顔に傷が入っていて野性味溢れる男性だ。この人が盗賊だと言われても驚かない形相の悪さである。
私とマナさんの時間を邪魔するなんて万死に値するが、彼の言い分も聞いてみよう。
「おわぁ、怖いな。怪しい顔だが、話しかけたのはただの親切心だから睨まないでくれ……こう見えて気が弱いんだ…………」
「あ、すみません」
「人は見かけによらないんすね」
それでも、密室な空間で話しかけられたら私だって女の子の端くれだから怖いのだ。相手は強面だから尚更。
「見せかけだけでも威厳はあった方が良いんだが、こうも怖がられるとなんだかなぁ……ゴホンッ! 改めて自己紹介をしよう。俺はコブエルだ、よろしく」
ボソッと丸聞こえな独り言を呟いてから、コブエルさんは人のいい笑顔で挨拶をした。私たちもそれに応じて軽く名乗ると、早速本題に移った。
「その様子だと何も知らないだろうから成り立ちから話すが、公国はもともと王国の海側を守るために当時の国王に任された、バレイン公がつくったのが始まりなんだ。国を興したのが王の命令か公の意思かは分かっていないが、二、三世代は属国としての役割を果たしていたが――――」
隙を与えてしまったようで、延々と語り始めてしまった。適当に相槌を打って聞き流す他ない。
それから遮る隙もなく喋り倒したまま、シンパルクに到着してしまった。
「ふぅ、無駄に疲れました」
「元気な人っすね〜」
コブエルさんと別れ、サイレンさん達と合流するためにキョロキョロと周囲を見渡す。
ざっと見た感じ、首都と言うだけあってペルダンより諸々の整備は行き届いている。
しかし、それほど差は無いので文化レベルを統一しようとしている、という推測は当たらずとも遠からずかもしれない。
「おーい、お待たせ!」
「すまない。作業用具の片付けをしていて遅れてしまった」
「全然平気っすよー」
「あれ、シフさんは何処へ?」
三人で乗っていたのに消えている。
分身なのだからついてくる必要はないのだが、わざわざ暇つぶしでついてきていたはずだ。
「さあ?」
「いつの間にか居なくなっていたから私も知らないのだよ」
「そうですか……ま、あの人は放っておいて観光と宿探しといきましょうか! 久しぶりに全員揃ったわけで…………あの、マナさん」
「?」
「どらごんが居ないんですけど」
「本当だ、いつもベッタリだったのに珍しいね」
「結構前からいなかったはずだが……?」
「あー、こないだ時計塔に行く途中で行方不明になったままっす」
時計塔ってことは、イベントが始まる前のデートか! 確かに今考えると途中から消えてたな……。
「大丈夫ですかね?」
「あの子は強いっすからね。たぶん反抗期なんすよ。気にしないのが一番っす」
マナさんがママになってる――!
つまりママナということだ。私もおぎゃりたい。
「落ち着いたら帰ってくるはずっすから今は観光っすよ! れっつらごーっす!」
「そうですね。ゴーゴー!」
「こらこら、走ると危ないよー」
「微笑ましいな…………」
◇ ◇ ◇ ◇
「――と、いうわけで皆さんこんにちは。いつもアイムファインで外国人との会話を乗り切る系天使のミドリです」
[無子::どういうわけなんだ?]
[キオユッチ::みんなと居たって話から何故そうなる?]
[天々::あっ(察し)]
[芋けんぴ::迷子(定期)]
[カレン::はぐれたのね]
そう。
元気にワイワイガヤガヤと観光に出発してのんびりしていたら、突然服屋さんのタイムセールが始まり、人ごみに呑まれてしまって今に至るというわけだ。連絡をしてみたけど初めて来た都市で、景色も似たようなものばかりなので合流できないでいた。
「道端の主婦の群れによって私以外迷子になってしまいましてね。私以外」
[セナ::なるほど?]
[あ::何か主婦の群れという単語に妙なルビがふられてなかったか?]
[草::(大事な事なので二回言いました)]
[壁::迷子はお前定期]
マナーに配慮してちゃんと路地裏で配信を始めたが、情報の伝達のために表通りに出る。
パナセアさんとサイレンさんに配信を見てもらって私の位置を把握してもらい、合流を図る作戦なのだ。スクショだけでもできたが、折角の新しい町なので楽しんで欲しいというサービス精神で配信を行っている。
つまり――、
「別に今すぐ配信を終えてもいいんですよ。私になんちゃら与奪のソードを握られているのをお忘れなく」
[階段::やめないで]
[タイル::生殺与奪の権?]
[供物::魔剣みたいに言うやん]
[紅の園::許して……]
チャットと戯れてひたすら待つ。
私の方からも分かりやすそうな場所へ移動しようと思ったが、サイレンさんに「動くな」とかなり高圧的に言われたのでここで待っているのだ。
迷子になりやすい人が動くと一生合流出来ないらしい。迷子と決めつけられているあたり、大変不名誉である。
「暇ですし皆さん、しりとりでもしましょうか。では私から。ハゲ」
[誰かの椅子になりたい::喧嘩売ってない?]
[味噌煮込みうどん::おいこら]
[枝豆::下痢]
[鉄火のり::キレそう]
[焼き鳥::ゲーム]
「はぁ……皆さんセンスないですね。つまんないのでやめます。私の勝ちということで、滝行でもして煩悩とカツラを洗い流してから出直してください」
[壁::えぇ……?]
[あ::自由やなー(白目)]
[リボン::カツラって洗えるの?]
[歯医者のサン::今日は毒舌気味だね]
やることが無くなってしまったので、路地裏に転がっている樽に腰をかけて道行く人々を眺める。
いい塩梅の活気で、住人の人達の笑顔で溢れるいい町。
――燃えている。笑顔で溢れていたはずの町が悲鳴と絶叫で染まっている。
「――――ぇ?」
目を擦ると、また普通の平和な町並みに戻っていた。
目の錯覚か、あるいは疲れているのか。はたまた別の要因か。
[死体蹴りされたい::どした?]
[味噌煮込みうどん::ん?]
[セナ::?]
[あ::汗すごいぞ]
[階段::なんかうっすら目が光ってなかったか?]
今の異変は視聴者さん達には見えていなかった様子だ。
そして気になることも書かれていた。
私に関する目の事情といえば【天眼】だが、線などの補助的なものしか効果はなかったはずだ。今回のは系統が違う……気がする。
「はぁ、はぁ……何なんでしょう」
息を整える。まずは落ち着いて整理――
「そこな女性」
「うぇっ!? あ、私ですか?」
まさか通行人に話しかけられるとは思っていなかったので、変な声が出てしまった。
「あぁ、気分でも悪いのか?」
「……少し眩暈がしただけです。お構いなく」
目の前に屈んでいる人は頭だけ鎧で固めていて、とても怪しい。
首から下が動きやすそうな恰好で、背中には弓を背負っている。声はあまり低くないが男性のそれであった。
「しかし、この町は初めてなのだろう。具合の悪いときに慣れない環境では心休まらない。ここはひとつ護衛として見守っていようではないか」
「確かに、そうで…………待ってください。貴方、なぜ私が初めてこの町に来たばかりだと知っているんですか?」
「あ」
「……」
「ち、ちちち違うぞ。吾輩はたまたま同じ馬車に乗ってただけで何も知らぬ! 尾行なんてしていない!」
「まだそこまで追及してないのに自爆しましたよ、この人。てか普通にストーカーじゃないですか」
そうと分かれば私のとるべき行動は一つ。
「【スタートダッシュ】、【ダッシュ】!」
逃げるんだよー!
◇ ◇ ◇ ◇
「ぜぇ…………おぇ、はあ……」
ありえない。どこまで逃げても必ず視線を感じる。
やはりプロのストーカーだったか――!
「はあ、ひい、ふう。しかし、どうしたものですかね」
[燻製肉::しつこいな]
[異界行きエレベーター::移動して大丈夫?]
[バッハ::攻撃しとくか]
[ジョン::お巡りさん呼ぶのがいいのでは]
藁にも縋る気持ちでコメントを見て気付いた。
「このままではマナさんたちと一生合流できないじゃないですか! ど、どうしましょう!?」
「お困りのようだね☆」
「シフえも○! 不審者をなんとかしてマナさんたちと合流もさせておくれ〜」
「……! まさか本当に頼られるとは思わなかったよ☆ 嬉しいものだね☆」
「さっさとお願いします」
「アイアイマーム☆」
シフさんはそう言って、陽気にどこかへ走り出してしまった。何なんだあの人?
「まったく、誰がマムですか。私はまだガールかレディの年齢なのに、失礼な……」
「ただいま☆」
「はやっ!?」
正面に走っていったのに何故か背後から帰ってきた。私が頼む前からやってなければ不可能な早さである。
「ほら、お土産☆」
「離せ! このこの……! 吾輩を誰と心得ての狼藉か!」
シフさんが、首根っこを掴まれてあたふたしているストーカーを見せてくれる。受け取りたくもないし、どうしろというのか。
「いりませんから上手いこと処理しておいてください」
「殺っちゃう?」
「え!? 吾輩死ぬの?」
「………………まさか。私がそんな指示出すとでも?」
「だよねー☆」
「今すごい間があったぞ!?」
「まぁ無難に今後つきまとわないのを約束したら解放しようか☆」
「じゃあそれで」
「そうか……仕方ないな。この場は諦めよう。しかし!」
シフさんに捕まったまま、こちらに指をさしてきた。
無言でその指を戻させてグーにする。
「なぜしまった!?」
「人に指を向けるもんじゃありませんから」
「くぅ、正論だ……。っと、話しは逸らさせないぞ。この場は引き下がるが、吾輩とお主は運命の間柄。引き裂かれることなど――」
「シフさん、それ遠くへ捨ててきてください」
「任せて☆」
再び走り去った。
最後まで喚き散らしていたストーカーのことは忘れよう。次遭遇したら、であいがしらエンジェルフックを放つと心に決めて。
「おーい、ミドリさーん!」
「マナさん!!」
背中越しに聞こえたアロマセラピー効果のある声に、脊椎反射で返事をする。マナさんを先頭に、いつものメンバーと、見知らぬ人が居た。
「えっと、そちらは?」
「似たような町中を探すのは骨が折れてね。親切な人が手伝ってくれたんだ」
「だね。助かった」
「ここに結構いるらしい、コガネさんっす」
「どうも、こんにちは」
イントネーションから訛りを感じる。
この人、プレイヤーか。
「こんにちは、初めまして。皆さんがお世話になりました」
「誰のせいっすかね」
「ええよええよー」
失礼しますぅー、と去っていく全身をコートで隠した怪しい親切な人。
言い慣れない標準語を使っている感が漂っていた。
「一体彼女の本来のしゃべり方は何弁のなのか……つづく」
「ミドっさんはそろそろ色んな点で反省すべきだと思うよ。主にボケの多さとか。さすがに拾いきれんのよ」
「ひどい! サイレンさんが私なんていなくなれって……!」
「鬼畜っす!」
「世界征服を頼んだ方が実現しやすいのでは?」
「いや、ミドっさんは存在意義を他にも見出して! マナちゃんはどこでそんな言葉覚えたのさ! そしてパナセアさんは突然何言ってんの!? てかいっぺんにボケないで!」
全部拾っていくとは、これが成長か。私も更なる高みを目指さないとね。
不思議な感傷に浸りつつ、観光に戻る私たちであった――




