蝶の羽ばたきは乗数
結局のところ、バートがつけ耳関連で新商品を作ることはなかった。
しかし世の中のつけ耳ブームは、意外な効果をもたらした。
「ノースタッドへの庶民の反感の声が小さくなっているようです」
シオドリックは、部下からの情報を王子に報告した。
「何故だ?」
「王子がとある修道院の娘に大変親身になられたことが世間でも噂になっておりまして」
「今更お前の嫌味は聞きたくない。陛下にも散々説教をされた」
そうでしょうね、という言葉は胸の中に留めて、素知らぬ顔で続ける。
「その噂では、『大きな三角の耳をもつ娘』が王子の目を惹いたとされているのです。今まで属性を誤魔化すような装飾は浅ましいとされていたのですが、そんな大きな耳を自前で持つ者がおりませんし、王子がお気に召すのならばとつけ耳が許容され出したのです。それが一般庶民の中でも耳の属性がないことを気にしていた層や、おしゃれに敏感な若者層に歓迎され一気に流行となり、出処であるノースタッドへも悪感情が減ったものと思われます。彼らが見方を変えたため、他の層も、表立って反発するのを控えているのでしょう」
王子は途中居心地悪げに首をすくめたものの、すぐに咳払い一つで受け流した。
「そうか……まあ、怪我の功名というものか……少しはグレースも楽になったのだろうか」
「そうですね。彼女は、そろそろ夜間警備を外れるそうです。相変わらずひきもきらず訪れる訪問者の対応に追われているようですが」
「何?!夜間警備?そんなことをしていたのか?!」
しまった、と思いつつもシオドリックは無表情を取り繕って答える。
「はい、彼らはこちらからの警備派遣を断りましたが、注目を集めれば、嫉妬も買うものですからね。自衛として、見張りを立てていたようです」
「つまり、その必要があったのだな?」
「……かなり前に一度、放火騒ぎがあったと聞いています」
「何故言わなかった」
スティーブンが睨んでくる。もちろん大騒ぎして事態を大きくするだろう王子を大人しくさせておくためだとは言わない。
「ヤコン修道院などと違い、大事に至らず解決しましたので。しかも彼らは自分達ですぐに見張り台を作り、警備を開始しました」
「それは頼もしいが、何も若い娘が夜に見張りなど……」
「……修道院では、そもそも、女も男もなく働かなければ生きていけない環境だと言います。それに、どうやら彼女には、夜目のきく属性があるようです」
「しかし、鑑定眼にそのような力はあっただろうか?」
「本人のいうには、猫属性を高めたのだとか。とにかく、その厳戒態勢も必要なくなるそうです。もうじき土魔法で防壁を巡らし終えるのです」
「聞けばきくほど、彼らの能力は凄まじいな」
スティーブンのため息混じりの呟きに、シオドリックもひっそりと頷いた。もはや疑うまでもなく、彼らは有能だ。だが、彼らが単能力、無能力であることもまた事実。現状、教会や貴族の考えと対立する事実を王子の立場で叫び立てる訳にはいかない。王家が王家というだけで今までの黒を白にするのは、この国では難しいのだ。
しかし、国を治める立場の者として、埋もれている能力を惜しむ気持ちもあった。
「良い手はないか?彼らの力になり、彼らの力を生かす」
「そうですね……検討致します」
シオドリックは、顎に指を当てた。
王子の熱意の所在は、前半が八割、後半がニ割といったところだろうか。
シオドリックの立場としては、王子を宥めるために前半が四割、そして王子付きの参謀役として後半六割。どちらにせよ悪い話ではない、と考えていた。それが多少の挑戦や危険を孕むものだとしても、痛むのは自分の腹ではない。例のグレース嬢にさえ危険が及ばなければ、あとは王子にとっても世間にとっても、十把一絡げの『修道院の者たち』でしかないのだから。




