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引き算により、出る杭、後、塔

それから十日後。

その日、ノースタッド修道院のあるアリーナの町は大騒ぎになった。


「やはり君だったんだな。グレース……」


案内役のグレースが顔を上げることを許可されるやいなや、感極まったように王子が声を震わせた。


「スティーブン殿下……お久しゅうございます」


グレースは、そっと目を伏せた。その様子は実に謙虚に慎ましやかに見えた。グレースが必死に『属性の大渋滞!』と叫びたい葛藤と戦っていることは、誰にもばれなかった。

そもそもこの世界の価値観で、水色の髪の上の犬耳と小さな妖精のはねと牛の尾をパタパタさせているメガネ男子は感嘆や憧憬以外の視線を向けられないのだから、ばれようがないのだが。

ともあれそんな麗しい王子が、一修道院の若い娘にわざわざ会いに来たこと。そしてその娘が元貴族で、婚約間近の間柄だったこと、そのせいで周囲の妬みを買い襲撃を受けてほとんどの属性を失ったことは、一夜にしてその町のみならず都の社交界中に広まった。

そうなれば、このノースタッドの修道院の注目は否が応でも高まる。単能力、無能力と蔑まれてきた者達の驚異的な力の強さもすぐに知れ渡った。

引きも切らず訪れる視察、そして王子に取り入りたい者達による寄付。また、王子の寵愛が片田舎の小娘に与えられることを危惧した者達の、襲撃。

すぐに王子は自らの軽率さを理解し、修道院の治安維持のため私兵を投じようとしたのだが、当の娘がそれを固辞したとか。しかし、何故か彼らは高い防御力を有し、襲撃は全て大した被害を出さずに片付けられたとか。

それもまたさらなる噂を呼び、傲慢だという者あり、謙虚だという者ありの大ニュースとなった。




高い土塔の上、彼女はきっと、耳をぴんと立てて座っている。

時は深夜。ちょうど月の無い今夜、明かりもない建物の内部では、目の前に伸ばした自分の手より先のものは、闇に沈んでしまう。まあ、それは人の目の場合の話で、人間よりも良い夜目を持ったものには、どうということもない闇かもしれない。

それでも、バートにとっては手探りで昇るしかない暗さだ。やっぱりけちらずにランプをもってくればよかったと少しだけ後悔するが、ここまできて戻るのもしゃくなので、昇り続ける。

土魔法の単能者たちが7日ほど前に新設したこの塔は、急拵えだが頑丈な壁の内部に緩やかな周り階段を備えている。そのおかげで、壁づたいでなんとか昇ることができるのだ。


「どうしたの?バート」


頂上にたどり着くと、同時に問われた。

誰、と聞かれないのは、足音で区別ができているからだ。それはこの場合、親しさの証明でもなんでもなく、ただ彼女の聴力の良さによる。


「とにかくこっち。危ないから」


誘導しようと手を引っぱるので、逆らわず促された場所に腰を下ろす。腕に触れた手にびくっとしたのはバートだけで、彼女は全て見えているし、聴こえている。

だからグレースは心配しているのだ。無能力のバートには、闇夜に階段を見落とさない目も、落ちても身を守る羽も魔法も、何もないからと。その心配にバートは、胃がムカムカするのを感じた。けれど、手を繋いでいる事実の方が大きくて、不問に処すことにした。


「それで、どうしたの?」


隣に座り込みながら、グレースが聞いてくる。


「いや。休めって、言おうと思って」


直球を投げると、グレースは身動ぎしたようだった。


「大丈夫だよ。私は猫の属性持ちだもん」

「はぁ?だから何だよ。いくら目と耳が良くても、疲れないわけないだろう」

「あれ、知らないの?猫ってもともと、夜行性なんだから」

「馬鹿か。夜行性ってのは夜起きて昼寝るんだよ。だったらお前、せめて昼間は寝てろ」


あっさりばっさり切って捨てると、やたら明るい声を出していたグレースも、さすがに黙った。


「見張りくらい、他のやつでもできる。昼なら俺にだってできる。お前一人で何もかもやる必要、ない」

「……あるよ。必要、ある」


意固地だ。

バートはため息をついた。しかし、グレースがこう答えるだろうという予想はしていた。

あの王子登場の衝撃後、この土塔の建造他いろいろ防御策を強化して来たが、一昨日の夜、とうとうボヤ騒ぎが起きた。それから、グレースは一睡もしていない。


「どうせ、『私が王子を呼び寄せちゃったんだから私が責任とらなきゃ』とか言う気だろ」

「……何それ、全然似てないし」


こういう返しをしてくる時点で図星と認めているようなものだ。

グレースには、元々何もかも背負い込みたがるところがある。周りに心配をかけず、自分が解決しようとするのだ。それは彼女の元貴族という育ちからくる知識や、これまでに彼女がノースタッドに及ぼした影響を英雄視した周りがそうさせる部分もある。中にはグレースよりもずっと年上なのに、グレースを精神的に頼りにしている者もいて、襲撃から逃れてきた避難者など、まさにそれだった。たった一人の少女が一度にたくさんの人間の人生に責任を負うなんて、無理に決まっているのに。おまけに魔道機械でもないのに、一人で丸1日修道院の安全を守るなんて、正気ではない。それなのに、何故か当のグレースが、それを自分に課そうとする。

バートにはそれが歯がゆい。頼ってもらえないのが、無性に悔しい。だから、自然と口調がきつくなる。


「お前ごときが王子を動かしたとか思ってるんじゃないだろうな?あんなのただのお偉い人たちの気まぐれだ。そんで、襲ってくる奴らは元々俺たちのことが気に入らないんだ」

「……えー?……」


返事の速度が遅れて、ああ泣きそうなんだなと悟る。

そこでバートは、思い切りでこぴんを食らわした。

「いったっ!信じらんない、ふ、普通こういう場面ってハンカチ差し出したり、するもんでしょ?それをでこぴんって、鬼?」

「どこの坊っちゃんの『普通』だよ。ハンカチなんて持ってねぇわ」


グレースはまた、信じらんない、痛い、とぶつぶつ言いながら涙をぬぐった。その涙を、誰も見ていない今くらいは思う存分流させてやりたいと、バートは思う。だからって物理的に泣かせるやり方がスマートでないのは承知だが、そんな風にしか出来なかった。

しばらく隣から聞こえてくる静かな泣き声を、じっと聞く。こういうときはいつも何かしてやりたくなるけど、何も出来ないから、バートは黙って自分の腕を握りしめる。これも、いつものことだ。

そうしてしばらく口をぎゅっと結んで耐えていると、グレースの呼吸がいつも通りに戻ってきた。バートのなんの変哲もない耳でも、そのくらいは聞き取れる。


「お前が戻って寝ないなら、俺も絶対寝ない」

「止めて。無駄に二人起きていたって、そんなのなんの意味もないよ」


猫の属性を持ち目と耳の良いグレースからすれば、こんな闇夜にただの人のバートが寝ずの番をしても意味がないというのは当然だ。けれど、グレースが止めるのは、多分バートの健康の為だ。


「じゃあ、俺は今ここで寝る。日の出の時刻なったら俺の目でも見張れるから、交代してお前が寝ろ。死ぬ気で寝ろよ。じゃなかったら、俺も明日一睡もしないからな」

「死ぬ気って……寝るのにそんな気合いなの?」

「当たり前だろ」


呆れたような涙声。でも、小さくありがとうという囁きが続いた。バートはそれでとりあえず落としどころとして、その場で横になった。

翌日体がバキバキになろうと、寝不足でベン爺にドやされようと、それなら出来る。それしか出来ないから、それだけは、絶対に、するのだ。


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