#101 親子の時間
「いったぃ…………」
全身がほどよく痛む。
――寝落ちしたみたいだ。
道理でいつもより汗がすごいわけだ。
「ふぁあ~」
欠伸をしながら壁に掛かった時計を見ると、既に時刻は朝九時を回っていた。
この時間ならお母さんも起きてるだろうし……というかリビングから声がバッチリ聞こえる。趣味でやってるコスプレ配信のせいだろう。
――いい加減防音室を作るべきだと思う。
「汗拭きたいです、っと。よし」
スマホを置いて天井を眺める。
私が配信を始めたのを見つけて自分もやると言い出したときは、恥ずかしいのと心配で胸がいっぱいだったが、そこは私の母親。割と上手くいっているようで元気に今も活動しているらしい。それ以前に、いい歳した母親がコスプレしてはしゃいでいるのを見る娘の複雑な気持ちを考えてほしい。
お母さんは美人さんだから人気になるのもごく自然なことではあるのだけどね。
「そんな素晴らしい遺伝子を受け継いだ稀代の美少女とは私のこと……なんてね!」
「あらあら~」
調子に乗っていた姿を扉の隙間から覗いている目が一つ。
「…………お母さん、配信していたのでは?」
「優先順位くらいわきまえているわよ。ねぇねぇ、そんなことよりさっきの自画自賛って――――」
「あー! 汗がすごいから手が滑ってスマホ投げるかもしれません、気を付けて!」
「何も聞かなかったことにするけど、私のことはもっと褒めてくれていいのよ?」
本当に親には勝てないなと思わされる。
そんなこんなで、ぐだぐだと適当な絡みをしながら汗を拭いてもらう。
「最近、どう?」
「何についてですか?」
「んー、例のゲームの調子とか、あるじゃない?」
「調子なんて言われても、いい感じに頑張ってるとしか」
楽しいことも辛いこともあるけど、それがあのゲームの醍醐味。あれは本物の異世界と言われても信じられるリアリティだからね。是非ともお母さんにもやってもらいたいけど、そうしたら絶対ドはまりしてしまって日常生活に支障をきたす。ソースはもちろん私である。
「友達、できた?」
「まあぼちぼち」
「それは良かったわ。あまり干渉し過ぎたくないから口は出さないけど、友達は大事にしなさいよ。あ、でも恋人ができたらちゃんと紹介してね」
「はぁ……私がそういうのに興味がない、というよりする気になれないのは知ってますよね?」
背中越しに、気持ちで睨んでおく。
私の身体も大きな理由としてあるが、それ以上に――――
「たしか、気持ちの問題だったかしら?」
「そうです。私から恋をするなんてことはないですし、誰かと付き合うなんてのもありえません。私はまだ、零さんのような強い人間になれていないので……」
「んぅ~、それは厳しくて遠い道のりね。でも、翠」
「はい……っ!?」
返事と同時に背後からそっと抱きしめられる。
その腕は私と同じで華奢なものであったが、優しさだけでなく確固たる何かを孕んでいた。
「えっと??」
「実の母親より尊敬しているなんて、妬いちゃうのよ」
「…………子供ですか」
「子供に言われたくないでーす」
面倒な母親だ。
――でも、大切で唯一無二の親でもある。
「はいはい、ちゃんとお母さんのことも少しは尊敬してますよ」
「雑!?」
「さて、汗も拭き終わったみたいなので朝ご飯お願いします! 昨日ほとんど何も食べてなくて飢え死にしそう!」
「昨日食べなかった分残してあるんだけど――」
「それとプラス目玉焼きで!」
「合点承知の助~」
ふっるい言葉だという指摘を飲み込んで、走って部屋を出ていくお母さんの後ろ姿を眺める。
私と同じ、茶色の混ざった髪はキラキラと朝日に照らされて輝いている。
「――いつか、マナさん達を紹介しますよ」
もう聞いていないだろうが、無意識のうちに、そう口からこぼれていた。
そして、呟いてから気付いてしまう。
他の人はともかく、マナさんはあの世界の住人。
お母さんがゲーム内に行かないと直接の紹介はできない。
私の苦悩は加速する。
例えば、私が大人になってどうしようもなく忙しくなったりしたら。
例えば、ゲームのサービスが終了したら。
その時は、離れ離れになる。一生の別れになるかもしれない。現実で生きる人よりはその縁が戻ることはないだろう。
「――」
まだバリバリ元気に仲良くやっているのだ。今考えてもどうしようもない。
気持ちを切り替えるために軽く頬を叩く。
乾いた音が鳴ったが、それは私の心が乾かないための荒療治なので、
「ノックもせずに思春期の娘の私室を覗くんじゃありません!」
「あ、バレてた。てへぺろ♡」
そんなに心配しないでほしい。
貴方の娘なのだから、貴方が思ってるよりタフネスなのだ。




