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ゼロからの出発1

誤字報告をいただき、ありがとうございます!久々にも程がある投稿にも関わらず、目にしてくださる方がいるのだなあと嬉しくなりました。


「良いことがあれば悪いことだって当然起きるものさ。気にしなさんな」




グレースは、慰められて俯いたまま頷く。




「冷静じゃなかったわ……私……」


「もう!それは言いっこなし!」




モリーナに背中を叩かれて歩きだしても、落ち込んだ気持ちからは浮上しない。


ことは、数刻前。


グレースは、大口の顧客になりそうだったあのマクレガー商会の令嬢を怒らせてしまったのだ。


またやってきていた彼女が、作業中のバートに『だーれだ』のいたずらを仕掛けようとしたのを本気でとめ、口論になった。挙げ句、場所を移して再度抗議してきた彼女から、『取引の話は白紙に戻す』と言われてしまった。


危ないから止めた、それは当然のことだ、と皆が慰めてくれた。


けれども、当のグレースは知っている。止めたのは危ないからという理由だけではない。半分以上が、個人的な嫉妬心だと。嫌だったのだ。かわいらしい彼女が、バートの肌にふれるのが。


そんな不純な自分に気付いているから、その後の口論にもうまく対応できなかった。それで自己嫌悪に陥っている。




「本当に、ごめんなさい。せっかく、無属性は売りになるって言ってくれていたのに……」


「結局、品質が本当に認められたんなら、お嬢様一人がどう思おうが商談は続くし、そうでなかったなら、そもそもそこまでの品だったってことだ。お前が気にすることなんて、何もないだろ。なあ、ベン爺」




バートは全く表情を変えずに言いきり、ベンも、また深く頷いた。


それを見て、また鼻がつんとしてきて、グレースは慌てて作業場を出た。


いつもより人の多い修道院内には、一人になれる場所が少ない。寝室はジェシーたちと一緒だし、中庭も裏庭も人の目がある。それで、グレースは土塔に上った。この時間は見張り役がいないから。


上りきると、賑やかな人の気配も足下に遠ざかる。壁にもたれて座り込んで、やっと泣く準備が調った。


膝に顔を埋めてしばらくじっとしていると、バートが来た。気配を消すような歩き方だけれど、グレースの耳にはすぐに誰だか分かる。


来るのが分かっても、逃げられないのがこの場所の弱点だ。


ここを選んで失敗した。でも、追って来てくれたのがバートで、嬉しい。そんな反省のない自分に、落ち込みの原因を忘れたのかとまた嫌気がさす。




「なあに?大丈夫だから、戻ってよ」




声だけ調えて、精一杯明るく言う。


失敗。バートは返事をしなかった。


無視されて、今度は別の意味で涙が溢れてきそうだ。もう、歯を食い縛る他、グレースにとれる方法が浮かばない。




「……ん」




グレースの敏い耳は、声と一緒に、衣擦れの音を拾う。バートの動きが気にならないわけがなく、結局恐る恐る顔を上げてしまった。


すると、彼は、なぜか斜めの方向を向きながら、こちらに手を突き出していた。


差し出されていたのは手拭いで、グレースは思わずポカンと口を開けてしまった。キョロキョロと持ち主とそれを、見比べると、視線に気づいたバートからは、心底嫌そうな顔をされた。




「要らないのかよ」


「いや!要る!使うからッ!」




引っ込められかけた手拭いを引ったくるようにして受け取ると。顔を押し付けた。ふわりと、清潔な石鹸の匂いがした。




「……汗臭くない」


「なんだよその感想」


「いや、使ってないものだと思って」




残念、なんてちょっとしか思っていない。




「なんでコレ、使ってないの?」


「なんでもいいだろ」




それから、そっぽを向いたバートがぼそりと呟いた。




「ハンカチくらい差し出せって、前に言ったろ」




そんなことを覚えているとは、想像もしていなくて。手拭いだけど、なんて付け足しているバートに、グレースは大笑いをしてしまった。胸がぽかぽかして、顔が熱くて、嬉しくて、嬉しくて。


やっぱり好きなのだ、と思う。どうあがいても、この人の頭に少し自分がいたというだけでこんなにも舞い上がる。嫉妬して醜くて利己的になって、そんな自分が嫌いになってしまうのに、それでもどうしたって好きなのだ。こんなことで、全部どうでも良くなってしまうくらい。


バートがすねてしまうころには、グレースの涙はすっかりどこかにいってしまった。






しかしその翌日。


ある男の登場に、院内は再び大混乱になる。


「貴方は……」

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