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万魔の王  作者: 天狗道
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待ちわびた誕生

人間の踏み入ることの困難な大陸『魔界』。

その中で、人間たちの国家と一番遠い場所に位置する、城と呼ぶには貧相な屋敷。

その地下にて、複数人の異種族たちが一堂に会していた。


蜥蜴人(リザードマン)の女王』エン=ヴァルサゴ・イリス

精霊種(アールヴ)の長老』ヤン・ウヌグス

『魔女』アリア

不死者の王(ノスフェラトゥ)』ヘンリー

馬蹄族(ケンタウロス)の王』カイロス・ウィール

蜘蛛族(アラクニド)の女王』ウォル=マエン・ナターシャ

牛蹄族(タウロス)の王』ミノス=クレ・ガザン


彼ら彼女らは他でもない『魔王軍』を決起したメンバーであり、その実質的な指導者でもある者達だった。そんな彼らが見つめる先には、大きさにして縦3メートル横2メートル程の、なにやら脈動する肉塊があり、傍には、それ(・・)に聴診器をあてては何かをメモする、十代前半にもみえる少女が部屋中を駆け回っていた。

少女は彼らの来訪に気づくと、垢だらけの顔にぼさぼさの髪ながらも、あわてたように話しかけてきた。


「こっ! これはこれは皆々様方! よくぞお越しで! 大したもてなしは出来ませんケド、お茶くらいはご用意致しましょうか?」


そう言いながら少女は部屋の隅にある実験器具のビーカーのようなものに入った、なんだかよく分からない形容しがたい色味をした液体を指し示すが、『不死者の王(ノスフェラトゥ)』ヘンリーがそれを片手で制す。


【イヤ、大丈夫ダ。ソレヨリ『錬金術師』殿、ソロソロ(・・・・)ト聞イタノダガ、本当カネ?】


肉のない、張り付いた骨と皮だけの器用に動かしながら彼が尋ねると、待ってましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせた錬金術師が嬉しそうに答える。


「えぇ、えぇ! そうですとも! その通りですとも! 『臨月』ですよ! 『出産』まではもう秒読み! 本当にいいタイミングで来てくださいましたよ皆々様方!」


作業台と思われる机の上、そこに雑多に置かれた書類を床にばら撒き、転びそうになりながらも錬金術師は肉塊へと近づいていく。

その目に光は無く、涙と鼻水と垢でボロボロになった顔に張り付いたような笑みを浮かべながら、うっとりとその肉塊に触れる。


「ついに! ついにお生まれに成られるのです! 我らの魔術と、錬金術と、血と、肉と、汗と、涙と、努力と才能と憎しみと嗚咽と歓喜と嘆きと絶望と希望に満ち満ちた結晶! この御方こそ! 我々をお導き下さり、そしてあの忌々しい病気の猿どもから世界を救ってくださる! 『魔王様』‼」


その言葉に呼応するように、肉塊は「ドクンッ」と大きく脈打ち、そしてそれと同時に中身が少しだけ透けて見える。


そこには、胎児のような姿勢で丸くなった少年が映っていた。


肉塊の鼓動は段々と強くなっていき、ついに一部の血管が破裂し、血飛沫(ちしぶき)をあげながら肉塊の前方が大きく破れ、羊水に似たどろりとした液体や血とともに中身(・・)生まれ落ちた(・・・・・・)


()の身体には無数に血管のような刺青が走っており、頭には生えたばかりの小さな角が二本と両手足の爪はまるで長く生きた仙人のように(いびつ)に長く伸びていた。

頭頂部は真っ黒で、長く伸びた髪は毛先の部分だけ老人のように白くなっている。

そして皮膚は生まれたばかりの赤子のように赤く、ぶよぶよとしていたが、それが外気に触れると急速に固まり、雪のように白い肌になった。


「やった……やったぞ! ついに生まれた! 我らの子(・・・・)がッ! 我らの王(・・・・)が誕生したぞ!」


「静かにッ! お目覚めになられます!」


この中で一番の巨躯(きょく)をもち、分厚い筋肉に覆われた肉体を持つ、『牛蹄族(タウロス)の王』ガザンが感極まったように涙をながしながら雄たけびを上げると、そばにいた『馬蹄族(ケンタウロス)の王』カイロスが片手で制しながら『魔王』に目を向ける。


彼はたったいま、生まれて初めて目を開けるところだった。


「―—――?」


綺麗な、瞳だった。

通常白色である部分は闇のように黒く、そして黒目に当たる部分は地下室のわずかな光に反応して七色にも見える。まるで光を乱反射する宝石のような、この世の物とは思えないほど美しかった。


ここにいる誰もが目を奪われ、硬直していた。

目を覚ました者に目を奪われるとは、なんとも笑えるジョークではあるが。

しかし彼は意に介さないようにきょろきょろとあたりを見渡してから、ぶるっと体を震わせ、そのまま足を抱えるようにして床で横になる。


その様子を見た『蜘蛛族(アラクニド)の女王』ナターシャは不服そうに腕を組みながら近づく。


「この方が魔王様…? (わたくし)達を、あの薄汚い勇者から救ってくださる救世主(メシア)…? とてもそうは見えませんわ」


「今しがた産まれたばかりなのだ、何が起きているのかもわからんのだろう」


訝し気に覗き込むナターシャを尻目に『精霊種(アールヴ)の長老』ヤンが、持ってきた毛布で魔王を優しく包み込む。その温かさに安心したのかヤンに甘えるように魔王はすり寄っていく。


「――――」


まだ言葉も覚えていないであろう彼の口から、何故か礼を言われたような気がして、ヤンは優しく微笑む。その様子を見たガザンは、父親のような目になりながらも少しだけ近づいて、ナターシャを押しのけながら魔王の顔を覗き込む。


「――ッ! ちょっと!」


「おっと、魔王様はもうおねむの時間か?」


少しだけ不満げに口をとがらせながら魔王を立たせようと手を伸ばす……が、それを小さい手でぺちっと叩かれる。音のした方を振り向くと、人間の少女のような容姿の『魔女』アリアが「とてっ」と着地するところだった。


「馬鹿者、生まれたばかりで疲れておるのじゃ、まるでというより、背丈は成人並みではあるが、これでもまだ赤子同然じゃろうて」


「しかしだな、我ら牛蹄族(タウロス)の子は、皆生まれてから数分で立ち上がるものだぞ。この御方は我らの王になられるのだ、これくらいの事はしてもらわねば」


「お主だけの血で生まれたわけでもないじゃろう! そのような事を言えば、魔女の子は人の子と同じく立ち上がるには時間が掛かるものなのじゃ!」


「む……それも、そうか……無理を言ったな、すまん」


「はぁ……お主が物わかりのいい牛蹄族でよかったぞ」


「――――?」


少し騒いだせいか、ヤンの腕の中で安らいでいた魔王は不機嫌そうに薄目をあけて小さく声を出す。

その様子を見て、すこしおかしくなったのか、ほほえましく様子を見ていた『蜥蜴人(リザードマン)の女王』イリスはヤンの腕から魔王を離し、部屋の中央付近に魔王を下ろすと、恭しく傅く。

初めて生まれた孫と、それを取り巻く老人たちのような気分になっていた他六名も察し、ついでに錬金術師も形式的なものであれど、魔王の前にならび膝をつく。


「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。貴方様は我々の待ち望んだ存在、それを目にして皆少し、舞い上がってしまいました。」


そう前置きをしてから、イリスはまっすぐと魔王を見据え言葉を紡ぐ。


「『魔王様』、我らの子(・・・・)であり、万の魔を統べる王(・・・・・・・)となられる御方。まだ言葉はわからないでしょうが、どうかお願い奉ります。我らを、お救いくださいませッ!」

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