足すべきか
「あの子、また来てたわ」
「そう」
あの子とはマグレガー商会の例の御令嬢。言わなくても通じる程になったのだなと考え、グレースは気持ちをそらした。
ジェシーは、不服そうに唇を尖らせた。
「なんだってそんなに弱腰なの?王子様相手にも一歩も退かないくせに、いつもの強気はどうしちゃったの?」
それからグレースの両肩をつかんで、顔を寄せた。
「はっきり言うけど。私は正直、バートには、グレースと一緒になってほしい。これは、私だけじゃなくて、ダニーもジャンもみーんな思ってることだから!」
唐突すぎてグレースは混乱した。まさか自分について、そんな期待がかけられているだなんて知らなかった。しかも相手はバートだ。それでは自分の気持ちはもしかしてばればれだったのだろうかと、青くも赤くもなる思いだ。
「え?待って!……なんで私?!とにかく、私のことは置いといて!……ほら、あの子は商会の娘さんだし回りにも色々ツテを持ってるだろうし、絶対絶対、バートにも修道院にも良い相手でしょ?」
「そんなこと!」
はっきりと切り捨てたジェシーを、グレースは、例のごとく窘めようとした。けれど、それより早くジェシーが宣言した。
「ツテなんていいの!そんなことのために我慢しなくたって、私たち、生きていけるッ」
その顔がいつになく凛々しかったので、グレースは呆気にとられた。
大抵の場合、引っ張るのや窘めるのはグレースの役目だった。勿論グレース自身皆のお陰で生きているのだが、ここ最近のゴタゴタで、今では多くの大人のことも、他からの避難者のことも、グレースは守らなければと思っていた。
そんなグレースに、ジェシーは言うのだ。
「グレース、あのね。いざとなったら、前みたいにダニー達が作ったお芋を食べよう?それに今はもう、他の野菜だってあるし、それでもここにいられなくなったら、私とジャンで皆を都から離れたところへ逃がすよ?」
「何言ってるの。……私一人の我が儘で、そんな危険な思いさせられないよ」
「違うよ。グレースこそ何言ってるの?」
本気でわけがわからない、というように見られて、自分が聞き分けのない子どもになったような気分になる。
「一人の我が儘の話じゃないよ。これは、私たちの話でもあるんだよ」
「私たちの……?」
「そう。私たち皆の、自由の話だよ」
そう言って、腰に手を当てて仁王立ちしたジェシーは、天使のような見た目と格好がちぐはぐだ。しかしそれさえも潔い気がした。
その澄み切った目にさらされて、グレースは聞き分けのない、ただの少女に戻る。けれど少女のグレースも、なおもじたばたする。
「でも。でも、ほら、肝心のバートの、それこそ自由な気持ちってものがあるよね。だって、マグレガー嬢は、ほら……美少女、でしょ?」
ジェシーが目を見開いた。
「それ、バートがそう言った?」
「違うけど。でも、三つもはっきりした属性があるし。常識的に考えて、そうでしょ」
「じゃあ、グレースは、単属性の私は可愛くないって思ってるってこと?」
「まさか!グレースのその綺麗な目と大きな羽根は、まさに天使でしょ」
「なら、バートは?グレースには不細工に見えるの?」
う、とつまった。言いにくいところをついてくる。でも、万が一にも誤解されたくないのだから、答えるしかない。
「……そんなわけ、ないじゃない」
あの黒々とした目も髪も、グレースの好みにぴったりだ。この前何気なく本人にばらしてしまった言葉は、紛れもない本心で、鋭い目に宿る意思の強さも不屈の魂も、労働で鍛えられた肉体も、きりりと凛々しくグレースを魅了してくる。
グレースは最初の一言以外、口に出さなかった。失恋を覚悟している身でそれを言えば、塞がりきらないかさぶたから思いが溢れてしまいそうで。あまりに辛くて、声に出来なかったのだが、無駄だった。
ジェシーには全て伝わってしまったようだった。
「あー、もういいわ……そんな赤い顔しちゃって。ばればれなのになんで二人してそうなのかしら。本当に手が掛かるんだから」




