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僕と先輩が話すだけ

初投稿です。

 



「ねぇ、後輩くん。私に世界を変える能力があるって言ったら信じる?」




 季節の移り変わり、室内にいても肌寒い風を感じる様になった冬の初め。突然、先輩が口を開いたと思えば何か変なことを言い出した。


「……なんですか。その少し前のラノベにありそうな話は」


 読書といったいかにも"文芸部"らしい活動に集中していた僕は読みかけの一文をなぞりながら顔を上げると先輩と目があった。


 窓から溢れた光を受けた淡い色の髪を揺らしながら先輩はただじっとこちらを見つめている。



 ……どうやら真剣らしい。


「んー、理解しにくかったかなぁ? なんて言うんだろう、私が思ったことがこの世界に反映されている……みたいな」


「……例えば?」


 会話を繋げるために分かりやすい例え話を提案する。読み途中であった本は既に机の上置かれていた。


「そう、例えば。この前流行ったタピオカって結構前に私が美味しいって思った飲み物だし……」


「最近見ているチャンネルの登録者が私が見始めた頃は一万にも行ってなかったのに、今じゃ四万人になってたり。……ほら!」


 そう言って先輩は意気揚々と僕にスマホの画面を見せてきた。確かにチャンネルの登録者は四万人を超えている。これがつい先日まで数千人程だったのならば、かなり凄いことだろう。しかし……。


「あぁ、はい。大体分かりました。つまり、先輩は自分が好きだと感じたものが流行りだしているのを見て、自分には世界を変える能力があるって思っている訳ですね」


「うんっ!」


「……先輩。失礼ですけど、多分それ先輩の思い違いですよ。いずれ流行るべきものを早いうちに知っていたに過ぎないです。タピオカも、そのチャンネルも」


 自分の意見を組み取ってくれたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みこぼしていた先輩を真っ向から否定する。

 ちょっとしか喜んでいる姿を見れなかった事に少し後悔した。


「でもでも、昨日も丁度やってたゲームの新作が出るって……」


「イカがインクを飛ばすゲームなら僕だって昨日やってましたので無効です」


 苦し紛れの反論をした先輩に追い討ちとでもいうかのように正論を突きつけたせいか、先輩は机に突っ伏してしまった。

 その顔は些か不満そうだ。


「そもそも。その能力ってなんだか程度が低くないですか?」


「世界を変える、だなんて言うものですからてっきり、もっと凄いものかと思いましたよ」


 あんなにも自信満々で豪語するのだから、さぞ凄い話なんだろうとどこかで期待していた自分が自然と質問を投げかける。

 それを聞いてか、視線の先の先輩は既に体を起こしており、待ってましたと言わんばかりの通常通りに戻っていた。


「よくぞ聞いてくれたね。説明しよう! 私の憶測ではこの能力は全人類に備わっているものなの。もちろん後輩くんにもね」


「……でも、僕、自分が世界を動かしているだなんて考えたこともありませんよ」


「当然のことだよ。だって後輩くんはまだ能力レベルがレベル1。無自覚状態だから能力があっても気づかないのは当然。ちなみに私はレベル2だから後輩くんよりも能力が上だよ。あっ、そうそうーー」


『能力』とか『能力レベル』だとか、摩訶不思議な言葉が先輩の口から止まらない。

 一体、先輩の頭の中には何が入っているのか。しばらく愉快そうに話す先輩を眺めていたが、話が厨二路線へ振り始めた所で口を開く。


「その内、歴史すらも覆す力を持つレベル5が裏社会を握っている、だなんて言いそうですね」


「その設定いいね! 採用っ!」


「おい」


 先輩の創作だということを肯定するかの様な流れについツッコミを入れてしまう。

 しかし、あらかた話終わったであろう先輩は自然と満足そうな表情だ。


「……まぁ、話自体は面白かったですが、やっぱり嘘っぱちじゃありませんか。所詮は創作、世界を変えるだなんて起こり得ないですよ」


 ネタとしてでは面白かったがやっぱりありえない話だ。何度やっても変わらないであろう意見を先輩に伝える。

 相変わらず冷え切った人間だなって心の底で思った。


「そうだね。この話は全部嘘かもしれない。……でもさ」


 先輩が何かを意したように立ち上がる。


 揺らめく髪に日が差さり、

 僕と先輩の影が重なるその瞬間。


 二人しかいない部室というこの小さな世界で先輩は笑った。


「ーーそう思って生きた方が面白くないかな」




 ✴︎❇︎✳︎




 先輩と出会ったのは春先の頃だった。

 高校生となった僕は心の中では創作のような青春を送りたいと願いながらも、それを実行する為に動くこともなく、ただじっとその日その日を送るだけの日々を過ごしていた。


 『部活動』、周りはどの部活に入るかの話題で持ちきりだ。

 当然、僕も何かしらに入ろうとはした。でも結果、どの部活にも入らなかった。

 実際、僕が惹かれる部活がイマイチなかったのもあるけど、僕自身が拒絶してしまっていた所があると思う。


 そして時は流れ、周りが部活の話から最近のトレンドなんかに移り変わる頃。

 完全に乗り遅れた僕は放課後にふと、一つの教室に扉に貼られている紙が目に入った。『文芸部』、部活紹介では無かったはずの部活だった。


 別にそこに用事があった訳でも、特段と興味が湧いた訳でも無かったけど、自然と僕はそこへと導かれ、気がついたら扉を開けてしまっていた。



「やあ、待っていたよ。ようこそ文芸部へ」


「きっとこれから長い付き合いになるだろうからよろしくね」


 今も昔も先輩は変わらず変人だった。



 ーーーーーーー



「ねぇ、後輩くんはさ。自分が今生きているんだなって実感を持った事、ある?」


 とある日の放課後。

 そんな事を先輩に聞かれた。


「そうですね。顔面スレスレでトラックが通過したこと……ですかね」


 小学生の頃の記憶を引き起こす。あの頃は幼いながらも生きててよかっただなんて思ったり。


「恐怖心が実感を呼ぶ例だね。後輩くんらしくてとてもいい回答だと思うよ」


「む、なんだか馬鹿にされたような気がします。……そういう先輩はどうなんですか。こんな話をするんですから何かあるんですよね」


 ついムキになって先輩に問いかける。

 問われた先輩は自分の手を開いたり閉じたりしながら話し出した。


「私はね。確か小学生の頃だったかな。……こう、手を開いたり閉じたりしてるのを見て思ったんだ。私って本当に生きているんだ、ってね」


「それまではね。多分生きているって感じた事が無かったと思う。今見ているこの景色も感じている感情も全部神様が私に見せてくれているもので本当の私はそこから一歩離れた場所から見ているって思ってたから、自分の思った通りに動く手を見て、驚いたし、嬉しかった」


「……それとね。それを知った途端に怖くなっちゃたんだ、今ここに私という存在がいて、私っていう人生を背負っているんだなって思ったら」


 しんみりとした空気は少し苦手だった。逃げ場を探し自分の手を見つめる。

 グー、チョキ、パー。試しにいくつか作りたい形を想像する。それと同時に僕の手は思う通りの形に変わる。

 さも当然、ごく普通の当たり前のことだ。しかし、これを見て先輩はいろんなことを感じた。……本当に不思議な人だ。


「背負ってしまった以上は後悔のないように頑張って生きないといけないですね」


「うん、だから私は今、勉強を頑張っているのだー。褒めて褒めて」


 そういう先輩の元にはいくつかの勉強道具が転がっている。図書館の司書になりたい、そんな事を以前言っていたのでそのための勉強だろうか。将来を見据えているところは僕にはない先輩の良いところの一つだ。


「あー、はいはい。勉強を頑張る先輩はえらいですねー」


「むぅ、感情がこもってない! もう一回、やり直し!」


 思っていた返しではないのか愚痴を言う先輩。

 しかし、僕は今の先輩を褒めてあげるつもりはさらさらない。

 先程から先輩が勉強ではなく、落書きをするのに夢中になっていたことを僕は知っているのだ。



 ☆★☆



 先輩は変人だ。

 僕は自分のことを少なくとも常人だと自負しているが、そんな常人である僕の考えを軽々しく超える想像力を先輩は持っている。


 しかし、常識が抜けているという訳ではない。悪い点を取らないように勉強に励んだり、ごく普通にオシャレを楽しんだり、笑ったり、泣いたりと僕と同じ時を刻む普通の高校生なのだ。




 以前、まだ僕が先輩のことを良く知らなかった頃、友達はいるのかと聞いたことがある。

 だって放課後になったら必ずこの部室へと来るから。


 先輩だって女の子だ。きっと放課後は外へ出て何か食べたり、カラオケにでも行ったりと遊び盛りの筈。

 別に無理して来なくても良い、だなんてついでに言ったら、先輩はけろっとした顔で僕を遊びに誘った。


 いや、違う。そうじゃない。


 そんなことを思いつつも僕は先輩と暗くなるまで遊んだ。それから一週間、放課後はずっと外で遊んでいた。



 そんな事を得て、先輩は都度、僕を遊びに誘うようになっていった。釣り、ハイキング、時には街の地図に間違いはないかを探し歩いたなんてこともあった。

 正直、文芸部の枠で収まるかと思うことをいっぱいやってきた筈だ。


 そのせいか、ここ一年のスケジュールのほとんどが先輩で埋め尽くされていた。

 まぁ、先輩のやることなすこと全てに嫌な顔せずついていってしまっている僕も大概だが……。




「後輩くん、大丈夫?」


 気づいたら先輩が不思議そうにこちらを覗いていた。かなり長いこと考え事をしていたようで気づかなかったが、先輩の顔がその……近い。


「あ、いえ。丁度先輩と出会った頃のこと思い出していて。……なんか僕の高校生活、先輩ばっかりだなぁー、なんて。ははっ」


「あぁ、もしかして。この状況もさっき言ってた先輩の能力で作り出した、とか……」


 見つめられて焦ったか、かなり気持ち悪いことを言ってしまった気がする。ついでに話の振り方も強引すぎた。

 一方的に焦る僕とは裏腹に先輩はいたって冷静だった。しかし、僕の発言を聞いてくすりと口元を綻ばせる。





「あ、気づいちゃった?」





「正解だよ。私と後輩くんがこうやって二人きりで話している状況を作ったのは私がそうなりたいって思ったから」


「は?い、いえ。さっきの話は冗談ですし、あの話は創作だって……」


 先輩からの突然のカミングアウトに頭が追いつかなくなる。つい、変なことを言ってしてしまったのは僕だが、いつもの先輩ならきっとこの発言を面白おかしく茶化してくれる筈だ。


 だけど、今の先輩はどこか違う。

 普段の先輩とは雰囲気が違う。そう、まさに今言っていることが全て本当だと思わせるような……。


「思い返してみてよ、今までにもおかしいと思うこといろいろあったでしょ?」


 先輩にそう言われ、僕は無意識の中で記憶を掘り返す。


 いつも用事があって入部以降から顔を合わせてない顧問の体育教師、大した活動もしてないのにそこらの部活より整備された部室、誰一人とも関わることを許されない先輩と僕の時間。


「今日はさ、後輩くんに言いたいことがあったんだ。言い出そうかどうか迷ったんだけど……言うね」


 日も落ち込み、帰る時間に刻一刻と近づくこの瞬間。

 先輩はひと言づつ、ゆっくりと紡いでいく。

 もう、先輩の声しか届かない。



「好きだよ。後輩くん」


 したり顔の先輩が僕にそう告げる。


 あぁ。


 駄目だ。


 もう嘘だとか本当だとか関係ない。

 

 あいも変わらない先輩の笑顔を見て僕はーーー。






恋愛物読んでいる時、たまに胸が締め付けられるあの感じ。いつか自分でも作ってみたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉選びが自分にはないもので、純粋にうらやましく感じる。 若干ファンタジーチックな結末ではあったけど読んでて面白かった。それと同時に自分もこんな学生生活を送ってみたかったというのも思った。…
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