人の好みは人それぞれ 恭一
黒シャツに濃灰色のスカートから伸びた脚は、すらりと細長く、色白なまでの肌色が、濃紺の下着との見事なまでのコントラストに、年甲斐もなくどきりした。
はっきり言って、瞼に焼き付くなんて安っぽい表現で、未だにまざまざと蘇るのだからどうしようもない。
女の下着姿など大して重要視することもなかったのに、だ。
温めのシャワーを浴びながら溜め息が更に零れる。
「雅美の姪? それさえなきゃ、口説き落とすだろう」
一目惚れのなんたるかなど知ったことか。
あの姿に欲情した自分自身に素直にいる方が、この年齢になってからは辛いのは百も承知だが、あの雅美の姪だと考えれば自然とストッパーが働くことだろう。
元より彼女が俺を受け入れるかどうかも分からないのだ。
今から考えても仕方ないと、すっかり心を落ち着かせた。
着替えてリビングに戻っても尚、眠っている彼女の神経の太さに感心しつつ、二人で酒を呑む。
久々の再会だが、相変わらずの様子に安心する。
高校を卒業後、すぐに俺が渡米したせいもあって、五年前に日本に戻って来たときには、誰にも連絡することもなく過ぎてきた。
まぁ、誰も知らない訳ではないが……。
少なくとも、雅美に連絡したことはなかったが……。
「ほんと、寡黙なタイプなのは分かってたけど、帰国したのも連絡しないほど薄情なやつだとは思わなかった」
「そうか? 別に連絡先を変えてはないが」
「いや、面倒臭いことはお前に丸投げできると分かってたら、俺が成長してないんだろうし」
「相変わらず、中条 環に片思い?」
「いや、卒業してから付き合って二年くらいで別れたな」
「まぁ、なるようにしかならんからな。そのわりになんだ、まだ未練? 余裕? なんか、違うな……何か、この先に発展性があるのか?」
「まーね。あいつを縛り付けるのは簡単に出来るから。時間が掛かってもいいから、こちらに落ちてきてもらわねーと」
「ふぅん、悪くないな。元より結婚なんぞ望んでないんだ、時間は余るほどだろ」
「そういうことだ。お前はさらっと理解するけど、それ、異常だからな。俺は救われるけど……」
ソファに深く沈み込んだ雅美を見て、色々なことがこの十年あったのだろう。
「嗜好なんざ、人それぞれだろ」
「確かに」
「とやかく言われるのが嫌なら、嗜好を隠すか、諦めるしかねーだろ。うだうだ悩んだって、答えが決まってるならいいだろ。世の中、答えにたどり着くかどうかも分からない奴ばっかなんだ。お前は他人より頭一つ分出てんだろ」
苦笑いで酒を呷る雅美に、新たな酒を注ぐと、不意に眸が煌めいた。
「おはよう、麗」
「おはよう……。雅美ちゃんのお客様が来るって分かってたなら家に帰ったのに……」
「余計な気を回すな。恭一は高校時代の友達だ。たまたま十年振りに近くで会ってな。それに、類が友達連れてきて泊まってるのを知って帰すか、馬鹿。恭一、俺の姉の娘」
「初めまして、烏丸 麗です……」
「須藤 恭一です。よろしく」
みるみるうちに、麗の顔が赤く染まり、そのまま雅美に向き直り「私、ゆ、夢みてるわけじゃないよね?」としがみついた。
「なんで?」
「だ、だって、こんな、理想の男性いるわけないじゃない!」
ほらな?と言いたげな雅美の視線を受け止め、目を見張る。
いや、だって、普通に考えても、女の好きなタイプは、雅美みたいなのが標準だろ。
がたいはいいが、俺みたいな眼光鋭い猛禽タイプは、苦手に近いと思うが……。
いや、これはチャンスか?
先程までのストッパー云々は何だったのか。
「恭一、うちの姪っ子は可愛いだろ?」
「あぁ、可愛いな」
素直に出た声に、跳ねる肩も可愛いな、なんて思っていると、雅美の口角が片側だけ上がる。
「恭一、彼女は?」
「今は、いないが……。なんだ?」
「麗、なんてどうだ?」
「は?」
「ばっ、何言ってるのよ! まーちゃん! こんな子供相手にするわけないじゃない! 失礼でしょっ?!」
「まんざらでもないと思うけど」
「いーの! 観賞できれば!」
「ふうん」
「なら、お互い観賞してるだけで満足するのか試してみるか?」
前触れもなくと箍が外れる音がした。