足さざるべきか2
「……なんて説明して渡すの?……」
ただでさえまだケンカ中なのに、町では私のケモ耳が流行っていますよ……なんて、自意識過剰にしか聞こえないことを言うのはきつい。確かに、王子はお忍び訪問の時、『グレースの耳はとても大きくて美しいね』とのお世辞をくれた。だから、別に全くの嘘ではない。ないのだが、それを自分で話すのは、軽い拷問だ。
そのため、急ぐ必要はないといいわけをして、仕入れの確認や薬草や保存食の保管数の把握等をきちんと済ませた。視察の予定がないのをいいことに、いつもの倍は丁寧に補充の必要数や、売りに出す余剰分の薬草の数を弾き出しておく。
そんな理由で倉庫にこもっていると、がらんと入り口が観音開きに開かれた。
「ばッ……バート?どうしてここに」
ほぼ、工房に籠りきりの癖に、といいかけて、そういえば近ごろはそうでもないことに気付く。
塔での見張りや訪問者の案内など、結構工房を離れている。ついでに案内の仕事のときにはいつもの汚れた作業着とエプロンではなく、小綺麗なシャツを来ていることも思い出された。どちらもバートなのだが、どちらかを見たあとだと、もう一方の姿の彼に何故か落ち着かなくなるので困るのだ。
今、彼は着古した作業着だ。
「あ、もしかして魔石が足りなくなった?」
出不精の職人達のために、素材は基本的に工房に補充している。倉庫に置くのは、よほど掘り出し物が多くて工房に置ききれないときくらいだが、しばらく人手不足だったので、補充がうまくいっていない可能性は、ある。
しかし、バートは首を横に振った。
それから、首の後ろに片手をやって、いつもより歯切れ悪く、言った。
「ジェシーが、お前に何か預けたって言ってきた」
「あ!あー、うん、それね」
しどろもどろ話す。
王子という言葉で明らかに機嫌を悪くするバート。特権階級が嫌いだから、とだけ思えるほど、鈍感ではない。期待してしまう。何を。
結局かなり濁して伝え、渡す。
すると、バートは手にした飾りの三角の耳の縁を、そっとなぞった。
「へぇ。本当に、お前の耳みたいだ」
そう言いながら。その指を見て、グレースの顔がかぁっと熱くなった。思わず耳を押さえる。
バートもその反応にはっとして赤面する。隠すように片手で口元を抑えるから、逆に照れているのだとすぐに分かってしまう。
それに後押しされて、ぽろりと聞く。
「それ、かわいいと思う?」
それから慌てて付け足す。
「えっと、そのね、ジェシーがつけたとき、私、ジェシーの羽根や髪が隠れるなって思っちゃって、これって、一般的に、どうなのかなって」
「一般的なことは、俺は分かんねぇ」
「あ、そう?ごめん、変なこと」
「けど」
焦って身体ごと引き下がろうとしたグレースを遮る声。
「けど、このおっきな耳は、お前の髪や目にはすごく合ってる。俺は、お前の耳は……それがいいと、思う」
「そ、そっか……」
体の中、かあっと燃え上がる、喜び。
嬉しい、嬉しいと、つま先から耳の先まで震えが走る。
――私には、この耳が合っているんだって!馬
の耳より!髪にあってるんだって……!
頬が熱くて、ここが薄暗い倉庫で本当に良かった、と思う。その暗さに少し安心して、嬉しさが、無防備にこぼれ出た。
「うふふ……」
声を立ててしまって、はっとして、きっとだらしなく緩んだだろう顔を両手で抑える。
絶対、見られた。それに、聞こえた。喜びすぎとか、気持ちが悪いとか、思われたら。――ここは、逃げるに限る。
「あー!もう行かなきゃ!」
自分でも適当すぎると思いつつ、言いわけがましい一言を残して、うつむいたままバートの脇をすり抜ける。
だから、グレースは知らない。
残されたバートが、呻くように呟いてしゃがみこんだことを。
「そこで笑うとか、ずるすぎだろ……」




