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猫なき世界へと猫

作者: 杜若表六

猫に関するできの良くないレポートである。人間に関する記述が多すぎる。報告は簡潔に。

 宇宙がいくつも枝分かれして発生したとき、そして発生しているいまも、猫のいない宇宙はとうぜん生まれた。私はそれをとても残念に思うものであり、そういう哀れな宇宙に猫の伝道者として猫をもたらすことを唯一の生きがいとしているものである。

 私は猫なきある宇宙の一つの知性体のいる星の一つに降り立った。そこで最初に私が見たのは犬だった。

 とうぜん猫のいない宇宙には犬はいる。なぜなら犬は猫の対立物であり、猫は犬の対立物だからである。また、猫と犬がつりあって存在している宇宙もある。しかし犬も猫もいない宇宙は私には認識できない。なぜならそんな宇宙は存在しえないからである。この原理を説明するためにはちょうど丸三日かかる。

 それは一匹のパグだった。私は会話を試みた。猫の伝道者であってみれば犬と会話することもとうぜん可能である。

「私は猫の伝道者タマ。貴殿の名前は」

 パグは胸を張って舌を垂らしながら答えた。

「吾輩はポチである」

 私は私の目的を説明した。このパグは高度な知性をもっていた。すぐに「猫」および「犬」という概念のほかは了解した。つまり猫の存在しない宇宙であってみれば、猫という概念はないし、対立する犬という概念も存在しないのである。無理もないことであった。

 考え込んでいる犬をほうって私はその場を去った。私はこの星にもっとも生息している知性体である人間と、その社会を観察することにした。

 人間は人間むけの言葉でいえば宇宙のゴキブリである。必ずといっていいほどどの宇宙にも存在しているが、多くは奴隷以下の扱いを受けている。奴隷以下というのはもはや奴隷ではなく残飯をかすめようとうろつく知性体のどん底に位置している場合がほとんどである。ある宇宙では生態系の頂点に君臨しているが、それでも知性は変わらない。つまりその宇宙では相対的に賢かったというだけの話だ。

・人間はどの宇宙にもいる。

・多くは知性系のどん底にいる。

・たまに生態系の頂点にいる。

・どの宇宙でも知性は変わらない。

 このような生き物の説明に言葉を費やしてしまってもうしわけない。この報告はあくまで猫の伝道者としての記録なので、先に進むことにする。

 観察した結果、彼らに危険はないようだった。社会も危険のないレベルである。危険というのはもちろん彼らの身に降りかかる危険である。

 高レベルの知性体と、高レベルの社会にとって、概念の伝道は非常な危険をともなう。彼らにたった一つのあたらしい存在、新しい概念が注入されただけで、それはたちまち狂気と混乱をもたらす。複雑で有機的で緻密な体系にとってそれは致命的なのだ。

 さいわい、人間にはそんな繊細さはない。彼らに何を教えこもうとも、彼らは脳という器官でそれを消化し吸収してしまう。彼らは各宇宙の一般的な知性体と違って、知性を分割されている。彼らはそれをそれぞれ「思考」、「創造」と呼ぶ。驚くべきことに、彼らはまず脳で「考える」ということをする。そしてそれを外部に露出した器官で「作る」ということをする。彼らは知性の働きをわざわざそういったプロセスを経て行うのだ。いったい何のために? ちなみに一般的知性のことを彼らは「神」と呼ぶ。

 話がだいぶ横にそれているが、たしかに人間は興味深い存在かもしれない。猫の伝道者たる私に言わせれば、各宇宙に存在している彼らにもまた伝道者がいるのではないか。人間という存在や概念を各宇宙にかたっぱしからでもたらしている知性体が。人間の呼び方ではこうだ。「ウイルス」、「偶然」、「数学」、「物理法則」、「神」、「猫」……私の伝道した宇宙ではほとんど似たような語彙が使われていた。または、使われるようになった。

 この宇宙の人間に対する猫の伝道は済んだことをここに報告する。

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