#75 【怠惰】な鍛冶師
「何です、これ?」
「座ってー」
「……はい。失礼します」
数分歩いて到着したのは、黒いベッド。
ポツンと置かれたむき出しの寝床だ。
こんな巨人蔓延る奈落で踏まれていないだけで奇跡を感じる。
そこに腰をかけるように言われたので、ゆっくりと腰を落とす。
「なん、ですか? このベッド……眠くなるんですけど」
「【怠惰の臥榻】」
私の向かいに同じベッドが現れて、そこにキャシーさんが飛び込んだ。
彼女のスキルなのか。怠惰とか言ってるし、眠くなる効果でも付いているのかもしれない。
――怠惰?
大会で戦ったマツさんの“謙譲”、連合国八鏡のトゥリさんの“慈愛”。これらの対義語として存在するのはあってもおかしくないけど……。
「これ、本当はすぐに寝れるー。でも、天使が近くにいるから効果が弱まってる」
「そうなんですか」
確定に近いなー。
あの二人、天使になってたし、その反対なら効果が弱まるのも納得がいく。
巨人を瞬殺したこの人に私が勝てるかは微妙だけど、念の為警戒は緩めないでおこう。
「だから、起きた。フワァア……」
「すみません。私も早くここから出たいんですけど、道が分からないので困っていたんです」
欠伸を聞いて申し訳なくなる。
不可抗力ではあるのだけど、睡眠の妨害は心苦しさが半端ではない。
「ここから出る道、知ってます?」
「知らなーい」
「そうですか……。ちなみに、貴方は何故こんな場所にいるんですか?」
理由は分からないが、先程より会話が許されているので同じ質問をしてみる。
「ここは、静かだからー」
「?」
「寝やすい」
「えぇ……」
そんな理由でここにいるのか。
何というか、マイペースな人だ。
「気に入ったー」
「はい?」
唐突に無表情で手招きを始めた。
首を傾げながらベッドに沈んでいた腰を上げて近寄る。
「【怠惰の夢路】」
「はぅぇっ!?」
私の額の前に手がかざされる。
見知らぬ光景が、流れ込んでくる――
◆ ◆ ◆ ◆
『ここは一体……って薄っ!?』
自分の体がスケスケになっていて、どこかの村の空に浮かんでいる。のどかな農村だ。
辺りを見渡すが、キャシーさんは見当たらない。
どういう状況なんだろう?
「いってくるわね」
「ああ、気をつけるんだよ」
真下にあった家の玄関で、夫婦がそんなやり取りのあと軽く口づけをしている。
『あの人、キャシーさん?』
少しイチャイチャしてから出発した奥さんは、キャシーさんの姿そのまんまだ。
余計混乱してきた。
ここはどこでいつの光景なのか。
おそらくスキルで記憶を見せているとかだとは推測が立てられるけど、全く老けていないせいで時期が全く想像つかない。
ゲームの強制スクロールのように無理矢理体が動かされていく。どうやらキャシーさんの周りにしか動けないようだ。
『あのー、聞こえませんかー?』
体の動かし方が掴めてきたので話しかけたり触ってみたりするが、一切反応は無い。触っても通り抜けてしまうから、こちらから干渉はできないみたいだ。
面白い体で遊びながらついて行くと、鉱山と思われる場所に到着した。
それからキャシーさんは忙しなく動き始めた。
付近の岩から鉱石を掘り出して設置されていた鍛冶場で真剣にそれを打つ。
完成品を置いてある棚にはスプーンやら鍋やらの日用品が。どうやらここで何かを作っているみたいだ。
『この荒さはファンタジークオリティかな』
キャシーさんが黙々と作業をしている隣で棚を覗く。
私がこのゲーム内で見てきた食器はそれなりに整っていたが、ここにあるのは粗悪品ばかり。
綺麗に磨ききれていない上に、凹凸が酷いことになっている。素人が作った物なのは明白だ。
『これもキャシーさんの? いや、それはないか……』
全て同じ人が作っていたら多少なりとも腕が上がっていてもおかしくないのに、どれもこれも残念な出来だ。それに失敗の仕方がどれも違う。
『もしかしたら不良品置き場なのかもねー』
ここにあるということは使われていないということ。失敗作だけ置いてある線が濃厚かな。
今までの考えをまとめると、ここはあの村の共有鍛冶場ってところか。あの規模の村だと職人が居ないとか普通にありそうだ。
「全然ダメ……!」
そんなこんなでフワフワと浮いてると、キャシーさんが出来上がった物を投げ捨てた。
『どれどれ〜、これは……うん』
ヨレヨレの金属棒。
簡単にポキッといきそうな歪な形の物だ。
『何作ってるんだろう?』
また採掘に向かったキャシーさんを眺めながらボヤいていると、突然キャシーさんが高速で行き来を始める。
この感じ、タイムラプスか。
微かに入り込む陽の光が消え、差して、消え、また差した。
『三日ぶっ続けで!?』
観察していたが、その間キャシーさんは水を飲むくらいで食事も睡眠も無しで動き続けていた。
そこまでして、何を作ろうというのか。
「フフフッ……」
『うわぁ、壊れて――は?』
「【怠惰の黒炉】」
鉄鉱石か何かを、黒い火が包み込む。
『っ!』
この感覚。
あの時と同じだ。
帝国で悪魔のプレイヤーと遭遇した時の疼きだ。
種族的な本能が、目の前の彼女を殺せと囁いてくる。
キャシーさん自体はただの人間だ。
おそらく今、彼女には悪魔が憑いている。
『はぁ……すぅぅ! ふへぇ〜』
深呼吸で鎮める。
どの道ここでは私は何もできない。
この場所のルールを知らない本能にそう言い聞かせる。
「できたー」
目を離した隙に、キャシーさんは二つの物を作り上げていた。
いかにも西洋風な剣と、小さなナイフ。
ルンルンとスキップすることもなく、帰っていく。
『さっきのキャシーさんよりはダルそうな目をしてないのに、なんでこっちの方が悪魔臭が強いんだろう……?』
元のキャシーさんの方で嫌悪感は無かった。少なくとも私が気付くレベルのものではなかった。
不思議だ……。
『そもそも、これって何のために見せられてるの?』
根本的な疑問に答えるかのように、再びタイムラプスが始まった。




