造られた魔王
異種族たちの技術の結晶であり、希望の星である魔王が誕生してから一月が経過した。
7種族の王たちは、この魔王に『ノイア』という名前をつけ、言語の習得から始まり、様々なことを教えていった。意外にも魔王はこれらの知識を無尽蔵に吸収。言葉や文字もあっという間に覚え、さらには乾いたスポンジのように覚えた知識をものすごい速度で自分の物にしていった。
「―――ではノイア様、この世界に存在する超自然の力を魔力を介して操る技術である『魔法』その『基本属性』七つと、『例外属性』を最低三つ、答えてください」
十分に明かりを確保され、綺麗に片付いた室内で、黒板を背にヤンが授業をしている。
その視線の先にはもちろん、魔王であるノイアがノートに覚えたての文字を描きながら、真剣に話を聞いていた。
いまは『魔法学』の授業中だ。
「えっと……火、水、風、土、雷、光、闇が基本属性で、例外属性は、代表的な物なら……陰、陽、無、ってところかな?」
「正解です。では基本属性と例外属性の違いは判りますか?」
「えー……、まだ習ってないや」
「では今教えましょう、教える前に一つ注意点を挙げるとすれば、基本属性も例外属性も、基本的なところは同じです。魔法をどうやって発動するかは習いましたね?」
「うん! 自分の身体の中にある魔力を、空気中に存在する精霊に働きかけて、その力を借りて現象を引き起こすんだよね!」
実践するように指先にマッチ一本程度の小さい火を灯しながら自信満々にノイアは答える。
火がノートに燃え移らないようにすぐ消したが、その様子を見るに前科があるようだ。
「その通り、魔法は基本的に精霊に働きかけることで発動します。これは基本属性も例外属性も同じです、そこに違いがあるとすれば、それは有り体に言えば、応える精霊の好みです。」
「精霊の好み?」
「はい、人の持つ魔力の働きかけによって、精霊は魔法発動に助力してくれますが、精霊にも渡される魔力によって好みが分かれるのです。水精霊の好きな魔力であれば、水属性が強く発現し、火精霊が好きな魔力であれば、その魔力は火属性を発現しやすい。……これが世にいう『得意属性』というものです。根本的な話をすれば、人によって得意な魔法がある訳ではなく―――」
「属性魔法の使用はあくまで精霊の好みによって決まる、ということ?」
「その通りでございます。」
「ということは……例外属性というのは、その属性を司る精霊の好む魔力を持つ人間が少ないことから、形式的に名付けられただけにすぎないと……そういうことかな?」
「流石はノイア様、まさにその通り、大正解でございます。では次に、それぞれの上位属性についてですが―――」
その後も授業は続き、すこし休憩を挟んだ後、次はヘンリーの『死生観』の授業となった。
少し簡単に言えば『道徳』のようなものである。
それを不死者の王が教えるというのも何ともおかしな話であるが。
【デハ、ノイア様、授業ヲ始メサセテ頂ク】
「よろしくお願いします!」
正直なところ、ノイアはこの授業が一番好きな授業だった。
様々な種族の血と肉を掛け合わされて作られた人造生命であり、親を持たずして、周囲の皆が親同然でもあるノイアからすれば、一般的な視点からの『道徳』を学び、命の尊さを教えられるこの場はとても有意義であるし、楽しくもあった。
【生命アル者ニハ、等シク死ガ存在スル。死ノ前デハ全テノ命が平等デアル、動物モ、植物モ、虫モ、我々異種族モ、ソシテ、人間モ】
「ヘンリーは不死者なんだから、その命の枠組みには入らないんじゃないの?」
【否、我ラ不死者ニモ、明確ナ死ハ存在スル。我ラハ謂ワバ、第二ノ生ヲ受ケタ者デアリ、死ヲ乗リ越エタ者デハアレド、死ノ克服者デハ無イ】
青い炎の揺れる瞳でノイアを見つめながら、ヘンリーは続ける。
【全テノ生ニ、平等に、死ガ訪レルノナラ、ソノ逆モ然リ。死ノ前デハ、全テノ命ハ尊ク、慈シミノ対象デアル。善キ心ヲ持ツ者モ、悪シキ心ヲ持ツ者モ、死セバ平等ニ肉ノ塊、ナラバ生キテイテモ、ソレハ魂ヲ宿シタダケノ、タダノ肉塊デアル】
しかし、と区切りをいれてさらに言葉を続ける。
【ソノ肉塊ニ、宿ル魂コソガ、真ニ尊ブベキモノデアル、ソシテ、ソレニ付随スル心、ソレラモ、尊敬ニ値スルモノナノダ。】
「ふむふむ、ヘンリーって見た目によらず結構優しいよねぇ」
ノイアの口から出たその言葉に、ヘンリーは目を閉じるように瞳の炎を消すと、先ほどとは声色を変えて語り掛けてくる。
【優シイ、ノハ、ノイア、君ニダケダ。君ハ、我ガ死シタ後ニ、初メテ産マレタ倅ナノダ。自分ノ子ニ優シクアルノハ、父親トシテ当然デアロウ】
「父親……そう、だね、ありがとう、ヘンリー」
【少シ、シンミリシテ、シマッタナ……授業ニ、戻ルトシヨウ】
その後は、死者の弔い方や、その地域ごとの違い。食料として狩る野生動物への感謝、神への捧げものとして生きた贄を用意する習慣がある事など、多くの知識を教えてくれた。
ヘンリーは“死の経験者”として皆から一目置かれており、さらに命のことに関しては人一倍敏感なため、様々な質問に対して真摯に向き合い、応えてくれた。
ある程度の死生観の授業を終え、ヘンリーは教室から出る前に
【残リノ疑問点ハ、次回マデニ、自分ノ頭デ整理、シテオクヨウニ。自問自答ニ、ヨッテ、考エルノモ、マタ、価値観ト人格ノ形成ニ、重要ナコトダ】
とだけ言い残し、足音も立てずに去っていった。